episode 1 蜘蛛女
ガサガサ、と不気味な音がする方へ視線を向ける。
きっと、猪か何かだろう。そう、思っているのに頭の中では強い警告音が鳴り響く。
逃げなければ、今、すぐにでも!!
「とら・・・」
俺の近くで同じように、音の方へ視線を向ける虎之助に声をかけ終わる前に、それは姿を現わす。
大柄と言われる俺の身長より遥かに大きい、美しい女性の姿。
けれど、それは人間ではないと強く確信する。
何故なら、その女性の下半身は蜘蛛、そのものだったのだ。
女は俺たちを見渡し、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、鋭く尖った大きな脚を、振り下ろす。
「海くん右に飛んで!!」
虎之助の声にハッとし、指示通り右に飛ぶ。
さっきまで俺がいた位置に、地面を抉り蜘蛛の脚が食い込んでいた。
「っ、逃げるぞ虎之助!!」
俺が叫んだ時には、すでに逃走を図っていた虎之助の後ろを追う。
あの野郎、と思う反面足の遅い虎之助の事を考え少しだけ安堵する。
すぐに、追いつけるし。
「う、う、海くん!!あれなんだろう!?蜘蛛の親戚かな!?」
「蜘蛛の親戚かもな。すっごい好戦的な!!」
先ほどと同じ様に、虎之助に合わせながら走る。チラリと後ろを見るとあの蜘蛛の様な女はニタニタと笑みを貼り付けたまま、じわじわと俺たちに迫ってくる。
このままだと、追いつかれる。俺は全力で走れば逃げ切る、とまではいかなくとも多少なりあいつを引き離せるだろう。
けど、足の遅い虎之助だと捕まるまで時間の問題だ。
くそっ、一か八か・・・
俺は足を止め、蜘蛛女に見合う。
「海くん!?ちょっ、早く逃げないと・・・」
「いいからお前はそのまま走れ!すぐに追いつくから!」
一瞬立ち止まるが、すぐに頷き再び走り出す。そんな虎之助の姿を見た後に俺は拳を構えた。
物理が効くか分からないが、数分、こいつを足止めできればそれでいい。
蜘蛛女は俺をターゲットに選んだのか、再び大きな脚を振り下ろした。
ギリギリまで引き寄せ、体を捻りかわす。
脚は、毒がある可能性もある。ならば狙う場所は1つ!!
今持てる限りの力を拳に込めて、蜘蛛女の胴体に打ち込む。
思ったより柔らかく、いい感じにめり込んだ。
その瞬間、蜘蛛女は地を這う様な金切り声を上げ、狂ったように暴れ出すので、すぐにその場を離れ虎之助の後を追う様に走り出す。
これ以上の深入りはしない方がいい。そもそも、あいつは一体なんだ?人間ではない何か、それだけははっきりと分かる。
「くそっ、こんなの聞いてないぞ。」
とにかく今は走らなければ。それしか、生き残る方法はないのだから。
幾分か走ったが、追ってくる気配はない。
どうやらあいつを撒くことに成功したようだ。
後は、逸れてしまったバカを探さなければ。