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インフェリア・スターズ!  作者: 成希奎寧
ハルカの名
17/50

ハルカの名⑦

 その後、伊田先生による細かな検査が時間ギリギリまで行われた。


 里桜が『双製四散』を行った対象物――剣の重量は、元の一本から四九パーセント強に軽量化されていて、体積は元と同一。対象物の密度を低下し、対象物を構成する量子の一パーセント程が損失している。伊田先生の見立てでは、気化している可能性もあるらしい。


 ――『細胞電子』を消費する。対象物の『最も秀でた能力』を四分の一以下に劣化させる。対象物の重量が半分以下になる。対象物の密度が低下する。対象物を構成する量子の一部が損失する――。


 これらのデメリット全ての上に、ようやく対象物を増やす事が出来る。それが――そんな、使い勝手の悪い『異彩』が、彼女の得た能力だと分かってしまった。


『へぇー。まあ、アタシは自分が振るえる剣が手に入るなら、それでいいですよ』


 ――当の本人がそう言わなければ、誰もが悲観していた結果だろう。その欠点の一切を斬り捨てる、里桜らしい言葉の剣捌きに、思わず惚れてしまいそうだった。


 レクチャーを受けた後、再び中央都市部に戻ったオレたちは三時限目以降の授業を真面目に受けて――里桜は終始居眠りをしていたが――放課後を迎えた。


「ハルカさん! 放課後、研究生物の討伐とやらに行ってみましょう!」


「……フッ。まるで飼い主とペットだな」


 ホームルーム終了と共にオレに駆け寄った里桜を見て、伊田先生がボソリと呟いた。


「……いや、今日はやめておこう」


 オレは気恥ずかしさを覚えながら立ち上がり、荷物をまとめて帰る準備を始める。


「え、ど、どうしてですかっ!?」


 食い下がる里桜を、回れ右させる。不思議がりながら身体を回した里桜の背中を、親指で強く押し込んだ。


「ひゃっ、あんっ!!」


 ――ビクビクッ! そんな擬音が頭に浮かぶ程に身体を捩って、里桜が切なく喘いだ。


「ぶっ!? へ、ヘンな声出さないでって!」


 朝よりも大袈裟な反応を見せた里桜が顔を真っ赤にして身体をもじもじと揺らした。


「だ、だってぇ……ハルカさんの触り方、やらしいんですもんっ……!!」


「普通に押しただけなのに……でもごめん、今のはオレが悪かったか……」


「……いえ……きもちよかったので、むしろもうちょっと……」


「……ま、また今度ね……?」


 敏感と言うよりも、筋肉痛の痛みを快感として受容しているようにしか思えない。被虐嗜好マゾヒズムを抱えているのだろうか。案の定と言うべきか、クラス中からの侮蔑と羨望の眼差しを浴びたオレは、肩を落として小声で呟く。


「……その筋肉痛が治ってからにしようよ。いくらなんでも、昨日の今日は危ないし」


「で、でも……アタシ、もっと強くなりたいんです……!」


「そんなに急がなくても……!」


「もう一度あの悪漢に勝負を挑まれたら、また負けてしまいます!! 休んでいる間も、何をすれば良いのかぐらいは見付けておきたいんです!!」


 里桜は胸中の焦りを叫んだ。


 ――本当に、悔しかったのだろう。折角、思い通りに剣が振るえたと言うのに、二人掛かりだったと言うのに、完膚なきまでに負けてしまった事が。


「だから、ハルカさん……! お願いします……!!」


 自身の傷む身体を手で押さえ付けながら、力強い瞳でオレを見つめ続ける。


「…………分かった。『細胞電子』を使っていれば身体も痛まないみたいだし、強くなさそうな研究生物を見付けて、筋肉痛が悪化しないぐらいで、動きの確認をしてみようか」


 里桜の感じた悔しさは、同じ敗北を分かち合ったオレのものでもある。なら、その想いにも心から応えなければいけないだろう。


 彼女の能力で、刃を増やして重みを二つに分かつなら。勝負を賭け、剣を握ったオレも重みを担うべきなのだ。


「っ!! ハルカさぁんっ、ありがとうございますー!!」


「うおわあああっ!?」


 抱き着いて来た里桜を受け止め、キスをして来ようとする破廉恥娘から顔を離した。


「……本当に飼い主とペットだな。それも、いつでもどこでも発情期と来た」


 伊田先生を筆頭に、周囲から浴びせかけられる冷えた視線が居心地を悪くさせる。


「んーっ……もうっ!! なーに恥ずかしがってるんですか、ハルカさん!! 友達なら『ほっぺちゅー』ぐらい普通なのでしょう!? 漫画でそう読みましたよ!?」


「普段どんな漫画を読んでいるの!? って言うか、お願いだからもうちょっと周りに目を向けてよ! 今日一日通して、君の行動がいちいちエロ……変態っぽいんだって!!」


「だーれが変態ですかぁ!? 失礼な事を言っていたら、お口に濃い奴かましますよ!?」


「分かった! 君、変態っぽいんじゃなくて変態そのものじゃないか!!」


 オレの慟哭が教室に響き渡る。それから、周囲が飽きを示すまでその一悶着が続き、気付いた時には教室がもぬけの殻になっていた。


 

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