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インフェリア・スターズ!  作者: 成希奎寧
ハルカの名
16/50

ハルカの名⑥

 中央都市部から、伊田先生による荒っぽい車の運転で東側へ向かう。辿り着いた第三ゲート、真ん中の第二入校管理室は伊田先生を含めた数人の研究員の管轄下にあるという。


 手早く入室し、『異彩』を放った事がある里桜は、測定機械に身体を預けたのだった。


「ふむ……『双製四散デュアル・クォーター』だな、こいつは」


 伊田先生が検査機の弾き出したデータを指でなぞる。検査機から飛び降りた里桜が目を輝かせて、自身の情報を覗き込んだ。


「『双製四散』……なんか、かっこいいですね!」


「まあ、名前の響きはな」


 椅子の背もたれを軋ませ、苦虫を噛み潰したような顔をした女教師が唸る。


「剣花。この力を実際に使った事があるか?」


「はい! こう、剣を『バビバババババーッ!』って増やして軽くしたんです! それで『ビュバウゥワイィンッ!!』と剣を振りましてですね――」


 擬音だらけで説明に全く向かない語調が続く。


「――それで、最初にハルカさんの元へ駆け付けた時に……」


「ああ、分かった、分かったから!」


 話がループしそうな気配を感じ取った麗女が流れを断ち切る。感情の込められた説明が止まり、部屋に二つの吐息が漏れ出た。


「……軽く『した』、か。使ってなおそう言えるのなら、相性は悪くないかもしれないな」


「……どう言う事ですか?」


「どう言う事も何も……重量の減少は、必ずしも良い事だとは限らないだろう? こと武器に関して、重量は特に大切な要素だからな」


 昨日の戦闘中――加島の脇腹に叩き込んだ、里桜の二刀を連想する。彼が攻撃を物ともしていなかったのは、重量の低下による攻撃力の弱化が原因だったからなのだろうか。


「そして、モノの数を増やす『メリット』に対する『デメリット』は、それだけじゃあない。使った事があれば気付いているとは思うが……」


「ふわぁ……んー、他に何かありましたっけ? 特に問題無く振れたと思うのですが」


「さ、さあ……実際に使った里桜が分からないなら、オレにも分からないと思うんだけど」


「いやぁ、ハルカさんも片方だけ持っていたので、何か分かるかなー、と」


「……ごめん。剣を持った事なんてなかったし……特に思い浮かばないや」


「そうですか……なら、あんまり気にする必要もないですね!」


 ――アタシは満足してますしね。腕を組んで笑った彼女は、ポジティブなのか、ただ能天気なだけなのか。


「……まて、待て! 自分の持つ力ぐらい、正しく把握しておけ」


 こめかみを指で叩く伊田先生は溜め息混じりに呟く。


「え? どうしてですか?」


「実技面……討伐も模擬戦闘も、自分以外の人間が持つ力を測りながら戦う事になるんだ。自分の能力すら分かっていない状況で、ベストなパフォーマンスが出来ると思うか?」


「……それは、確かに……」


 正論を言われ、考えさせられてしまう。流石の里桜もこくこくと頷いて――。


「……ぐぅ」


 ――寝ていらっしゃった。そう言えば、先程こっそりと欠伸をしていたような気がする。


「そ、それで……他の特徴ってどんなものがあるんですか?」


「……それも含めて、きちんと聞いておけよ――剣花、君の話だろうが!!」


「あだぁっ!? 敵襲ですか!?」


 長い爪で額を弾かれた里桜が飛び上がる。伊田先生はただ呆れるばかりだった。


「『双製四散』。対象物の数を増やす能力。『異彩』としてはとても分かりやすいものだ」


「分かりやすいのは良い事ですね!」


 里桜がそう言うと、非情に含蓄があるような気もする。やや脳筋タイプだから。


「うむ。能力と言うのは、シンプルかつ強大なものこそ、最も使い勝手が良い。後者はさて置き、前者の条件は満たしていると言えるだろう」


 伊田先生は本棚から資料を取り出し、つらつらと並べるように説明を続ける。


「ただし、対象物を増やす際に『重量を半減』する。まさに一つのものを分割する力だな」


「分割……二分ではなく、ですか?」


「今の所は、二分でも間違いない。だが、この能力を極めた人間は過去に一人も居ないからな――その先がある可能性もある」


「例えば、一本の剣を三本に増やせるとかですか……」


 オレの問いに対して首肯せず、頭も振らない伊田先生。


「能力の進化には、強化と応用の二面が基本になる。強化はメリットを増益化する手法で、応用は『自分に利益のある能力の使い方』をする手法だ」


「自分に利益の……あーっ、アタシで言えば、『剣を軽くする』事ですか!」


「そう言う事だ。他にも『自分にメリットのある変化』を見付けられれば、それだけ能力の幅も広がる筈だ。『異彩』は、デメリットに分類される効果を持つものが多いからな」


「……それじゃあ、里桜にとって『双製四散』のデメリットは全く無いんですか?」


「いや、重量半減だけならそうだと言えるんだが…………まあ、実際に見た方が早いか」


 伊田先生は必要の無さそうな資料を丸めて、里桜の前に突き出した。


「剣花、その二本の剣は、『異彩』で作ったものだろう? これを、その剣で切ってみろ」


「え? わ、分かりました……――ふっ!!」


 剣を抜いた里桜が電流を少量だけ発生させ、紙製の円筒を切っ先で斬り伏せる――。




「……あ、れ……?」




 ――刃先が十分な速度で、確かに当たったにも関わらず、円筒は切れていない。べこりと衝突部分をへこませるばかりだった。


「この通り、分解した剣は最も重要な『切断能力』が落ちている。これが『双製四散』のデメリット――『最も秀でた能力を四分の一以下の性能にする』事だ」


「よ、四分の一……!? 二つを合わせても、半分にしかならないんですか!?」


「最大で四分の一だから、二分による合算期待値なら『半分以下』が正しい。使用者の体調によって上下するとのデータもあるからな」


「……そう、なんですか……」


 いまいちピンと来ていない里桜の代わりに落胆する。伊田先生は「なんでお前の方が落ち込むんだ」と小さく笑った。


「だが、オーソドックスかつ『異彩』が本来の効果を発揮する為、使用時の安定性が高いのは特長と言っていいだろう。他の『異彩』より、成功率も高く、エネルギー効率も良い」


 ――確実なんだよ。続けられたその言葉に、既視感のような何かを覚える。


「……本来の、効果……?」


「ああ。そこに、デメリットが絡むと言う訳だ。聞き覚えがあるだろう? ものの質を劣化させ、数を増やす――この考え方に基づく、諸悪の根源に」


 諸悪の根源。伊田先生が忌み嫌う、サステナ・カレッジへの不満と言えば――。


「……『劣化因子』と『最たる才能』!?」


 ――輝ける未来を失う事にほかならない。


「そうだ。『双製四散』――この能力は、体内に注入した『劣化因子』の性質を再発動させる。つまり、『最たる才能』を著しく劣化させ、見かけの量を増やす『異彩』なんだ」


 伊田先生の説明を受けて、色々と納得がいった。昨日の戦いで敗北したのは、里桜の非力だけが原因ではなく、いくつもの要素が足りなかったからと言う事なのだろう。


「む、難しい話は分かんないですけど……とにかく、あの悪漢に勝つには、このままじゃダメって事ですよね……!!」


 紙すらも斬れなかった、自分だけの剣を強く握り締める里桜。その腕は悔しさを滲ませてこそいるが、滾る熱意が光の粒子を発し、強い電流を迸らせていた。


 感情と熱意。心身から生まれた電流が、蒼白の輝きと化して里桜の身体を包み込む。入校管理室の壁や調度品が呼応して、うっすらと発光していた。


「……ほお。入学二日で、ここまで器用に『細胞電子パルス』を放出出来るとはな」


「ぱるす、ですか?」


「ああ。これに関しては研究段階の点が多いが、端的に言えば『劣化因子』が発する微量の電気を帯びた粒子と、その連結によって生じる瞬間的な電流の事だと思ってくれ」


 重要な事実が徐々に明らかになっていく。伊田先生は明言・断言を避けながら、事実だと判明しているデータを提示し続けた。


「あの電気は、『細胞電子』って言うんですか……里桜が超人的な動きを出来るのも、あの電気のおかげって事ですよね?」


「超人的な動き……身体能力強化や反応速度上昇の効果の事だな。その二つは、『細胞電子』を使える人間全員が共通して得られる恩恵――誰でもいずれは出来るようになる」


 ――決して驕らない事だ。伊田先生はそう忠告した。


「……と、長々と説明してしまったが、取りあえずはこんな所にしておこう。詳細は追々知っていけばいいし、学生生活の中で発見を繰り返してくれればそれで良いんだ」


「あ、伊田先生、最後に一つだけ」


「ん、なんだ?」


「『細胞電子』って、誰かに与えたり、誰かから受け取ったりする事は出来るんですか?」


 オレの質問に面食らった伊田先生が、里桜を見てから鼻を鳴らした。


「『細胞電子』は、何がどう発電しても同じ性質の電流になる為、可能だ。だが、『細胞電子』は基本的に『劣化因子』と合体した細胞が蓄えられるだけの電気しか扱えない。人だろうがモノだろうが、この上限は『許容電量キャパシティー』として定められている」


「もしかして、その『許容電量』を超えたら……」


「電化製品と同じだ。過電流が発生して、人・モノに故障が起こる。つまり、『細胞電子』の供給はハイリスクな行為になる――その事だけは、常に気を付けておけよ?」


「……はい。ありがとうございます」


 伊田先生は、「ただし」と付け加える。


「君たち学生の戦い方――特に『異彩』の放ち方には正解が無い。相手を気遣いながら、剣花の中に好きなだけアレを注ぎ込むと良い」


「はい……はい!?」


「あ、でも、野外……特に都市部では気を付けろよ? 監視カメラがそこら中に設置されているからな。下手をすれば、剣花のあられもない姿を公に晒してしまうかもしれんぞ?」


「いやいや、なんでそんな意味深な言い方をするんですか!? 『細胞電子』を渡すとか、制服が過電流で破れるとか、ちゃんと言えば良いじゃないですか!」


 オレの突っ込みに対し、伊田先生は目を丸くしておどける。


「思春期の男女はそう言う事しか考えていないだろうし、分かりやすいかと思ってな」


「気遣いが余計過ぎる……!」


「まあ、そうカッカするな、ハルカ。私たちは生徒の自主的な成長を助ける立場に過ぎない。聞かれない限りは指導を最低限にしか行えないから、せめてと思ってな」


 オレは妙に疲れるやり取りに、息を吐いて肩を竦めた。取りあえず、笑っている伊田先生の言葉でこれまでの疑問がなんとなく紐解けていくような感覚だった。


 自主性を重んじると言えば聞こえはいいが、大味で放任主義な学園側の説明は『考え方を固まらせない為』と言う事なのだろう。下品な気遣いでは補えないと思うけれど。

 

 セクハラの対象となっていた里桜はと言うと、『細胞電子』を使った剣の振るい方を考えているようだ。凄い勢いで刃を乱回転させ、手首と指を器用に動かし続けている。


「……ん? どうかしました?」


「う、ううん、なんでもないよ……」


 里桜は「そうですか」と呟いて、再び剣技に集中し始める。彼女に聞こえていないなら、オレが聞き流せばいいだけだ。


「……しかし、剣花のそれは見事な剣捌きだな。如何に『細胞電子』を使っていたとしても、そこまで繊細な動きは簡単に出来ないだろう。昔から、剣に触れていたのか?」


「はい! アタシ、これでも剣士の端くれですし、ずっと剣を握って来ましたよ!」


 里桜の話を聞く限りでは、過去の彼女は握った剣に振り回されていただけなのだが――ここで口にするのも野暮な気がした。


「……このご時世に、剣士、か。本当に変わっているな、君たちは」


 ――だから馬が合うのだろうな。オレと里桜を交互に見て、伊田先生は目を細める。


「……ハルカ、剣花。君たちは、自分が正しいと思う道を選び続けなさい。そこに、『確かな未来以上の何か』を見付けられる――そんな気がするから」


 伊田先生に叩かれた肩を撫でて、強く頷く。彼女は、救われたように柔らかな笑みを浮かべていた。


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