episode 5 呪術師
「ここに居たんですね、会長・・・それと、OBの先輩?」
少し困ったような優しげな笑みを浮かべ、加賀くんは階段の下からこちらを見上げていた。
彼と別れてから随分と時間が経つ。普通なら、心配を掛けたんだろうと思うが、彼の右手に光る手斧が、その言葉を遮る。
「・・・加賀、くん。どうして君がここに・・・」
「ふふ、何故って・・・罠に掛かった蝶を捕まえに来ただけですよ?」
一歩、一歩こちらへ近づいてくる加賀くんに、一歩ずつ俺は後ろへ下がるが、松原くんはそんな俺の前へと出てきた。
「・・・副会長。」
松原くんは俺に背を向けている為、表情は分からないが、少し落胆したような、悲しそうな声で加賀を呼ぶ。
「会長は、気付いてたんですよねぇ?俺が桜子に付きまとっていた事。なのになぁんにも言わないからてっきり公認かと思ったのに・・・俺の邪魔します?」
松原くんは、桜子ちゃんに付きまとっていた犯人を、知っていたのか?
なら、彼も共犯・・・?いや、この状況下でそれはないだろう。
「君は、君の目的はなんだ?何故こんな・・・」
「目的?そんな事聞いてどうするんですか?あっ、大丈夫。貴方と桜子はすぐに殺したりしませんよ。会長と、あと1人はこの場ですぐな死んでもらうけど」
加賀は松原くんにまた一歩近づき、手斧の刃が届く間合いにまで来ていたが、松原くんはその場から動かない。
「松原くん!!!」
彼の肩を揺すり、その場から離れさせようとしたが、彼は加賀の顔を真っ直ぐに見つめたまま動こうとしなかった。
「くそっ」
一か八か、手斧が振り下ろされる前に、奴をノックアウトさせるしかない。さっきの加賀の言葉に嘘がなければ、俺をここで殺すつもりは無いのだろう。何故か知らないが。
そう思い、松原くんの首根っこを掴み無理矢理後ろへ下がらせる。
「とりあえず、1人」
笑顔を貼り付けたまま、加賀は斧を振り下ろす。
「さふぁりーきーく!ふらぁいバージョン」
頭上からサファリーさんの声が聞こえたかと思うと、そのまま綺麗な飛び蹴りのフォームで加賀に向かって飛んで?降りて?来た。
一瞬驚いた表情を浮かべる加賀だが、すぐに斧でその蹴りを防いだようだ。
だが、サファリーさんの蹴りを受け止めきれなかったのだろう。
加賀が、1階の玄関まで飛ばされた瞬間無数の青白い手が加賀に向かって伸びてきたかと思えば、奴を庇うかのように手はクッションの役割を果たしていた。
「お二人とも無事ですか!?」
2階から桜子ちゃんも駆けつけ、俺たち2人の姿を見て安堵した様子だったが、次に視界に捉えた加賀を見て、眉をひそめる。
「加賀くん・・・貴方は・・・」
「あぁ、驚いた。乱暴だなぁ・・・。あっ、やぁ山田さん。首尾はどうかな??」
加賀は笑顔のまま首を鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がる。くそっ、サファリーさんの馬鹿力を喰らってもあの程度なのかよ。
「4対1だってのに、随分余裕なんだな。」
「ん〜、まぁ人数的にはこちらの分が悪いですけど・・・会長はすぐに手を出して来ないだろうし、桜子も刀を持っていなければ、あしらえる自信があるし、事実2対1、かな?」
それに、と付け加えた後、加賀の背後には無数の白い手がうようよと宙を漂う。
その手達は加賀を襲う様子を見せない。ただ、その場にいるだけの様にも見えた。
「1人でも捕まえて、あの手まで放り込めば、人数は自ずと減るよね?」
最初に出会った時に感じた気弱な少年、という印象は何処へやら。
狂気染みた笑顔は不気味で、そして重い。
どうして彼がこんな事をしているのか、何が目的なのか分からないが・・・
「地の利があっちにある以上、迂闊に行動出来ない」
あの手に捕まると、とりあえずまずいことになるのは明白だ。今はこちらを襲ってくる気配はないが、それもどうなるか分からない。
「桜子ちゃん、盛り塩は?」
「・・・2、3個は見つけましたが、後は、まだ。」
「あぁ、盛り塩に気がついてたんだ。流石桜子。いいなぁ、俺も桜子の浄霊の力欲しいなぁ。だから早く結婚して子供作ろう?」
小声で話したつもりだが、加賀との距離は僅かだ。彼にも聞こえたのだろう。嬉しそうに、気色の悪い事を言い放つ。
「加賀くん、貴方は一体どうしてこんな・・・いいえ。加賀くん、貴方は一体何者ですか。ここまで大規模な結界を張れる人なんて、普通の人間には不可能です。」
「普通の人間って、桜子は冷たいなぁ。俺は君と一緒だよ?君と一緒で特殊な、選ばれた人間だよ。こいつらとは違う。」
恍惚とした表情で、手まねきに視線を向け、右手に持っている斧を遊ばせながら、楽しそうに加賀は言う。
視線はこちらに向いているはずなのに、何故だろう。どこか遠くの方を見ている様な、そんな気がしてならない。
「俺の家は先祖代々呪術を扱っていてね。人を呪い殺したり、霊魂を捕縛したり、まぁそんな事を生業にしていたんだ。だから、桜子。
君と婚姻を結び、子供が出来たらもっともっと色んなことができると思うんだ!!それこそ人の意思なんて思うがまま!!気に入らない奴がいたら呪い殺してしまえばいい!ムカつく奴がいれば延々と苦しめてしまえばいい!!俺たちには、それができるんだよ??」
高らかに、叫びながら天を仰ぐ加賀を見て狂っている、と俺は感じた。
こいつは、何を言ってるんだ?
「さぁ、桜子。俺と一緒に行こう?あぁ、大丈夫。君のだぁいすきなお兄さんも、そこにいるOBの先輩を餌にして呼んであげ「話が長いー」
桜子ちゃんの方へ近づいてきていた加賀を目掛けて、再びサファリーさんの蹴りが炸裂した。既に眼中になかったのか、今回は綺麗に背中へ決まった。
「いっ、てて・・・あぁ、忘れてた。めんどくさいなぁ。邪魔しないでよ、本当に・・・。まぁいっか、盛り塩は大量に隠してあるから、結界を破るなんて不可能だろうし。先に、こいつから始末しよう。」
加賀の持つ斧が、サファリーさんを捉え、振りかざされるが、それをヒラリと避け攻撃に転じる。
しかし、奴の身体能力も高いのだろう。ニヤリと笑みを浮かべたまま、サファリーさんの蹴りを軽く避ける。
真正面から攻撃を当てるのは難しいかもしれない。
隙を見て加賀を捕縛できれば・・・
「書記、その人と一緒に盛り塩を探してきて。今ここで全員固まっているより、少しでも打開策があった方がいい。とりあえずは、あの人がどうにかしてくれるはずだ」
どうすればいいか、そう思考している時今まで黙っていた松原くんは俺たちの方を向き、そう言い出す。
せめて俺も参戦すべきでは?そう思ったが松原くんの案に一理ある。
サファリーさんが加賀を引きつけてくれてる今、俺たちがどうにかしなければ。
「・・・行こう桜子ちゃん!!」
「っ、えぇ!!」
桜子ちゃんの手を掴み、俺たちは2階へ階段を駆け上がり始める。
「あっ、ちょっと待ってよ桜子」
加賀はそんな俺たちに気がついたのか、サファリーさんを押しのけ階段を上ってこようとするが、それを松原くんが立ち塞ぐ。
「会長、あんたに俺は止められないよ。いや、止めれないでしょ?」
「・・・俺は・・・」
「早くどけよ」
加賀はしびれを切らしたのか、松原くんを突き落とす。今までニヤついていた表情から一変して、暗い、能面のような顔を見せた。
落ちて行く松原くんを、加賀はその場から動かず、ただじっと見つめているだけだった。
突き落とされた下には、サファリーさんがいた。無事に受け止められた松原くんは、そんなに段数も多くなかった事から、怪我もなさそうだ。
今の加賀の態度は気になるところだが、今は2階へ急ごう。
「桜子ちゃん、盛り塩を崩す以外に打開策は思いつかない??ほら、例えばあの白い手を浄霊してしまう、とか」
「浄霊するにしても、私の場合は刀・・・媒体となる物が必要なんです。御伽噺のように祈って浄霊する、なんて事は出来ないので」
もう、加賀をどうこうしてしまうのが1番早いんじゃないか?
あの手まねきを避けつつ、加賀を捕らえ、この結界を解除してもらう。もしくは、塩の場所を教えてもらうのが1番現実的な気がする。
「そうだ、海さん。兄様の名刺か何か持っていませんか!?なんでもいいです!兄様本人が名前を書かれた物なら!」
「はっ????」
名刺?虎之助の??あんな悪趣味な名刺持ち歩く趣味はない。
「いや、ないよそんな気色悪・・・持ってないなぁ。」
あぶない。本音をそのまま桜子ちゃんに言ってしまえば、第2のバトルがここで繰り広げられるところだった。
「兄様の名前が書かれた物があれば、多少なり手まねきの動きを封じる事が出来るのですが・・・」
「桜子ちゃんの名前じゃダメなのか?」
「私は、私では、ダメです。意味がないから」
難しい顔をして俯く桜子ちゃんに、これ以上何も言えなかった。
理由は、分からないが虎之助の名前が必要なようだ。あいつをここに呼び出すか?
いや、加賀は俺をダシにして虎之助を呼び出すとか言っていた。
わざわざ火の中に飛び込ませるべきではないだろう。
「あっ」
そうだ、ここ、旧校舎だ。俺たちは高校2年生の冬、この場所で過ごしていた。
「桜子ちゃん!!あるかもしれない!虎丸の名前が書かれたやつ!!」
「本当ですか?!海さん!!」
高校3年に上がる前、今の校舎へ移った。それからはずっと物置になっていた・・・変に片付けとかされていないなら、まだ、あれがあるはずだ。
やっと怪我が完全に治りました!!




