プロローグ
それは、桜が舞い散る季節。別れと旅立ちの日の事だった。
卒業証書を持った彼女が、美しい真っ白な髪を靡かせて振り返る。
――星が、瞬いた。そう思わせたのは、見上げたステージの上にあったもの。
夜空の一等星のように明確で、強い存在感を放っていた少女が浮かべた笑みだった。
その顔は、自身を見守っている周囲の全員を均すように見渡して。
「――――――」
最期に。何かを悟った彼女は、一欠片の悲しみを表情に滲ませて、手を伸ばす。
その別れを惜しむかのような動きは、間違いなく、オレに向けられていた。
「――アナタはきっと、輝ける」
透き通る声が、真っ直ぐにオレの身体を貫く。
希望を抱かせるその言葉に、オレが目を見開いた時――唐突に、彼女の身体が傾いた。
まるで背中から水面に飛び込むように、身体を固い床板に打ち付ける。
卒業式。それは元々、悲しみと喜びが入り混ざる日ではあった。
それでも、未来への期待が膨らんでいたその場所に、混乱とどよめきが湧き上がる。
――誰かの悲鳴が聞こえた。
それが皮切りとなって、目の前に描き出された光景が、異常として認識されたのだ。
オレは、ステージの上をただ見ている事しか出来なかった。
教職員が血相を変えて、倒れ込んだ彼女に駆け寄る。呼び掛けても、返事はない。肩を揺すっても、目覚める事はない――空に輝く星のような彼女はもう、そこに居なかった。
空から零れ落ちた星が、地上で転がる。輝きを失って、色褪せた石がただ佇むだけ。
そうして、大切なものを失った。楽しかった思い出も、続いて欲しいと願った未来も。
『教えてあげるわ。この世界の持つ輝きを』
そう笑った彼女が、オレにくれたもの――『最も価値がある』と思ったもの全てを、いっぺんに失ったのだった。