ハルカの名⑧
教室での痴情騒ぎから数十分。オレと里桜は自販機で装備を整えて、内壁付近の草原区域にやって来た。
草原区域にはサステナ・カレッジが設立される前の学術研究都市時代から研究・品種改良を施していた生物が生息している。この生物たちと戦い、勝利や戦利品を勝ち取る事が討伐に分類され、実技面の評価に繋がるのだという。
伊田先生にオススメの場所を聞いた所、最も東側の第三ゲート付近のエリアが紹介された。夕焼けによってオレンジ色に染まる草原には、小動物などの生物が見受けられる。
「それじゃ、無理しない範囲で頑張ってみようか」
「合点です!」
里桜は隣で剣を抜き、目を閉じた。
「――むぅううっ!!」
精神を統一。エネルギーを身体の外に出すようなイメージで、光の粒子を身体中から放出する。その輝きの間を、蒼白の電流が駆け巡った。
「……よしっ! この感覚にも大分慣れて来ました……!」
里桜は筋肉痛の傷みを感じさせない、軽やかなジャンプで一メートル近く跳び上がっている。『細胞電子』による身体能力強化の恩恵――心強い力だと認識出来るようになった。
「さて、手始めにあのもこもこの頭を叩き斬り、首を落としますか!」
「表現が猟奇的だ!!」
羊のような愛らしい見た目の生物に、剣の切っ先を向けて鼻息を荒くする。
「え? いや、生きとし生けるもの、全てにその命の終わりがありますゆえに」
それは普通の事だと言わんばかりに、キョトンとした顔をする里桜。剣の刃で獲物の首元を掻っ捌くジェスチャーをしながらでなければ、もっとかわいらしく見えた仕草だろう。
「うーん……確かに、正論以外の何物でもないけど……」
「そうですよ。立ち会えば、そこには命を奪い、奪われる死闘を繰り広げる。その覚悟を持っていなければ、戦う事なんて出来ません」
口元は笑っているのに、目が一切笑っていない。まさに、真剣そのものだった。
妙に達観していると言うか、殺伐としていると言うか。かわいらしい見た目とは裏腹に、相当に肝が据わっている。剣を握っているのは、生半可な覚悟ではないとハッキリ分かる。
――なら、オレも同じ覚悟を持たなければいけないのだろう。一緒に戦うのだから、一人でのほほんとしている訳にはいかない。
「――さて、それでは行って参ります!」
「あ、ちょっ……里桜っ!!」
里桜は『細胞電子』をまとったままの状態で駆け出す。電極の間で爆ぜる電流のように、乱れた直線運動で標的と距離を詰めた。
「むにゃっ!?」
薄茶色の毛をもこもことさせた羊もどきが音に驚き、疾駆する里桜と目線を合わせた。
獣がそれを視認した瞬間には、里桜が剣を振りかぶっている。その首を一刀の下に斬り伏せる勢いで刃先を滑らせ――草原に、剣による硬質な『殴打』音が響き渡った。
「……んっ?」「……あっ」
――その剣は、『最も秀でた能力』を劣化したものだと説明を受けたばかりだ。
首の切断は叶わず、ただ里桜の細腕を『細胞電子』で強化し、殴っただけ。
「にゅぐぐ……!」
首を叩かれ、怒りを露わにした丸っこい羊もどきが、里桜の脇腹に潜り込む。
「はっ……しまッ――!」
「むにょぁあああああッ!!」
里桜のがら空きだったどてっぱらに体当たりをかました。
「ふごっぎゃっ、きゃぁああっ!!」
体長一メートル程の体躯の弾丸。羊もどきは四肢が宙に浮く勢いで、里桜の身体を跳ね上げた。女の子の身体が宙を舞い、草原の上で孤を描く。
里桜はそのまま後ろ向きに吹っ飛び、草のクッションの上を後ろ向きに転がりまわる。
やがて、膝から地に落ちて停止する。制服を土まみれにして、お尻を突き出した状態で。
「……っ!」
慌ててオレンジ色の眩い丘から目を逸らす。パステルカラーが、健康的かつかわいらしくて、とても似合っていると思った。
「くぬぅっ!! やってくれましたね、もこもこ!」
収まりかけた『細胞電子』を放出し、少女は再起する。身体をギャルギャルと乱回転させて体勢を立て直し、両手に持った剣を修羅のように構えた里桜が牙を剥いた。
「ふんっ!!」
気合を入れ直した里桜は、両の剣を打ち鳴らして電気を迸らせる。少し空いた距離を高速で詰め、毛に覆われた四肢の付け根を斬り付けた。
――やはり、切断する事は出来ない。里桜もそれを見越した上で、脇を締めた小振りな体勢で剣を振り、次の行動に備えていた。
「むにゃっ、にゃももっ!!」
「おっ、っとぉッ!!」
反撃の為に振られた頭と角を、後方に飛び退いて回避。間髪を入れず攻勢に転じる。
「りゃっ、はっ、せいっ……ふっ、とりゃああっ!!」
淀みなく、剣閃を描く。右で斬り、左で払い、再び右で抉る。身体を捻り、遠心力を利用した跳び上がりながらの回転斬り。羊もどきと距離を離さずに斬撃を放ち続けた。
一撃が軽いなら、それを幾度も放つ。破壊力を捨て、手数で勝負する攻勢を保った。
地で躱し、斬る。空を回り、払う。理想的な動きが、蒼白の残像を残し続ける。
「むっ、にゃあああっ!!」
激昂に疲労と苦痛を滲ませた羊もどきが、不規則な動きで暴れた。
「おっとっと……あ、ぶな……っ!!」
筋力が足りていない里桜は、防御面も薄い。過剰にも見える警戒は必須のものだった。
「次で決めますっ!! ハルカさん、少し『細胞電子』を分けて貰えませんか!?」
「わ、分かった!」
バックステップで相当の距離を取った里桜に向かって手を伸ばす――。
「……ん……あ、れ……?」
――しかし、蒼白の雷が放出される事はなかった。幾度か手の角度を変えたり、振り方を工夫したりするが、これと言った変化は見受けられない。
「ハルカさん、早くっ!」
「ちょ、ちょっと待って……! ええと、あの時どうやったんだっけ……?」
やきもきして跳ねている里桜に急かされる。そもそもオレは、自分の『異彩』の放ち方さえ知らなかったのに、『細胞電子』の運用方法なんて感覚で理解している筈がなかった。
頭をフル回転させ、記憶を呼び起こす。確か、あの時――。
『さっき、ハルカさんの髪の毛が白くなってて、とってもキレイだったんですよ!!』
――里桜は、そんな事を言っていた。髪が白いと言われて、思い浮かぶのは一人だけ。
(……力を貸してくれ……!)
自分の力では起こせない奇跡のような迸りを生む為に、祈る。
目を瞑る。夜空に輝く星を思い浮かべる――。
『――アナタは、きっと輝ける』




