episode 4 一緒にいこう
「にしても、泉田洋一の心残りってなんなんだろう?」
トンネルを進んでいく途中、虎之助がポツリと呟く。
一人言、にしては大きく、誰かに聞いてもらいたい、そんな雰囲気でもなかった。ただ、思った事がそのまま口から漏れ出したのだろう。
「知りませんよ。泉田洋一と対峙し、正気を取り戻させる事に成功すれば、ある程度分かるかも知れませんが。もし彼の心残りが両親への復讐とかだったら詰みですね。」
両親はもうこの世に居ませんし、とめんどくさそうに中原さんは肩をすくめながら答える。
「正気を取り戻すって言っても・・・桜子はどうやったんだろう?」
「君は知らないんですか?山田妹は持っていたかた「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
中原さんが地雷を踏み抜いて来たので、思わず大声を上げ、言葉を遮る。
まずいっ!その事を虎之助に言うのは非常にまずい!!
今ここで泉田洋一を成仏させ生き残ったとしても、桜子ちゃんによって俺も、中原さんもこの世から消滅させられてしまう!!
「なんですか上条くん、大声出して・・・泉田洋一に見つかりますよ?」
「中原さん、あの、ちょっと」
迷惑そうに顔をしかめる中原さんの肩を掴み、有無を言わさず虎之助の耳に入らない距離まで離れる。
「で、なんですか」
「桜子ちゃんの、その・・・2面性と言うか、刀振り回してる事とか、虎之助に言わない方がいいですよ。桜子ちゃん自身も隠しているみたいですし。」
「そんなもの、僕は知りません。彼女が隠していようが隠していまいが、どうして僕が気を使わなければならないんです?」
「昔・・・桜子ちゃんに言われたんですよ・・・」
『ふふ、海さん。暗闇の中、背後から不意に刀で斬られたら、どうします?人って、想定していない事には体がついていかないらしいですよ?
もし不用意に私の事を兄様にバラしたり、故意でないにしろバレるような事になったら・・・ね。大変ですよね、お互いに』
「と、言われました。」
俺の話に、中原さんは額を手で覆い隠し、顔は青ざめていた。
中原さんは桜子ちゃんが躊躇なく、はづきさんに攻撃を仕掛けていた姿を目撃している。
生きた人間ですら、迷いはないだろう。そう考えに至ったのではないだろうか。
中原さんは踵を返して虎之助の方へ行くと
「山田妹がどうやってはづきさんを正気に戻したのか・・・ちょっと、分かりかねます。」
そう伝えた後、先を歩く春乃さんの隣に並ぶ。
逃げたな。いや、それが正解か。どの道桜子ちゃんと同じ方法は使えないし、無闇に命を危険に晒す必要はない。
「あっ、光太郎。私の扇子を虎之助くんに貸したらどうかな?虎之助くんがこれで泉田洋一と対峙したら正気戻さない?」
「春乃が言ってるのは、ご懐妊された人に商売繁盛のお守りを渡すのと一緒ですよ。その扇子には、除霊を目的とした御札を貼り付けて作られています。
彼らの目的が浄霊なので、意味はないでしょう。」
「じゃあ、私はあまり攻撃しない方がいいかな?」
「君は自衛に徹していればいい。1、2度殴ったところで除霊する事はできませんからね。ましてや、あれ程までに憎悪の深い霊は一筋縄にはいきませんよ。除霊も、浄霊も」
2人の会話を耳に挟みながら、ひたすらに歩く。
先程泉田洋一と遭遇した地点を通り過ぎ、俺たちが最初に入ってきた入口付近に、彼はいた。
正確には車。
俺がこの火傷を負う原因となった車がそこにポツリと置かれていたのだ。周りの空気がピリッとしたものに変わるのを感じた。
「虎丸、これ持ってて」
虎之助が白咲さんの車内から持ってきてくれた俺のカバンを預ける。
何があるか分からない以上、身は軽くしておきたい。
じいちゃんの位牌もあるし。
「了解、おっけぃ」
バッグはショルダータイプだったので、虎之助はそれを肩に掛ける。
椎名さん、白咲さん、中原さんに目配せをし泉田洋一がいるであろうと思われる車へとゆっくり近づく。
後ろの席を確認してみると、顔を伏せた少年、泉田洋一が目に入る。
窓を軽くノックしてみるが、反応はない。
ただ、窓ぐらいまで近づいた為、泉田洋一がブツブツと何かを呟いているのが聞こえた。
『・・・したのに・・・なんで・・・褒めてよ・・・一緒・・・・は寂しいのに・・だから
俺と早く一緒に逝こうよ』
俯いていた顔を上げ、こちらに向けてきたその顔は、皮膚はドロドロと溶け出した。
最初から警戒をしていた為、すぐに車から離れる。
「海くん!!」
「上条くん!!」
車が再び炎上し始めたのに気がついた白咲さんと椎名さんがこちらへと駆け寄る。
「白咲さん、椎名さん・・・あいつ、一緒に逝こうって・・・寂しいって・・・」
「寂しい?」
「・・・まさか、泉田洋一の心残りって・・・」
一緒にあの世へ逝ってくれる人を・・・探しているのか?




