優秀種③
「はひっ…んっ…ひふぅっ……はぁああっ……!」
それから。ええと、それからは。
そうだ、オレたちは癒羽先輩が学園側から借りている診療所を訪れていた。
そうして、エロエ――色々と、なんやかんやがあって――。
「ふうっ、はあっ……ひぅっ、はあっ……」
――透明で、ぬるぬるとした粘液に塗れて喘ぐ里桜が完成した。そのタオル上で繰り広げられた製作過程は、筆舌に尽くし難い程に扇情的だった。
施術用の小さな水着に身を包んだ里桜が、診察台の上でもぞもぞと身を捩っている。
「はふぅっ……き、きんもちよかったぁ……あへぇ……」
「『あへぇ』は流石に止めよう、里桜! 完全にヤバい系のマッサージの事後だ!」
オレは口元を押さえて、里桜のトンデモナイ姿から目を逸らす。
里桜の身体を覆う透明な液体は、ふわもこの角から作った治癒促進薬の生薬だ。軽度の皮膚表面の傷なら、『細胞電子』との組み合わせで瞬時に傷を治す事が出来るらしい。
「ほふっ、んっ……くぅ……ふゅ……」
里桜の息遣いには、残っている快楽の余韻と和みだけが含まれている。その身体を苦しめていた筋肉痛の痛みは癒せたようだ。
「はむ、ちゅるっ……ちゅっ、れる……」
――唐突に聞こえた水音。謎の魅力を感じた方向に目を向けると、癒羽先輩が手指に付いていた治療薬を舐め取っていた。美味な蜜を味わうように、勿体ないと惜しむように。
「…………っ」
その様子が、とんでもなくいやらしいものだから――つい、目が奪われてしまった。
「ちゅう……ふむ? あ、ハルカくんも舐める? 美味しいよ、里桜ちゃんの」
「あ、はい、いただき……頂ける訳ないでしょう!? って言うか、表現の仕方に気を付けて下さい!! 里桜に塗った薬の残りですから、それ!!」
指の間に張った粘液の糸を広げながら、こちらに近付けて来る暴挙を慌てて止める。
「うふふっ、ざんねん♪」
ぺろりと舌を出しておどけた先輩に、ドキッとさせられてしまう。おっとりとして優しい雰囲気を持っているのに、内包する性的な魅力と悪戯心が半端ではなかった。
『ふふ……里桜ちゃん、もっと力を抜いて? 筋肉、硬くなってるよ……?』
――里桜に粘液を塗る先輩の姿を思い出すだけで、鼻孔の奥と目元が熱く、痛くなる。
身を捩って逃げようとする里桜を『気持ち良さ』で拘束し、取り押さえて治療を施す。身体全体をマッサージするように揉み解しながら、蒼白の『細胞電子』を発していた。
「あの、癒羽先輩?」
「なあに?」
ぺろぺろと爪の間の粘液を舐めながら、ドエロい少女が首を傾げる。オレは歪みかけた性の概念を正す為に、頭を強く振った。
「……え、ええと……先程の治療って、どう言う仕組みだったんですか? 『細胞電子』を使っていたのは分かったんですけど……」
「簡単に言うと、私の『異彩』と『細胞電子』……あと、薬の効果を使った複合治療かな?」
「ふむ……癒羽先輩の『異彩』って、どんな力を持っているんですか?」
癒羽先輩は一瞬だけ迷って、口を開く。
「……今使った『異彩』の名前は、『破壊移動』。人体、または物の破損部位を移動させる事が出来る能力なんだ。今回は人だから、怪我をしている部分だね」
「……治療ではなく、移動……」
「うん。医療系の能力はとても貴重で、効果もデメリットが大きいんだよ。この能力を使って誰かの傷を癒す為には、違う部位を傷付けないといけないの」
「……あっ、だから治療薬と併用していたんですね?」
「ぴんぽーん、だいせいかい! 筋肉痛――内部の損傷を皮膚の表面に移動してから、ふわもこさんの薬を使って、治療したんだよ。『細胞電子』が持つ、自然治癒の促進効果も合わせたけどね」
ぱちぱちと、微妙に余った袖で少しだけ弱められた拍手が微かに耳に届く。
「……なるほど。自分の『異彩』に出来る事に合わせて、使い方を工夫しているんですね」
「そうそう。やっぱり、『劣等種』としての力だから使い勝手が良いって事はないかな」
「……イン……なんです、それ?」
癒羽先輩は「しまった」と言わんばかりに、手で口を押さえた。
「……そっか……入学したばかりの一年生なら、まだ知らないよね……」
「……何がですか?」
「…………聞きたい? きっと、後悔するけど」
――聞いてはいけない。聞かないで欲しい。癒羽先輩の瞳が、そう訴え掛けて来た。
「……聞きたいです。知らない事があるのは、色々と恐ろしいですし」
「……その気持ちはよく分かるけど、知らない方が幸せな事もある……私は、そう思うな」
「でも、いずれは知るんですよね? 癒羽先輩は、『まだ』と仰いましたし」
「…………そう、だね。うん……いつかは、知らなければいけない事……かな」
「それならオレは、今知っておきたいです。何が起こっているのかを知らないと、どうすれば良いのかも分かりませんから」
オレの言葉に、少女は目を閉じて唸った。それだけ、彼女が口にしたくない事なのか――オレたちに、聞いて欲しくない事なのか。
やがて彼女は、憂うような表情を浮かべて、大きく息を吐いた。
「――『劣等種』。これは、『劣化因子』を抽入して『最たる才能』を失った人たちの事を差す言葉なんだ」
いつの間にか静かな寝息を立てていた里桜の頬を撫でて、癒羽先輩が続ける。
「だから、ここに暮らす学生の『ほとんど』が該当するんだ。みんな、入学時に『劣化因子』を抽入しなくちゃいけないから」
「ほとんど……全員ではないんですか?」
「うん。詳しくは教職員の人たちに聞けば分かると思うけれど……この問題は、サステナ・カレッジにおける不条理そのものだよ。だから学園側は、外部には決して漏出しないように細心の注意を払っているみたい」
「……不条理……外部に漏らさない……」
癒羽先輩は断言こそしていないが、必要な情報は全て開示してくれているようだ。
インフェリア。劣った、などの意味がある言葉で示される人たちが居ると言う事は――。
「ハルカくん。こうなったら、里桜ちゃんにも教えてあげて欲しいんだけど……決して、『優秀種』には関わらないようにしてね……?」
――優れた、と評価される人間が居ると言う事なのだろう。
『決して驕らない事だ』
伊田先生の、誰でも出来る事への忠告を思い出す。まるで、オレたちに過度な優越感や、自身への希望を抱かせないような『気配り』の意味をようやく知った。
――必要な事は、全て伝え切った。癒羽先輩はそう言わんばかりにタオルを取り出し、里桜の身体をキレイに拭っていく――。
「……あっ」
――里桜の姿を見て思い出す。オレは、大切な事を忘れていたのだと。
「ハルカくん、どうしたの?」
「……あの、里桜の治療費は……どれくらいになりますでしょうか……?」
「へっ? えーっと……他の学生さんに同じ治療をするとしたら、最低でも五桁は欲しいかな。学園には認められているけど、正式な医療行為ではないから保険も適用外だし……」
値段を聞いて、青ざめる。手馴れた様子で里桜を着替えさせている癒羽先輩から目を外し、財布を確認する。ギリギリで五桁は入っていた筈だが……嫌な予感しかしなかった。
「あ、でもでも、ハルカくんたちは心配しないで大丈夫だよ? お友達価格で、最低限だけお駄賃を頂こうかなって思っていたし」
「えっ、いいんですか!?」
「うん。その代わりと言ってはなんだけど、薬草採集とか素材の回収、研究以外のお手伝いをちょっとだけお願いしたいなって思うんだけど……どうかな?」
癒羽先輩はこちらに向き直り、両手を合わせて身体を傾げた。
そのような好条件を飲まない訳にはいかないし、先程の約束を違えたくもなかった。
「はい、大丈夫ですよ! 里桜が言っていた事も、今日だけの事ではないでしょうから」
「……うふふっ。ハルカくんなら、そう言ってくれるかなって思っていたんだ」
大きな胸に手を当て、撫で下ろす。にっこりと浮かべた笑みが、朗らかに花開いた。
「……でも、癒羽先輩。どうして、オレたちにここまで良くしてくれるんですか?」
「うーん……やっぱり、貴方たちの事を気に入ったから、かな?」
――月並な理由だけどね。そう続けた癒羽先輩は、笑いながら目尻を掻いていた。
「……ありがとうございます。里桜もきっと喜びますよ」
「そっか。それなら、また会いに来てくれると嬉しいな。私、基本的には放課後から夜までここに居るから」
癒羽先輩と手早く連絡先を交換し、スマートフォンを仕舞う。
「うふふっ。これから宜しくね、ハルカくん♪」
「いえ、こちらこそ。それでは、色々とお世話になりました」
「いいえー。また遊びに来てね」
癒羽先輩に見送られ、オレとその背中に背負った里桜は診療所を後にする。
彼女は慈しみを込めた瞳で、診療所から離れていくオレたちを見ていた気がした。
出会ったばかりの癒羽先輩に対して、近しい人としての認識が芽生える――少し、距離が縮まったような気がした。




