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インフェリア・スターズ!  作者: 成希奎寧
ハルカの名
13/50

ハルカの名③

「――カさん……ハルカさーん!!」


「……っ!!」


 肩を揺すられて我に返る。里桜の唇が寄せられていた耳が、キーンと鳴り続けていた。


「どうしたんですか、急にボーっとして!」


「……ごめん、ちょっと昔の事を思い出しててさ」


「……やっぱり嫌な思い出ばっかりだったんですか……?」


「ううん。ホントに、そんな事はなくてさ」


 この胸に抱いた希望の光が、嫌な思い出である筈がない。


 これは、オレの――。


「……とても、楽しかったんだよ。だから、大切にしたかった……のかな……?」


 ――失ってしまった、「最も価値があったもの」だったのかもしれない。


 擦り切れないように。無くなってしまわないように。


 心の中に縛り付けて、扉の奥に大切に仕舞い込んだのだ。


「そうなんで…………はわぁ……」


 里桜はオレの視線よりも上――頭を見ながら、口をポカンと開けていた。


「……里桜、どうかした?」


 金髪が、朝日よりも明るい光に照らされている。蒼く、白く、どこかで見たような色に。


 ――パチン、と。小さな電流が、視界の端で弾けた。


「……あ、いえ、何かあったって言うか……何か起こっている最中と言いますか……うーんと……ハルカさん?」


「どうしたの? さっきから、様子がおかしいけど……」


「いや、その……アタシ、今の状況とか、ハルカさんが何をどう考えているのかとか、詳しい事は分かんないですけど……なんて言うか……」


 腕を組んで、うむむと唸る里桜。オレの頭をもう一度だけ見て、ニッコリと笑った。


「……うん。楽しかった思い出なら、誰かと共有してもバチは当たらないと思いますよ!」


 太陽の光を受けて煌めく少女が、地の上を舞う。少しぎこちない足取りで踏むステップが音を鳴らし、麗しい金髪を翻して風と躍った。


「楽しい思い出は、誰かを楽しい気持ちに出来ますからね! それに、誰かと一緒に守れば、思い出をより綺麗に守れるかもしれませんし!」


「……っ!」


「アタシでよければ、お手伝いしますよ! どんな時でも、あなたに助太刀致します!」


 明るく、前向きな言葉で世界が広がっていく。閉ざされた都市に、輝きが満ちていく。


 大切なもの。人生で価値あるものは、彼女と共に全て失ったと思っていた。


 ――いや、失った事に変わりはない。ただ、新しく得られただけなのだろう。


 目の前で笑う少女――剣花里桜と出会っていなければ、決して訪れる事のなかった未来を感じた。


「……里桜」


「なんでしょう?」


「……中学の頃の話、さ。あんまり面白くないかもしれないけど、聞いてくれるかな?」


「……はい! もちろんですよ!!」


 満面の笑みを浮かべる里桜に、心から感謝する。


「ちょっと長くなるから、また今度だけどね」


「ええ、楽しみに待ってますね!」


 くるりと一回転した里桜に笑み返して、通学路となる道を進む。果てが見えない、途方に暮れるような道のりを、自分の足が確かに歩いている。


 誰かと、楽しかった思い出を分かち合うなんて、考えた事すらなかった。自分の中で、彼女の記憶が風化してしまわないように努力する事ばかりを考えていた。


 大切に想っていても、少しずつ色褪せてしまう思い出。まだ鮮明に思い出せるけれど、明日も同じ状態でいられるとは限らない。


(……里桜と一緒なら、あの眩しさを忘れないでいられるような気がする)


 そう、期待せざるを得なかった。前を歩く彼女の背に向かって手を伸ばす――。


 ――すると、指の隙間から蒼白の粒子が舞い、電流が迸る。ジグザグに描かれた輝閃は、少しだけ前を歩く少女の頭を、バチン、と叩いた。


「きゃぁんっ!?」


「っ!?」


 里桜は身を縮こまらせて振り向く。頬を赤らめて、電流が走った後頭部を擦っていた。


「な、何かしました、今……? なんか、あっつい何かがべちゃっと来たんですが……」


「い、いやいや、何もしてないよ!! って言うか、表現がちょっとばっちおおわああああっ!?」


 両手を突き出して否定を示そうとしたその時――掌から、さらに多くの粒子が溢れ出す。


「ハルカさんのモノはばっちくなひゃぁああああああっ!?」


 そして手が向く先へ、再び電流が駆け抜けた。


「り、里桜――うぐっ……!!」


 身体に襲い掛かる疲労感と脱力感に、オレは膝を突きそうになる。それをなんとか堪えて彼女に目を向けると、里桜は自分の身体を見渡していた。心なしか、里桜が身にまとっている蒼白の電気は、昨日よりも強い光を放っているように感じる。


「こ、これは……ハルカさんのバリバリが、アタシに流れ込んで来たって事ですか……?」


「分からない……と言うか里桜、特に問題ないの?」


「え、ええ……むしろ、力が溢れて来ているぐらいです……!!」


 蒼白の雷を身に宿した里桜は、踊っていた時とは比べ物にならない軽やかな足取りで助走を付ける。二本に分かれた最安値の剣を構えて――一息で跳躍した。


「はっ、よっ、とぅっ!!」


 高く跳び、何回転もする前方宙返り。細かく刻むような左右へのサイドフリップ。剣の切っ先で地面を突き、身体を丸めて乱回転するバック宙――両手が剣で塞がっている状況で、立て続けに繰り広げられる美麗な体技に目を奪われた。


 周囲からも歓声が上がる。里桜の美技に女子生徒は憧れを抱き、見え隠れするオレンジ色のパンツに男子生徒が興奮していた。


 ――剣と共に生きている剣士。そう思わせる動きの数々を終えて、着地した里桜の身体から、光の粒子が離散した。


「……はら? もう、終わってしまいましたね……ちょっと張り切り過ぎましたか……?」


 里桜は剣を再び腰に差し、呆けるオレの近くに戻って来た。「いたた……!」と苦痛に顔を歪め、悪化した筋肉痛を携えて。


 オレの手や彼女の身体から発生した電流の正体は全く分からない。ただ、あの電気によって里桜の超人的な動きが可能になっているのは間違いなさそうだ。


「……本当に、どう動けばいいのか頭で分かってるんだね」


 その動きを可能にする、情報源のきめ細かさに改めて驚かされる。


「はい! 昔から、色々と想像と言うか……妄想する事が好きだったんです。その中でよく妄想していたのが、『剣を持ったカッコ良いアタシ』なんですよねぇ」


 ――今程ハッキリはしてなかったですけどね。身体を揺らしている里桜は、とても機嫌が良さそうに剣の柄頭を撫でている。


「それよりハルカさん! さっきの電力供給みたいな奴、どうやったんですか!?」


「いや、オレにもよく分からないんだ。勝手に出たって言うか……」


「……ふぅむ? 髪の毛の色も元に戻ってますし、それと関係があるんですかね?」


 里桜の視線が再び上へ。彼女の紡いだ言葉で、幾度も上向いた視線の答えに辿り着く。


「……髪の毛?」


「そうなんですよ! さっき、ハルカさんの髪の毛が白くなってて、とってもキレイだったんですよ!! 今はまた黒に戻っちゃいましたけど……あ、黒も素敵ですけどね?」


「……白い、髪……?」


 耳に届いたその単語から、どうしても彼女の事を思い出してしまう。


 星の煌き。人の輝き。その体現である星乙女と、何も関係がないとは思えなかった。里桜は、「それはまた追々と言う事で」と話を断ち切って、周囲の光景を確認する。


「そろそろ急がないとヤバいですかね?」


「……へっ? あ、ああ……」


 辺りの生徒が数を減らしていることに気付き、スマートフォンで時間を確認する。まだ始業時間まで時間はある筈だが、少し急いだ方が良いかもしれない。


「それじゃ、ちょっと走りましょうか!」


「あ、ちょっと里桜! 急に走ったら……!!」


 オレの制止を聞かず、走り出した里桜は――。


「にゃっ、ああああああッ!!」


 ――身体を走る筋肉痛に悶絶し、地面を転がる羽目になっていた。


「言わんこっちゃない……筋肉痛なんだから、無茶しちゃダメだよ」 


 里桜が悲鳴を上げて、のた打ち回る。先程のアクロバットがダメ押しになったようだ。


「いだだだだっ……ふぁっ……あっ、んぅっ……」


「っ!!??」


 ――唐突に聞こえた、甘い声。里桜の呼吸が荒くなり、その声に艶めきが宿る。硬い地面にごりごりと肩や太ももを押し当て、ぴくんっ、とやや危ない感じに身体を震わせた。


 しっかりと自己主張をしている胸元がふるりと揺れる。戦闘中には決して意識出来なかった、丁度良い大きさの膨らみに視線が釘付けにされた。


「この、あっ……体内に響く、もどかしい痛み……気持ち、良いかもです……はぁんっ!」


 頬を赤らめ、息を湿らせる里桜がそこはかとないエロスを演出する。


「……うわあ…………ごくり……!」


 見ているだけでも心身が昂るような情景に喉を鳴らす。オレは、切なそうに身を捩り、指を噛んでいる少女に誘われて手をのば――。


「…………って、いやいやいや、そうじゃない! 里桜、ヘンな声を出しちゃダメだよ!!」


「あっ、んぅっ……!! でも、これっ……ハルカさんの『アレ』のせいでもっ、あるののぃっ……んゃぁん!! こ、ここっ……でっぱり、きもちっ……!」


 目を閉じて、一番『効く』場所を重点的に責める里桜。もう、目も当てられない大惨事になっていた。


「え、ええ……? いや、違うんです、これは誤解で――!」


 当然、オレの言葉は虚空に響くばかり。その公序良俗を乱しかねない光景は、噂話の発信源となった。アクロバットで視線を集めていた事が、噂の広まる速度を後押しする。


 サステナ・カレッジに入学して早二日。オレと里桜には、『ドヘンタイカップル』の悪名が付けられた。成績だけでなく、風評まで。何もかもが最悪な地点からスタートを切る学生生活は、前途多難であるとしか考えられなかった。





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