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episode 2 守りたいもの


中原さんが開けてくれた箱をそっと開く。


「・・・ノート?」


箱の中にはノートが2冊入っていた。

1冊目は、よくあるA5サイズのノート。

もう1冊はそれよりも小さい、ノートと言うよりは手帳サイズの物が1冊。

こちらは綺麗な和柄のブックカバーがしてある。


桜子ちゃん、はづきさんの方へ視線を向けると、2人は激しい攻防戦を繰り広げていた。


「ほらほらほらっ!!もっと私から離れないと次の斬撃がきますよ!!」


生き生きとしたように刀を構えて、はづきさんへ襲いかかる桜子ちゃんを見て、血の気が引いた。


早くはづきさんを助けないと。このままでははづきさんが危ない。

A5サイズのノートを手に取り、捲る。


どうやら簡易的な日記のようだ。その日にあった出来事が記されていた。藤原さんの店で働き始め、徐々にお客様が増え仕事への楽しさが書かれていた。所々飛ばしながらも読み進める。



○月10日 雨

今日、素敵な男性に声を掛けられちゃった。

買い物帰りに突然の雨に困っていたら傘を貸してくれたの!身長がとても高くて爽やかな笑顔が好印象!


○月15日 晴れ

この前の男性に偶然会っちゃった!と言っても、前回あった場所で少しだけ張り込んでたりしました。傘を返すだけのつもりだったんだけど、流れで連絡先も交換しちゃった!彼は医学生なんだって!凄いね、頭がいいんだ。


それからしばらく、彼とのやり取りが楽しそう綴られていた。

彼と出会い、お互いに意気投合し付き合うまでの過程が書かれていた。楽しそうに過ごしていたことがこの日記越しでも分かる。


◎月21日 晴れ

彼が、無事医者になれたら結婚してほしいって言ってくれた。嬉しい、私にもやっと家族ができるんだ。本当に嬉しい。ありがとう、貴志さん。


□月3日 晴れ

彼の様子がおかしい。どうしたのか聞いてみたら、お父さんの事業が失敗してしまったらしい。このままだと、学費も払えないから夜の世界で働くしかないって。確かに、お金は他よりいいけど・・・賛成できないなぁ。絶対に辛くなるし、大変だし・・・お金、貸せたらいいんだけど、お金、持ってないからなぁ・・・


□月10日 曇

彼はホストクラブで働き始めたみたい。慣れない事ばかりして、気が滅入ってるって。私と会える日も少なくなって寂しいなぁ。けど、我慢しないと!私も少しでも彼に援助できるように頑張って働こう。


□月15日 晴れ

今日も会えなかった。最近電話も出てくれない・・・ううん!仕事と勉強で忙しいんだから我慢しないと!!


□月25日 雨

今日も会えなかった。最後に会ったの、いつだったかな?


□月31日

会ってない。電話もない。


△月10日

会えてない

△月11日

会えてない

△月12日

会えてない

△月13日

電話もない

△月14日

最近、具合が悪い。吐く。気持ち悪い。気持ち悪い。会えてない。


△月25日

彼と会った。と言っても、他の女の人と歩いてるところを目撃して、後を追った形になったけど・・・。彼、女の人とキスしてた。問い詰めてみても、お客さんだからって・・・仕方ない事だって、分かる。分かるけどダメ、気持ちが晴れない。


ページを進めれば進めるほど、はづきさんの葛藤がそこに綴られていた。

結婚の約束をした彼と別れるべきか、彼を信じて支えるべきなのか。


「ん?」


ノートに記入されている最後のページで、ふと手を止めた。


『彼と別れよう。きっと、もう彼を信じる事が出来ない。いつの間にか、大学も辞めていたみたい。それはつまり、もう私と結婚する気はないという事なんだろうな・・・。でも、私には守らないといけないものができた。私は、守らないといけない。その為にも、彼に別れを告げなければ。深雪ちゃんに迷惑をかけることになるかもしれない。自分勝手な女で、ごめんなさい。』


その後の事は日記に書かれていない。おそらく、この日記が書かれた次の日にこの世を去ったのだろう。

『守らないといけないもの』それは、何だろう。彼女が最後に記した思いこそが、鍵になっているのは間違いない。


「おや、もしかしてまだ何か悩んでるんですか?答えがここに全て出てないるのに。」


一緒に日記を見ていた中原さんがやれやれ、と肩をすくめ呆れたような、小馬鹿にしたような顔でこちらを見る。


「貴方、医大生なんでしよう?なら彼女が記した症状や、状況、守らなければないもの、でピンときませんか?」


症状?状況?守らなければならない・・・もの。

そういえば、藤原さんも言っていた。彼女は具合が悪く、嘔吐を繰り返していた、と。

断定は出来ない。だけど、1つ可能性があるとしたら・・・


「はづきさん、妊娠してたのか?」


「可能性は高いでしょう。天涯孤独の身であった彼女に子供ができた。それは、どれだけの喜びだったんでしょうかね。1人で子供を育てる決意をするぐらいには、嬉しかったんじゃないですか?」


日記と一緒に入っていたもう1つの、ブックカバーがされたノートを手に取り、中を見た。

それは、母子健康手帳だった。

1枚だけ写真が一緒に同封されており、赤ペンで『心拍確認!』と記されていた。


どう、声をかけるべきなのか、俺には分からない。

彼女がどんな思いでこの世界を去ったのか、そして留まっているのか。


分からない、分からないが・・・


「このままじゃっ!!はづきさんも、深雪さんも、そしてお腹にいた子も、誰も報われないじゃないか!!」


桜子ちゃんと対峙するはづきさんの元まで、俺は駆け出した。





次回、episode2最終回

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