episode 5 相談
静かで、快適な日々が続くこの瞬間に感謝しなくてはいけない。
勉強が出来るこの瞬間を深く嚙みしめよう。
この狭いワンルームに1つしかない机に向かって、勉学に励む。
ここ最近、腐れ縁の山田虎之助は仕事に缶詰状態らしく、たまにメールが来る程度で、自宅襲撃をされない。
まさに天国だ!!
トンネルで起こった出来事は、怪我の功名とも言える。右腕の火傷も今では目立たない位だし、色々大変ではあったが、まぁよしとしよう。今が素晴らしい、生きてるって素晴らしい!!
って、こんな事を思うのは何度目なんだろうか?
今まで生きてきた20年間で、こんなに非現実的な事に遭遇するなんて。
しかも、ここ何ヶ月の間で複数回も。
そう言えば、ばぁちゃん宅近くの山で遭遇した霊の髙塔さんが別れ際に
『ここ最近隠世と現世の並行が崩れてきている。何かの前兆でなければ良いのだが・・・3人とも、気をつけてくれ。』
と言っていた。ここまで色々と非現実的な事に巻き込まれてきたら、段々と他人事でも無くなってきた。
隠世と現世の並行が崩れたら、どうなるのか。
・・・いや、漫画やゲームの影響を受けすぎか。
それに、例え大変な事なるとしても俺にはどうする事も出来ないだろう。
なら、事の成り行きに身を任せ1日でも早く医者になれるよう努力を・・・
「海さん、難しい顔をしていますね。眉間に皺が寄っていますよ?少しガラが悪く見えます」
努力を・・・うん?
一人暮らしをしている俺の部屋から、女性の声が聞こえる。しかも、真隣から。
「・・・家、鍵、掛けてたよね?」
「ですから、前にも言ったじゃないですか。ここの部屋の鍵緩いから変えたら?って」
ゆっくりと隣へ顔を向けると、想像通りの人物・・・黒い、綺麗なストレートの髪を1つに結びパッチリと涼しげな目元の制服を着た美少女。
山田桜子ちゃんがいた。
「桜子ちゃん・・・ひ、久しぶり」
「お久しぶり?ですかね?この間会った気もしますが。」
う〜ん、唸りながら考える仕草をして見せているが、おそらく考えているフリをしているだけだろう。
桜子ちゃんはぐるりと部屋を見て回った後、ベッドの上へと腰をかける。
昔馴染みとは言えど、男の部屋に入り込み、ベッドに腰掛けるのは如何なものか。
いや、俺だから大丈夫だろうけど、他の男の家でも同じ事をしていたらそれは危ないのでは?
これは、注意すべきか??
「あの、桜子ちゃんむやみやたらに男のベッドに・・・」
「兄様、最近忙しそうですが、海さんはどうですか?」
想像もしていなかった問いに一瞬、呆気に取られてしまった。
桜子ちゃんが虎之助の心配やら行動を知りたがるのは毎度の事だが、そこにプラス俺まで入るとは思いもしなかった。
「いや、うん。まぁ俺はぼちぼち・・・勉強と、ちょくちょく単発でバイトしているぐらいかな?」
「そうですか。お忙しそうですね。」
どこか上の空で答える桜子ちゃん。少々、様子がおかしい。
表面上はいつも通りにのようだが、少し、落ち着きがないようにも見える。
俺に、話でもあるのだろうか?
「桜子ちゃん、俺に何か用でもあった?」
「いえ、時間が空いたのでピッギングの腕を試しに来ただけです。」
桜子ちゃんに視線を合わせるように、ベッド付近で足を折る。
嘘をついているぐらい、容易に想像ができた。ピッギングの腕を試すのに、1度成功させた家で試す必要はないだろうに。
「で、本当は?」
俺の視線から逃れるように、桜子ちゃんは天井を見つめたり、ベッドに目を向けたりしている。
やがて観念したのか、大きく息を吐きぼそりと言葉を紡ぐ。
「その、最近学校でよく物が無くなるんです。最初は気のせいかと思いましたが、体操着を盗まれて、流石に気のせいではない、と。下駄箱のロッカーには奇妙な手紙が毎日のように届いたり・・・」
「・・・家族の人や学校の先生には?」
「言えません。言えるわけ、ないじゃない。先生に言ったら家族に伝わるかも知れないし、家族には、家族には絶対に知られたくない!!です」
困惑したような、怯えたような表情を見せる桜子ちゃん。
家族には、知られたくない。とまた小さく呟く。この子は、昔からこんな感じだった。
恋愛関連の事となると、家族にはひた隠しをする。そして、何故か相談相手には俺が選ばれるのだ。
「幸いにも、家の方まで付けられたりしていないので、バレてませんし。この事を知っているのも、海さんと・・・あともう1人。」
もう1人?桜子ちゃんがこう言った事を他の人に話すなんて珍しいな。まぁ、何にせよそれ程心を許せる友人ができたのはいい事だ。
「にしても、そこまで大胆に学校内で行動を起こしている人物なら、簡単に特定出来そうだけど・・・特に、桜子ちゃんなら」
「私も、気がついてからはすぐに行動に移しました。でも、未だに犯人が分からないんです。盗まれないように注意したり、あえて罠を仕掛けたりしてみたんですが・・・」
見つからない、と言う訳か。
何にせよ、話を聞いた以上このまま事態を放置したくはないな。
桜子ちゃんは一応、妹のような存在だし。
また勉強できなくなりそうだが・・・今はそれどころじゃないか。
気落ちしている桜子ちゃんの肩を軽く叩き、お茶を入れる為に台所へと向かうのだった。




