episode 4 ほんとうにすべき事
「一緒にあの世へ逝ってくれる人を、探してる?」
その答えが、自分の中で1番しっくりと当てはまった。
そう言えば、出会った当初から一緒に、と何度か呟いていた気もする。
「一緒にあの世へって・・・」
椎名さんは手に持っていた扇子を強く握りしめながら、泉田洋一を軽く睨みつける。
「残念だけど、それはさせないよ。君の過去には同情するが、それを他人にぶつけてはいけない。」
白咲さんはスパナを握りしめ、泉田洋一へと駆け出す。
炎上する車を背景に、泉田洋一はゆらゆらと、焼けただれる皮膚にも気にした様子は無く俺だけを見ていた。
「私もっ!」
椎名さんも白咲さんに続き、泉田洋一へと駆け出して行く。
その小柄な体には不釣り合いな程大きな扇子を振りかざし、泉田洋一に振り下ろす。
ドスンと、鈍い音が聞こえてきたが泉田洋一は怯む様子は無く、殴り掛かってきた椎名さんへと視線を移す。
「余所見をしている余裕なんてないだろう?」
春乃さんが魅力的な女性なのは分かるが、と白咲さんも持っていたスパナで泉田洋一の体制を崩しにかかるが、泉田洋一を守るようにして突如現れた火が彼の周りを囲う。
『・・・ナンデ・・・一緒にイコウ、イコウッッッッッッッ!!!!!!』
泉田洋一の叫びに応じて、火はどんどんと強くなる。
白咲さん、椎名さんは彼から距離を取りようすを伺っているようだ。
俺も、俺も早く行かないと。
「いたっ、」
一歩駆け出そうとするが、火傷を負った右腕が痛みだす。
「っ、うそ、だろ?」
右腕を見ると、先程までとは違い火傷跡が侵食しているのが分かった。
黒い、黒い跡が徐々に体全体を這ってきている。そんな感覚に襲われ一歩、また一歩泉田洋一から離れるように後ずさる。
俺は死ぬかもしれない。
そう思うと急に怖くて、怖くて怖くて堪らない。
いや、大丈夫。大丈夫なんだ。あいつを成仏させればいい。そう、その為に全員でここまで来て・・・
「怖いですか?」
立ち竦む俺の後ろから、中原さんの声が聞こえてきた。
ハッとしたように振り返り、姿を視覚に捉える。
「・・・中原さん。」
中原さんは、虎之助と一緒に俺たちより後方にいたはずだ。
虎之助の方を見ると、目を瞑り、後ろの方で両手を組みながら
「なぁ〜みゃ〜ほう〜」
と、恐らく、多分念仏のようなものを唱えているのが聞こえてくる。
霊的な現象に詳しくない俺でも100%効果がない事だけはわかる。
「あぁ、山田兄には念仏でも唱えていたら打開策が思い付くんじゃないですか?とでも適当に言っておきました。」
じゃないと君たちの方へ行きそうだったので、となにを考えているのか分からない笑みを浮かべていた。
「で、上条くん。君は、怖いんですか?」
ニヤニヤ、と何処か不気味な笑みを崩す事なく俺を見上げてくる視線に耐えられず、俺は中原さんから顔を逸らす。
変に反論する態勢も、気力も今はない。
「・・・ええ、怖い、です。死ぬかもしれないって実感すると、怖くて、足が竦んでしまう。」
「普通の人間なら、それが正常ですよ。人は自分が想像できない、自分と同じ形状では無いもの、事を拒みますからね。怖いなら、君は念仏をアホみたいに唱えている山田兄の方へ行っていればいい。今の君は足手まといにしかならない。」
「・・・中原さんは・・・、中原さんは怖くないんですか?その、怨霊とか。死ぬかも知れないのに」
俺の質問に中原さんは少し目を伏せ、やがて炎の中佇む泉田洋一へと顔を向ける。
その表情は悲しそうな、でも何か決意したような、そんな表情だった。
「さぁ、どうでしょうか。昔は怖かったのかもしれません。ですが、今はなんとも。
正直、素直に憎悪をぶつけてくる怨霊の方がまだ可愛いでしょうね。」
そんな中原さんを見て、俺は何も言えず右腕の火傷跡を見る。
素直に憎悪をぶつけられた結果、死にかけている。
俺を助ける為、泉田洋一を成仏させようと、白咲さん、椎名さんは彼の注意を引きつけてくれて、虎之助が浄霊を試みてくれている。
俺を助ける為。
じゃあ、泉田洋一を助けるには?
彼は苦しんで、悲しんだ結果、人を呪う事しか出来ず、憎悪をぶつける事しかできない。
それは・・・
「なんか、違うよな。」
俺だけ助かっても、意味がない。多分、その考えが最初にある時点で浄霊なんかできない気がする。
「虎之助っ!!」
「うおっ、えっ、海くん!何!?」
「お前、泉田洋一を救う事だけを考え、彼の境遇を考え、彼の1番の心残りを取り除いてやってくれ。きっと、それが出来るのはお前しかいないんだ。」
トンネル内に響くほど大きな声で叫ぶ。
虎之助は驚いた様子だったが、コクリと頷き、念仏を唱えるのをやめ、泉田洋一へと顔を上げた。
「白咲さん、椎名さん!2人は彼を極力攻撃しないようにしてください!できるだけ、刺激しないで!!」
「あぁ、分かった!!」
「了解しました!!」
その場で1回屈伸をしてみる。
よし、足は、もう動く。
最後に1度火傷へと目を向け、大きく肩から腕を回す。
「さて、行きますか。」
憎悪に苛まれている、泉田洋一を救いに。




