episode 4 一緒にいこうか
「じい・・・ちゃん?」
虎之助の傍に立ち、ぼんやりと色素の薄い、でも見間違えるはずのない、自分にとって大切な祖父が、いた。
『海、元気そうでじいちゃん嬉しかね』
右手を上げ、生前と変わらない優しげな笑みだ。今まで張っていた緊張感が一気に解れ、その場に座り込んでしまう。
「海くん、白咲さん!!大丈夫でしたか!!?」
「そうだ!白咲さん!!」
泉田洋一に吹き飛ばされた白咲さんの方へ顔を向ける。
椎名さんがすぐに駆け寄ってくれていたみたいだが、無事だろうか?
「った・・・はは、大丈夫だよ虎。ちょっと背中を打ち付けただけさ。すみません、春乃さん、女性の肩を借りてしまって」
「そんなの気にしないで。白咲くんのお陰でこっちは無傷で済んでるんだから。」
椎名さんが肩を貸し、白咲さんはゆっくりと立ち上がる。
高そうなスーツは砂埃でボロボロだ。
「・・・泉田洋一の動きは止まったようですね。」
虎之助に同じく水を引っ掛けられていた泉田洋一は自分の両手を見つめていた。
先程までと様子は違い、焼けただれていた皮膚は徐々に再生しているようだ。
再び襲ってくる気配は、今のところ見受けられない。
あれだけ 燃え広がっていた炎は無事に沈静化されていた
「虎丸、お前俺たちに何を掛けたんだ?」
「えっ、何って・・・水だよ?近くのダムで汲んできた水。大将が
『頭に血が上っとったら話もできんやろうから、水でも引っ掛けて頭を冷やしてやったらえぇ』って言うから掛けてみました」
胸を張り、右手でポーズを決める虎之助。
少し呆れを覚えたが、すぐに虎之助が言っていた大将・・・じいちゃんへと問いかける。
「じいちゃん、なんで、ここに?どうやって??」
『じいちゃん、死んでから心残りやった女湯を覗きに行った後、その辺ぶらぶらしとっとったらせからしか声ば聞こえてきたけん、何事かと思ったら、虎之助くんが必死にぶつぶつ言いよったけん驚いたばい。』
なはははと笑うじいちゃんに、相変わらずだな、と思う。
豪快で、いつも周りを笑わせていたじいちゃん。最後の遺言書だって
『火葬する時は、ばぁさんのパンツと一緒に燃やしてくれ』
なんて書いてあったから、悲しみどころではなくなった。
なんちゅうもんを書き残してるんだと思ったが、まぁじいちゃんらしかった。
「君たち、感動の再会は後にしたどうです?今は・・・泉田洋一に集中した方がいい。」
少し和やかになっていた空気を再び引き締める。
そうだ、まだ何も終わっていない。
泉田洋一は両手で頭を抱え、ぶつぶつと何かを呟いていた。
『・・・だったんだ・・・あの日・・・だから・・・』
「泉田くん泉田くん、君はどうしてこんな事してるのかね??」
そんな泉田洋一に虎之助は近づき問いかける。泉田洋一は抱え込んでいた頭をゆっくり上げ、虎之助を見、そして俺たちの方へぐるりと視線を回す。
『・・・あの日、俺がここで死んだ日、高校の合格発表で・・・中学の担任から俺が首席で合格した事を知ったんだ・・・
最近、父さんも母さんも暗い顔をして慌ただしそうだったから、首席で合格した事を知ったら喜んでくれるって、そう思った。
急いで家に帰って報告しようと思ったら、両親が外で食事をしようって言ってくれて、その時に驚かしてやろうって・・・
なのに、どうして・・・ただ、ただ俺は2人に喜んでもらいたくて、ただ、ただ俺は・・・』
「首席って、すっごいね!!」
涙を瞳に浮かべ、苦痛の表情を浮かべる泉田洋一に虎之助は声を上げる。
「首席っ、いいなぁ!カッコいい!!泉田くんすげぇ!!」
目を輝かせながらすごいを連呼する虎之助に、泉田洋一はポカンとした表情へと変わる。
海くんもすごいと思わない!?といまだに騒ぎ立てる虎之助の首根っこをとりあえず掴んでおく。
「ぐえっ」
「お前は一旦黙れ」
「でも、首席って凄いね。俺テストとか赤点以外取ったことないよ。」
「白咲くん、君は脳味噌をどちらに落として生まれてきたんですか?」
「光太郎!!だからそんな事ばかり言ってるから・・・」
騒々しくなる俺たちに泉田洋一は大きな声で笑った。
お腹を抱え、泣きながら笑っていた。
『ふ、ふふふ。楽しいなぁ、こんなに気持ちが軽くなったのは本当、久々だよ・・・ふ、ふふふ。
ありがとう、俺、褒めてもらいたかったんだと思う。高校に受かった事を、首席になれた事を。』
『首席になれたのは、君の努力した結果やけん、これからもずっと胸を張ったらえぇ。』
じいちゃんは泉田洋一の頭を軽く撫でる。
彼はは照れ臭そうにはにかみながら、それを受け入れていた。
『さて・・・そろそろあの世へ行こうかねぇ。この老いぼれとで良ければ、一緒に逝かんかね。道中に若者の話でも聞きたか』
『・・・一緒に、逝ってもいいのかな?』
『一緒に逝こう』
じいちゃんが差し出した手に、そっと泉田洋一は自分の手を添える。
その途端、2人の体は徐々に薄くなっていくのが分かった。
『じゃあ、海。ばぁさんに一足先に満月亭で待っとるけん、ゆっくり来んさい。と伝えといてくれんかね。』
「了解。じいちゃん向こうでも元気で」
「大将!泉田くん元気で!!」
『あなた方には本当にご迷惑をお掛けしました。そして、ありがとうございました。』
深々と頭を下げ、2人は笑顔で消えていった。
じいちゃんとは少しの時間しか話す事が出来なかったが・・・少しでも話せた事が奇跡だろう。
2人が消えた後、全員で近くの入り口へと出る。
ここに最初来た時から数時間程度しか経っていないにも関わらず、随分と長い間トンネルの中にいた気がする。
すでに朝日は登り、光が辺りに反射しとても気持ちのいい空気が流れていた。
そう、もう、朝だ。
右腕を確認してみると、多少の赤みや痛みはあるが、軽度の火傷レベルになっている。
もう・・・大丈夫だろう。そんな気がする。
「ちょっ、あの、僕向こうで異常とかないか見てきますね!」
すっと虎之助が指差した方向は、ここへ来た当初から何度か行っている場所。
・・・トイレか。
「あぁ、行っておいで虎。」
流石に椎名さんがいる手前、トイレに行くと大々的に言えないのだろう。
白咲さんに見送られながら、虎之助は藪の方へと消えていく。
「なんです、あれ。」
訝しげに虎之助の方へ視線を送る中原さん。
「いや、トイレみたいです。ここへ来たからずっと行ってるんですよ、あいつ。」
「ずっと?」
あいつのトイレ事情に興味のない俺は適当に頷き、トイレマンの帰りを待つ。早く、家に帰りたい。
「ただいま〜」
「山田兄、僕も少し御手洗いに行きたいのですが、君のオススメポイントはどちらです?」
「えっ、なんでトイレってバレて・・・あっちです。」
なんとも言い難い表情になる虎之助。
不細工だ。
それに連動するように、何処からかジャジャジャジャーン!!!と有名な曲が聞こえてくる。
「あっ、すまない。俺だ・・・諏訪さんからだ・・・」
白咲さんは胸ポケットから携帯を取り出し、引きつった笑顔で、電話に出た。
そうか、もう電話も繋がるのか・・・
「・・・はい、今日は絶対。えぇ、虎と一緒に・・・はい、極力早く行きます。」
電話を胸ポケットに直し
「ごめん、海くん。色々と思う所はあるだろうけど、すぐに戻らないと・・・ちょっと、上司が・・・虎、しばらくは自由が効かなくなる覚悟を決めておけよ。」
「中原さん達はどうしますか?」
「僕たちは乗ってきた車が在りますし、ゆっくり帰りますよ。」
「今日はありがとうみんな。気をつけて帰ってね!」
白咲さんと虎之助は、椎名さんと中原さんに会釈した後、背中を丸めながらトンネル内にある白咲カーを目指して歩き出す。
そんな2人にどんまい、としか言葉を投げかけられない。
虎之助が仕事に拘束されるなら、しばらくは平和な日常が戻りそうだ。
なんて、自分にフラグを立たせながら白咲さんの車へと乗り込んだ。
「白咲さん、この車・・・」
「流石に廃車・・・かもね。」
車体はスレ、凹み、1部掛けた場所のあるファミリーカーは残念な運命を辿りそうだ。




