ハルカの名⑩
「おおっ!? ハルカさん、また髪が白くなってますよ!?」
「白く……まあ、ハルカらしいと言えば、らしいのかな……?」
「へっ? それ、どう言う意味ですか……?」
「あ、ごめん、なんでもないよ、うん!」
オレは咳払いをして、首を捻っていた里桜に手をかざす。身体からエネルギーを放出するような姿を想像――すると、五本の指先から意思に合わせて蒼白い電流が迸る。
「……んっ……この感覚なら、イケそうだ! 里桜、受け取って!」
「はっ、はいっ!!」
胸部分に宿る脈動から発している、そのエネルギーを里桜に明け渡す。空をジグザグの光線が駆け抜け、弾け――里桜のまとっていた『細胞電子』と合流した。
「お、おおおおおおおっ!! こ、この力……炎を切り裂いた時と同じです……ッ!!」
彼女が口にした言葉から、初戦の状況がだんだんと判明して来た。オレが偶然に発した『細胞電子』を里桜が受け取り、一瞬の奇跡を起こしたようだ。
「はッ……ぁあああああああああッ!!」
里桜は受け取った電気に合わせる為に、自分の身体から『細胞電子』をさらに放出。激しく鳴動する轟雷と、爆発するような火花が弾け飛ぶ。
「発電完了……行きますッ!!」
大きなエネルギーを持った、自然現象のように輝く里桜の身体が沈み込む。細腕を薄く覆っている電力を強化し、先程よりも明らかに速い速度で地表を跳んだ。
その姿はまるで、草原をそよぐ一陣の風。蒼白の雷は大きく火花を散らして、標的に向かう一直線の嵐――文字通りの疾風迅雷と化した。
「――『走駆・稲妻』!!」
二本の剣が残光を引き、雷鳴の刃を放つ。目にも止まらぬ速さで、縦横無尽に剣が閃く。
幾度もの攻撃を与えて来た四肢に、里桜の放つ斬撃が無数に浴びせかけられた。
「むきょわぁあああああッ!!」
巻き起こる剣風。羊もどきはその身体を僅かに浮かせ、体毛を焼かれながら吹き飛んだ。
「……良い勝負でした、もこもこ」
弾むように地に倒れた羊もどきに近付き、頭部に剣を突き立てる。貫通力の劣化していない剣の切っ先には、多くの『細胞電子』が集まっていた。
「――――ッ!!」
軽量な武器。非力な使役者。それでも、倒れ伏せる動物を穿つには十分な力があった。
頭部を砕く衝撃に身を固まらせた敗北者は、やがて、完全に動かなくなった。
完全に止めを刺した里桜は、剣を振りながら『細胞電子』で血や肉片を焼き焦がす。
美しく、凛と咲き誇る剣の花。スナップを利かせ、刀身で蒼白の残光を乱れ咲かせる。
「どうか、安らかに」
死骸を前にして、一礼。自身が奪った命と、心身で向き合った。
「…………あ」
呆けているオレの視線を感じて、里桜はバツが悪そうに頬を掻いた。
「……残酷だと思いますか?」
「……え?」
「……だから、その……今のトドメです。一方的な加虐……悪にも見える、今の所業です」
剣の柄に、震えていた手が添えられる。縋るように、力無く握られた。
「……いや、思わないよ。むしろ、『真剣に命と向き合っている』って感じた。里桜らしいって言うか……君は、どんな相手でも平等に接する――剣を振るう事を躊躇わないんだね」
「……っ!?」
オレは、不安がる里桜に向かって首を振る。彼女は正義を掲げているが、『誰かを傷付けない』とは一言も言っていないのだから。
むしろ、他に正義があったら斬り伏せる――オレが肩を並べる人は、そんな剣士だ。
命を奪う事だって、確かに、見方によっては残酷にも見える。ただ、それはこの世界全体に言うべき言葉であって、彼女だけに向けられて良いものではない。
生きる為には、食らい続ける必要があって。保つ為には、奪い続ける必要があって。
動物であれ、植物であれ――全ての生物が、その摂理の中で存続している。その事実から目を背けない事の方が重要で、それが一番難しい事だと強く思った。
「……ハルカさぁんっ!!」
「わ、っと……! 急に抱き着かないでってば……!」
――強い人だ。そう感じた彼女がオレに駆け寄る。その軽々とした身体を抱き留めた。
「えへへっ……ハルカさん。はーるーかーさんっ!!」
「うおわぉおおおっ……か、髪の毛が顔に当たってくすぐったいよ……!!」
むにゅむにゅと幸せな感触が腕に当たり、手には小振りながらもっちりとした感触のお尻が収まってしまう。スカートの中に手が触れているのは不可抗力だった。
「アタシ、やっぱりハルカさんと出会えてよか――んひぃぃんっ!?」
抱き着いて来る柔らかさを押し退ける――その為に力を入れた時、華奢な身体が跳ねた。
「っ!!?? ご、ごめん、ヘンなとこさわった……?」
「い、いやぁんっ……! き、きんにくつぅ……!!」
「なっ……なんでそんな状況で抱き着いて来ちゃうかなあ……!!」
「あっ、ふぅっ……んっ……!! ごめん、なさぁい……!」
疲弊感が充満する身体で無理を押して、どうにか悶える彼女を草原に下ろす。
「あ、あぁ~っ……この、内側……中に来る感じっ……たまんないです……」
上気した頬と、いやらしさが三割増しになった言葉に思わず赤面する。身体を捩る度に、重力に引かれる胸が揺れ動き、スカートが捲れて脚の付け根の際どい部分まで露出される。
「……ふげっ……!」
鼻孔を伝う生温い感触に、自分で驚愕した。慌てて鼻を拭い、刺激物から目を背ける。
「……血っ……? は、ハルカさん大丈夫ですか……はぅうっ……!!」
「らいじょうぶだから、ちょっひょ、静かに……!」
「は、はいっ……んっ、くぅっ……」
引き続き聞こえる、短く切らす息が頭にピンク色の妄想を広げていく。
喘ぐ少女を放置して、鼻血を垂らしながら興奮する少年。傍から見れば、どう好意的に捉えてもヤバい関係の二人にしか見えないだろう。
「は、はわわ……ヘンタイカップルだ……!」
――事実、そのような呼称で一括りにされたぐらいなのだから。
「……良い、妄想のネタになるかも……!?」
目元を手で覆い、指の隙間からこちらを覗いている女の子が息を荒くしていた。
ハルカの名 終