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剣の花⑨

 ――気付いた時には、日が暮れている。いつの間にか下ろしていた瞼を上げ、手放していた意識をゆっくりと取り戻す。


「……ぐっ……んんっ……?」


 目を開ければ、オレンジ色の光が目の奥を焼く。身を捩れば、身体が悲鳴を上げた。


 オレは炎に呑まれて地面に横たわり、そのまま気を失ってしまったのだろう。顔に付着していた砂を払って、力無く息を吐いた。


「……う、ぅう……」


 うなされるような息遣いを感じて、隣を見やる。そこには、オレと同じように――火傷と焦げ痕だらけで地面に転がっている、里桜さんの姿があった。

 気怠さを訴える身体を起こした時、傍らに小瓶が二つ置かれている事に気付く。


『内服薬・外用薬兼用 治癒促進剤』。加島の気遣いなのかもしれないそれを手に取り、気を失っている彼女を揺り起こした。


「いつつ…………里桜さん。起きて、里桜さん!!」


「ん、んん……?」


 里桜さんは眠そうに目を擦りながら起き上がった。


「里桜さん、大丈夫……?」


「え、ええ……アタシ、夢を見ていたような………………あれ……?」


 里桜さんは自分の状況を確認するように辺りを見渡し――蒼い剣の柄を握った。


 彼女の近くに転がっていたそれは、自身の『異彩』で作り上げられた剣にほかならない。


 自分に合った『軽さ』を確かめながら剣を持ち上げ、切っ先を上下させた。


「この感じ……あの時の……?」


 ――夢じゃ、なかったんだ。里桜さんは小さく、自分を納得させるように呟いた。


「うん。君は確かに剣を構えて、オレを守ろうとしてくれたんだ……ありがとう。里桜さんのおかげで、最後の最後まで粘る事が出来たよ」


「いえ、そんな! アタシは、当然の事をしたまでで……!!」


 両手と首を振って、里桜さんは謙虚な姿勢を見せて、俯く。


「それに、あの出来事が夢じゃないなら……負けてしまったんですよね、アタシたち」


「…………うん」


 火炎放射器の炎に包まれ、転がって――その後の事は、全く覚えていない。状況から察するに、里桜さんも同じような目に遭ったのだろう。


「……ごめんなさい。アタシに、もっと力があれば……」


 膝の上で、悔しそうに拳を握った里桜さんの身体を見れば分かる。所々が赤く腫れている手足に、身体中に付いた砂汚れ。ボロボロの姿の少女は、尽力してくれたのだと。


「……いや、里桜さんのせいじゃない。元々は、オレと加島の戦いだったんだから」


「で、でも……! アタシはこれでも、剣士の端くれです……! やっと、剣が思い通りに振るえたのに、守ると決めたものを守れなかったなんて……!!」


 頭に思い描いた、『剣を握った自分』の理想図と、非力な現実。その非情なまでの大きな差に悔しさを滲ませ、不器用なまでに実直な瞳がオレを射貫き続けていた。


 オレだって、彼女に助けられてばかりだった敗戦を良しとしたくはない――それならば。


「……里桜さん」


「は、はいっ!? せ、切腹をした方が良いですか!?」


「そうじゃなくて……オレたち、負けちゃったね。二対一で戦ったのに、見事に完敗だ」


「ぅ…………は、はい……」


「だから、次は一緒に勝とうよ」


「……え……?」


「一人の力じゃ、きっと足りないから……二人で、一緒に勝とう。たぶん、入学初日に負けてしまったのなんて、オレたちだけだ――一番下から這い上がる為に、協力しない?」


「……っ!!」


 オレは、彼女の前に手を差し出した。かつて導かれたこの手で、確かな未来を得る為に。 


「君の力を、オレに貸してくれないか? 代わりと言ってはなんだけど、オレに出来る事で、必ず君の力になってみせるから」


「ふぐぅっ……!!」


 里桜さんは、顔をくしゃりと歪めた。


「……ダメ、かな? やっぱり、『異彩』を放てないような奴じゃ、力不足かな……?」


「いえ……いいえ……! アタシは、あなたに出会っていなければ、自分の『異彩』さえ分からなかったんです……!! そんな、ありがたい言葉を頂けるなんて……!!」


「……里桜さん」


「こんな、どうしようもない剣でよければ……存分にお使い下さい……!」


 オレの手に、傷だらけで震える小さな指が乗せられる。彼女と契りを交わしている部分を反対の手で覆い、両手で強く、その手を握った。


「使う、使わないじゃない。一緒に頑張ろう、里桜さん」


 自分に言い聞かせるように、そう呟く。気恥ずかしい想いも多少はあるけれど、こんなにボロボロな姿を晒した以上、恥ずかしがる事なんてない筈だ。


「っ……はいっ……!! アタシの事は、里桜とお呼び下さい……!」


「分かった……ええと、里桜。それじゃあ、オレはハルカって呼んで欲しい」


「呼び捨てなんてそんな恐れ多い……ハルカさんでご容赦下さい!」


「ま、まあ、それは任せるよ、うん。そんな大層な人間じゃあないんだけど……」


 里桜が高速で首を横に振る。その仕草が小動物のようでとてもかわいらしく感じた。


 こうして、改めて見ると――里桜は超が付く程の美少女だった。金髪碧眼に、整った顔立ち。プロポーションもしっかりと女の子らしさが強調されていて、意識した途端、その容姿に見惚れてしまった程だ。


「……どうか、しましたか? アタシの顔になんか付いてます?」


「あ、いや、なんでもないよ!」


 首を傾げた里桜に頷く。彼女は特に気にする様子もなく、オレと目を合わせた。


「……ハルカさん! 絶対にやってやりましょうね! アタシたちの躍進は、ここから始まるんです!!」


「……うん!!」

 夕焼けに涙を滲ませた少女は、空から遠く離れた地上で目を拭う。


 金髪から赤みがかった黄昏色の光を放ち、眩いばかりの笑顔を輝かせた。


 


 剣の花 終

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