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優秀種①

 もこもこな羊もどきとの戦いから、一時間程が経っていた。空はとっぷりと暗くなり、サステナ・カレッジ内にも夜が訪れる。

 

 興奮をどうにか心に押し込めたオレは、里桜の柔らかな身体を背負って自分たちの寮がある第三街区まで帰還している最中だった。その道中は、手に触れる温もりや、背中に押し付けられる膨らみにドキドキし続けている。


「……ハルカさん、運んで下さってありがとうございます。でも、重くないですか?」


「え? ああ、うん。冗談抜きで重くなんてないよ」


「……ほっ。そ、そうですか……」


「里桜の筋肉が、重さを感じない程に少ないからかな?」


「ぐぐっ……もーぅっ! ハルカさんのいじわるっ!」


「う、おおおおっ……!! あぶっ、危ないって!!」


 肩に乗せられていた手が、ぎゅう、と首に絡み付く。より強く存在を感じさせる胸がひしゃげ、触れる面積を広げたのが分かった程だった。


「ふふっ……貴方たち、本当に仲が良いんだね」


 オレたちの様子を見て、並んで歩いていた少女が笑う。肩口まで伸ばした茶髪を揺らすその人は、グラマラスな身体付きのせいで女子制服の胸元を窮屈そうにしている。その丘に乗っている、里桜と色違いのリボンは、学年が一つ違う事の表れだった。


 彼女の大きな膨らみは、肥満によるものではない。メリハリのあるワガママボディの胸が、ぱっつんぱっつんで、たゆんたゆんだからなのだ。

 下半身も同様に凹凸が強調され、ヒップラインに合わせてスカート越しの丸みが流れる。紺色のニーハイソックスに食い込むお肉が、艶めかしさを感じさせていた。


「仲が良いと言うか……将来を誓った相手ですから、大切に想うのは自然な事かと!」


「そうそ――将来を誓ってはいないよね!?」


「え、そうなんですかっ!? アタシ、パパとママにどうやってハルカさんを紹介しようかなって考えてたのに……!」


「随分と気が早過ぎる!!」


 先輩は首を傾げて言葉の真偽を探っている。その薄く浮かべた笑みは、この滅茶苦茶なやり取りすらも愉しんでいるように見えた。


「と、とにかく、今はまだ単純にパートナーです。この学園で学生生活を続ける為に、協力し合っている関係ですよ」


「へえー。男の子と女の子で協力かあ……とっても素敵だね♪」


 オレと里桜を交互に見て、手をポンと叩いた女子生徒がにっこりと笑った。


 映し出されたとは思えない、透き通る程に淡い月の光が柔く舞う。月下に見た笑顔は、穏やかに、慎み深い優しさを醸し出していた。


「えっと、やわいし、先輩ですよね……?」


 先程に聞いた、その人の名を呼ぶ。彼女は、「はひっ!?」、と一瞬だけ足を止めたが、すぐにオレの横に並んで視線を合わせた。


「あ、えっと……和石癒羽やわいしゆうだから、癒羽で良いよ?」


「それでは……癒羽、先輩」


「うん。癒羽せんぱいです♪」


 気恥ずかしくなるようなやり取りを経て、ようやく互いの程良い距離感を見付け出した。


「よろしくね。ハルカくん、里桜ちゃん」


 癒羽先輩が静々と会釈する。背に乗せた里桜と共に、相手と動きを合わせた。


 彼女は二年生で、オレたちの先輩に当たる人だ。住んでいる街区は同じ第三街区らしい。今日はたまたま草原区域へと薬草を摘みに訪れて――オレたちの繰り広げた怪しい光景を目の当たりにしたとの事だった。


「あの時は失礼しました。とんだお目汚しを……」


「ううん。むしろ、目の保養になったって言うか……妄想が捗ったって言うか……」


「……えっ?」


「あっ、ううんっ、なんでもないんだよ! あは、あははっ……」


 あわあわと否定する癒羽先輩の頬が、月下でも分かる程に紅潮している。


「と、ところでっ……その『ふわもこ』さんって、これからどうするの?」


 癒羽先輩が話を逸らして指差したのは、オレの腰に結び付けられて引き摺られる羊もどき――ふわもこと言うらしい――の死骸だった。

 ただ無為に命を葬ったのではないが、その事実と向き合う為の方法を知らなかった。その為、取りあえずこうして持ち帰って来たのだが。


「えっと……討伐の戦果は、実技面での評価に反映されるんですよね?」


「あ、うん、そうだよ。でも、それはあくまでデータ処理だから……その子とは、きちんと最後まで向き合ってあげないと、かな?」


 初耳の情報に一瞬だけ肝が冷える。何も知らず、大量に討伐をしてしまった時などは、その責任を全うするだけでも相当な労力になってしまうだろう。


「……そ、そうなんですか……ううん……」


 腰に感じていた重みがより存在感を増した気がした。

 しかし、奪ってしまった命は、重く感じる方がきちんと向き合える気がする――だから、これでいいのかもしれない。


「……あっ。ハルカさん、角や体毛なら街中にある『素材屋』さんで買い取って貰えるかもしれませんよ?」


「素材屋?」


「はい! 初日に都市街区を走り回っていたら見付けたお店屋さんです! ええと――」


 里桜の話を聞く限りでは、街区や中央都市部には素材屋なる店舗が構えられていて、装飾品などに使う素材を買い取っている業者が居るらしい。


「――と言う訳ですので、素材屋さんに行ってみましょうよ!」


「私もそれが良いと思うな。素材屋さんは、お肉や死骸そのものも引き取ってくれるし」


「今から下処理とか料理をするのも大変だし……今回は素材屋で全部を換金してもらおうか。里桜もそれでいい?」


「もちろんです! 今のアタシは、身も心もハルカさんに任せていますので!」


「あ、はは……ありがとう……うん……」


 里桜の言葉に心を揺さぶられる。その心音がバレてしまわないように、平静を装った。 


「……はわあ……二人共、いいなあ……♪」


 癒羽先輩のやたらと温かい視線を感じながら、里桜の身体を背負い直す。


「……んっ、くひぅっ……!」


 その衝撃に、里桜が小さく喘いだ。苦悶と悦楽。その相反する筈の感情に息を湿らせ、身を捩っている。


「……ハルカくん。里桜ちゃんの身体って……?」


「その……筋肉痛みたいなんです。それも全身……昨日、『細胞電子』に目覚めて、身体に慣れない負荷が掛かったらしく……」


「全身の筋肉痛……里桜ちゃん、ちょっとごめんね?」


「んっ……ふぁい?」


 癒羽先輩は、里桜の身体に触れてあちこちを揉み、撫で回した。


「きゃひっ!? いっ、やぁんっ……!! ゆ、ゆうさんっ、なにっ、はひぅっ……!?」


「……んー……」


 太ももに指を沈め、脇腹を抓み、背中を親指で押し込む。そして、重力に引かれるばかりのお尻を両手で支えたらしく、背中の重みが一瞬だけ軽くなった。


 とにかくオレの背中の上で情事を繰り広げないで欲しい。そちらを見る為には不自然に首を捻らなければいけないのだ。ガン見をしているとバレてしまう――。


「はぅ……ハルカさんの、えっちぃ!!」


 ――身体が勝手に向けようとしていた視線が、里桜の震える手で押し戻された。


「……筋肉痛で間違いなさそうだね。これなら治りやすくなるお手伝いが出来るかも?」


 人差し指を尖らせた唇に寄せて、癒羽先輩が提案した。


「そ、そんな方法があるんですか……?」


 背中で息を切らしている里桜を癒してあげられるなら、それに越した事はないだろう。


「あるには、あるかな。その子の角を分けて貰わないといけないから……まるっきり良い話とは言えないと思うけれど」


 癒羽先輩が再びふわもこの死骸――その角を指差した。


「勿論良いですよ。里桜の痛みが、それで少しでも和らぐなら」


「……ハルカさん……」


「あ、ごめん里桜……勝手に決めちゃったけど、それで良いかな?」


「…………」


 里桜が無言で背中に抱き着く。その素直さから、肯定の気持ちが伝わった。


「……大丈夫みたいです。癒羽先輩、オレたちに力を貸してくれませんか?」


「……うん! 私なんかでよければ、ぜひぜひ!」


 かわいらしく鼻を鳴らして、一コ上の先輩は微笑んだ。


「それにしても……本当に仲が良いんだねえ。幼馴染だったりするの?」


「いえ、オレと里桜は昨日出会ったばかりです」


「え、ええっ!? それなのに、なんか……すごく距離が近いと言うか……?」


「そりゃあそうですよ! アタシたち、同じ未来を誓った間柄ですから!」


「またそうやって誤解を生む言い方をする!」


 討伐からの帰路は、往路よりも遥かに足取りが重かった。それでも、前に進む為に必要な重みだと受け入れる。オレは、一歩一歩を踏み締めるように歩き続けた。


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