episode 2 藤原 深雪
昨日教えてもらった病院へと向かう、俺、虎之助、桜子ちゃん。
この病院は、そんなに大きな病院では無いものの、住宅街から少し離れた小綺麗な印象だ。
「ここって確か個人病院だったよね?」
「はい、兄様。小規模でしたが、入院の病棟もあったはずです。」
山田兄妹の話を小耳に挟みながら、病院の中へと入っていく。
今は平日の昼前だが、病院の待合室に患者の姿は数人程度しか見当たらない。
受付で作業をしている人に藤原さんの病室を聞いてみた。この人は、医療事務の人だろうか?
「あの、藤原 深雪さんの病室を教えて頂きたいのですが・・・」
「はい、えっと藤原さんですね。201号室です。」
ありがとうございます、と軽く頭を下げて今だに2人で話し込んでいる山田兄妹の元へと戻る。
「やっぱり唐揚げにはわさびとポン酢だよね!!」
「わかります、兄様。鉄板のレモンやすだちも好きですが、やはりここはわさびとポン酢ですよね!!」
「「海くん/さんは?!」」
凄くどうでもいいので無視した。なんでこの兄妹は病院で唐揚げトークをしているのだろうか。
「2人とも、早く行くよ。藤原さんの病室が分かったんだから、さっさと用事を済ませよう。」
「いえっさー!」
階段を上り、二階へと向かう。藤原さんの部屋はナースステーションの目の前らしい。
一応、医学生である為それがどう言う意味なのか、嫌でも分かってしまう。
いずれは慣れていくんだろうが、今はまだ慣れそうにない。
病室の扉は半開きになっており、外から声をかける。
「あの、藤原 深雪さんでしょうか?」
「・・・はい、そうですが・・・」
か細い声が聞こえ、失礼しますと一言断りを入れ、3人で中へと入る。
「・・・どなたでしょうか?」
点滴で繋がれた細い腕、顔色も悪く痩せこけているが、とても美しい女性である事だけは分かった。
歳を重ね刻まれた皺ですらも、彼女の美しさを引き立てているようだった。
「あの、その、え、えぇっと・・・」
「突然の訪問を申し訳ありません、お嬢さん。美しい貴女とお話がしたくて、ここまで来てしまいました。」
どう話そうかと迷っていた矢先に、女性と話すことが本業の虎之助が、藤原さんの細い手をそっと取り、一礼している。
「あら、お上手ね。こんなおばちゃんに美しいだなんて。」
「僕は本当のことしか言いませんよ。」
ここは、虎之助に任せよう。そう思っていたが、藤原さんの一言でこの場の空気が張り付いた。
「本当に、お上手。ホストってみんな口だけ達者で、その内心女を利用することしか考えていない猿以下な野郎ね。」
冷たい目で虎之助を見、藤原さんは虎之助の手を払いのける。
その行動に桜子ちゃんが一瞬前へ出かけるが、虎之助の手前だろう、唇を噛み締め藤原さんを睨みつけた。
「ごめんなさいね、貴方が悪いわけじゃないけど、虫酸が走るの。」
「藤原さん、こいつがホストだなんて、よく分かりましたね。」
「嫌いな人種なんて、すぐに分かるでしょ?直感とか、経験とかで。」
その顔に笑みを浮かべているが、口元だけで、目は、笑っていなかった。
「それで、何かしら?要件を早く済ませて出て行ってほしいのだけれど。貴方達も嫌いな人と長い時間一緒にいたくないでしょう?」
「う〜ん、美しい人に嫌われるのは心苦しいですね。でも、貴女の気分を害すのはもっと心苦しいよ。では」
ここで、虎之助はチラリと俺を見る。成る程、ここから先はストーカー女に遭遇している俺の方が適任とみたんだろう。
小さく頷き、虎之助より前に出る。
「南相馬神社の事は、ご存知ですよね?そこでいつも集まっていると言う、ご年配の方々に貴女のことを聞いたんですが」
「全くあの人たちは。本当にお喋りなんだから。えぇ、知ってるわよ。家が近いし、散歩がてらによく行っていたわ。」
「毎日参拝をされてる、とも聞きました。」
「そうね、自分の健康長寿を祈っていたのだけれど、神様が私にヘソでも曲げているのかしら?」
肩をすくめる藤原さん、その顔は呆れているような、わざと残念がっているような、なんとも言えない表情だった。
チラリと虎之助を見てみると、虎之助は藤原さんを見て軽く目を伏せ首を振った。
成る程、嘘をついてるか。
下手に会話をするより、率直に聞いた方が早いかな・・・。
「それで、もうおしまい?それじゃあ、帰ってもらってもいいかしら?」
「いえ、最後に1つ。ここ最近南十字路に出ると噂の、ストーカー女ってご存知ですか?髪の長い、赤い、ワンピースを着た女性なのですが」
「えぇ、知ってるわ。」
藤原さんは無表情に、こちらを見つめていた。




