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二月十七日・天使の囁きの日

作者: AgAz

マイナス30度を体感したことがおありですか?

わかりやすく説明すると、濡れタオルが凍ります。バナナで釘が打てます。

更には携帯の充電がすぐ死にます。

後、「細氷」が見れます。


明日朝の天気は快晴。湿度は比較的高いでしょう。週間予報を見てみますと…

退屈だ。すごい退屈だ。

外は快晴、中と共に極寒。電気は止められた。

することなんて何一つない。さっきだってずっと作業ゲーをやっていた。

ひたすらに雑魚を倒し続けるだけ。これを後100回か、気が遠くなる。

正確に言うと「やらなければならないこと」はある。しかしそれは「やりたいこと」ではないのだ。

昨日の晩、彼女には出ていかれた。

多分気持ちは同じだった。寒い。退屈だ。

付き合っても特にすることはなく、少し出かけただけ。

確か彼女が作り置いた味噌汁があったはず、と思い台所に行ったが、凍っていた。暖房がないからだ。

仕方がない、と思って、携帯の電源を付ける。

『充電してください。』乾電池のマークの下部が赤く塗りつぶされていた。

モバイルバッテリにつないだ充電ケーブルを挿して電源ボタンを長押し。ヴ、と一回鳴ってかじられたリンゴのマークが台所を青白く染めた。


寒い。めっちゃ寒い。

日差しは照っているがまだまだ山を出ない。

いつもは家に行っても相手をしてくれるのに今日はずっとゲームをしていた。

何かあったんだろうが、彼はいつも何も言わない。

頼ってくれればいいのに、と思いつつ、極寒の部屋にはすっかり閉口してしまって、端的に言えば出てきた。

アパートに帰るのはなんか癪で、朝までネットカフェに泊まった。

タバコ臭かったが、暖房も効いていない彼の部屋よりも心地よかった。

彼ともう終わりかな、なんて思いがふと出てきて、まだ寒いこの街をさらに寒くした。

朝日がやけに眩しくて、無意識に目をそらした自分が嫌だった。


深夜のうちにあいつから山ほどの着信が来ていて、寒いことも一概に悪ではないのかもしれないと思った。

しかしすることは何もない。更にあいつの場合無視してもろくなことはない。

通知一覧からあいつの名前をタッチして開く。発信する、という表示を押す。

あいつとはあまり会うことはない。しかも昨日はゲームにログインすらしなかったようだ。

三回ほど呼び出し音がした後、あいつが出た。

「もしもし、」

「おお、さっきまで一回も電話に出なかったくせにどうかしたのか。まさかお前、携帯の電源でも切っていたな。まったくお前は昔っからそうだよな。そうやって何度俺がお前の歴代の嫁からの電話を仲介したことか。抜けてるのか何なのか知らないがな、何回もやっているんだからそろそろ学習しようぜ、おい、聞いてんのか」

「聞いている。昨日電話したのはなぜだ、なんか用か」

「そうそう、電話に出ないから危うく忘れるところだったわ。デートのお誘いだよ。デート。たまには嫁さん意外ともしないのかって俺が誘おうとしたんだが電話に出んからなぁ、出会い系サイトから彼女探して誘おうか、なんて考えたんだが流石にきめぇってな。嫁さんいねぇのか。久しぶりに声聞きてぇわ」

「うるさい。あいつは出てった。それより、」

「出てった!出てったのか!お前彼女に逃げられるのこれで何回目だよ。これは傑作だ。なるほど、これは俺とデートするしかないな、諦めな、学習しないお前が悪い。確かに、さっきまでログインされていたところを見ると相手しなかったんだな。残念極まりない」

「関係ないだろ。それより、なんでお前となんか出かけなければならないんだ」

「今朝のニュース見たか、明日は快晴。湿度は高い。お前にここいらは無風だ。ここまで言えばわかるか。しかしあの気象予報士可愛いよな。彼女にしてぇ」

「既婚だ。それに見る気分にはなれない」

「そんなこというなよ、年に数回だぜ」

「あんなもの雪と変わらないだろう」

玄関のチャイムが鳴った。誰か来たのか、こんな時間に。

彼女が戻ってきたのか、と思って少し慌てた。どんな顔で会えばいいのかわからない。しかし、こんな極寒の中外で待たせるわけにはいかない。室温は大して変わらないが。

「開けんのおせぇよ、さっきまで電話してたんだからすぐ開けろよな」

玄関のドアを開けると、あいつがいた。

「なんで来た。電話はしていたし来る必要はない。帰れ」

「室温と外気温が同じってどうよ。彼女には逃げられて、暖房もこのざまか、さては、逃げられた理由はこれだな」

あいつはなんでも笑って話す。幾人かは侮辱されているようで嫌いだ。というが俺はそうでもない。しかし、この時ばかりは腹が立った。

「お前な、デリカシーがないのもいい加減にしろよ」

「うち来いよ、暖房効いてるし暖けぇぞ。この分だと、味噌汁も凍ってんじゃないのか」

そして、話を聞かないことも、気が利くのもいつも通りだった。とても魅力的な提案だった。


所持金が少ないことがネットカフェから出た理由だった。衝動的に行動してしまうとどうもこのようなミスが出る。仕方がないので友達に電話する。

三回コールした後、電話に出た。

「もしもし、今暇?」

「おー元気?暇だよ、いつも通りな。どうした」

「あー…それがさ、」

「待て、当てて進ぜよう。わかったぞ。家出だな。」

「なんでわかったの」

「簡単な話さ。まず震えてる声。外にいる証拠だ。暖房の音がしないのも決定的。もっと簡単なのが、ゲームの音がしない。彼氏の部屋にはいない。最後にうちに頼ってくるってことは困っている。こんな微妙な時間帯なのはネットカフェだな。所持金不足なんて相変わらずだこと」

流石だ。ここまで頭が切れる人もそうそういないだろう。

「流石だね。そしてこんな推理ができるってことは徹夜?」

「そう、アニメの二期が始まっていたから借りて見てたの。うちくる?」

「行かしてもらおうかな、迷惑じゃない?」

「迷惑だったら電話には出ませんよ。待ってるね」

彼女に電話して正解だった。なんかつまみでも買っていこうか、そして愚痴でも聞いてもらおう。

「うわっ」

路面凍結だ。こんな時期にスニーカーで出たのも間違いだった。


「だから、違ぇって。ここはこう。そうだ。足首が弱点だからとりあえずそこ。そうそう」

あいつの家は暖かかった。暖房は効いていたし、飲み物も出してもらった。

「で、どうすんだ。今度の嫁も諦めんのかぁってあぶねぇ!」

諦める、か。実際どうしようかなどとは考えてない。ただ、原因は自分にある。そうである以上、解決できるのも自分自身のみである。しかし。

「諦めて、いいんじゃね」

動きが止まった。ゲームの中ではプレイヤーが盛大に吹き飛ばされてライフゲージが半分になった。頭の片隅では、容赦ねぇな、なんて思ったりしていた。

「本気で言ってんのか?それ」

「知らねぇ、」

「まぁ、お前の自由だからな。俺が知ったことでもないわ」

すぐに立ち上がり剣を構える。なるほど、こいつがこんなにも人気があるのは諦めないからかな、俺とは違って。

無言の時が流れる。こいつといる時無言になったことはなかった。大体いつもこいつがしゃべっていたし、話題は尽きなかったからそうなることもなかった。

そんな時でも先に口を開いたのはあいつだった。

「そういえばよ、電話で話したこと考えてくれたか?」

「電話で話したこと?」

この時は冗談でもなんでもなく覚えていなかった。

「お前はほんとに忘れっぽいな。デートだよ。明日は快晴。無風。気温は相も変わらず低いと来た。見に行かねぇか」

「あぁ、その話か。行かねぇ。寒いし」

「そんなこと言うなよ」

そういえば、彼女と初めて会ったのもあの時だったな。どうして行ったんだっけ。

「まぁ、今日も長いしお前んちの電機は通らないと来たらゆっくり考えてみるんだな。俺は誘ってるだけだ。強制なのはキャバクラとツレションだけだ」

時時々入ってくる下品な話題。今日はそれさえも心強くて、悔しいから黙ってやった。


「でさぁ、前の彼がさぁ、ひどいんだよ、ヒモっていうの?仕事はしないし、そんなんなのに自分に甘くて。本当に最低だったよね。あいつはないわぁ、あんたも気を付けなよ」

かれこれ一時間続いている彼女の愚痴。今日は珍しく軽く酔ったらしく、過去に付き合った彼氏の愚痴を垂れている。大抵自分の昔の話はしたがらないが、軽く酔ったのもあるのだろう。しかし、悪くは思わない。むしろ日頃は見れない姿なので楽しんではいる。

「へぇ…」

ただ、なんて返せばいいのかはわからない。

彼女に家に来てからまず彼女は私のことについて話させた。なぜ家出したのか、何が悪いのか、後悔してるか、など。ひたすらに聞き終わった後、彼女はトイレに立って、その帰り道、彼女は本棚にあった分厚い医学書のカバーから赤ワインのボトルを取り出し、飲み始めたのだ。頬を見る限り、酔ってはいないように見える。が、彼女が酔っていることを見たことはかれこれ一度もないため、真偽のほどはわからない。ともあれ、ワイングラス片手に愚痴は続くようで、早く終わんないかな、なんて思っていると、彼女は突然素面になり、

「ところでさ、明日の朝暇?」

なんて言い出すもんだから、

「へ、うん」

間抜け面で肯定してしまった。

「そうかそうか、ならうち泊まっていきたまえ」

酔っていなかったのか、なんて思わせるほどの豹変をして私の宿泊を決定した。酔っていなかったのね、なんて言おうと思い彼女のほうを向きなおすと、

「でさぁ、その彼がさ、あたしになんていったと思う?お金貸してくんね、ってさ、馬鹿じゃねえの?って思ってさ、」

まだまだ愚痴は続きそうだな。地味に気が利く友人は少しも火照っていない顔で悠々と語り続けた。


二体目のボスを倒したとき、電話が鳴った。

指さしで呼ばれている相手を確認し、あいつだと分かれば、俺はゲームに戻る。正直現時点ではこのステージは俺だけで十分だ。プレイヤースキルもあいつは俺に及ばない。知識だってそうだ。しかし、援護に関しては俺はあいつに劣る。援護、と一概に言えば輝かないスキル。それでも気の回り様が半端ないあいつの援護はステージによって必要不可欠になってくる。それゆえ俺は昨日の晩あいつのログインを待っていたわけだが。

「お待たせ、彼女の電話を待たせたくはないからなぁ、誰かさんと違って」

よく言うぜ、お前に彼女がいないことは言っている。と言いかけたところで、不確かではあったので伏せておいた。

「それで、電話の相手は」

「おっと、それは言えねぇな。プライバシー!だからな」

両腕を横に広げるよくわからない動作と共に言われたが、正直どうだっていいので無視をする。

「ところで、お前今晩どうすんだ?」

突然の質問だったが確かに深刻な問題ではあった。暖房の効いていない部屋でこの時期寝るのは自殺行為だ。

「仕方ない。お前んちに泊まる」

「おう、わかった」

あっさり承諾されて驚いたが、そういうやつなので無視をする。相手をしたってろくなことはない。


気付けば夜の十二時。

あいつはゲームコントローラーの持ったまま寝ている。

あの子はソファで毛布を被って寝ている。

バイブレーションと共に通知音。「あいつ」からだ。

真っ暗な携帯の画面に通知バーナー。返信早いな。

こちらは熟睡です。

こっちもです。

今夜はしっかり快晴だろうね?

何回もチェックしたし抜かりはないさ。

覚えているだろうか、

あの子はきっと覚えてるさ。

あいつは覚えてないな。

日の出は五時半。

多分うまくいくさ。


細氷、ご存じでしょうか。

世間一般には「ダイヤモンドダスト」と言われる代物です。

天気は快晴、気温は十度以下で無風の時に起こります。

日の出の時間は筆舌に尽くしがたいほどきれいです。

僕らはその時に付き合い始めて、喧嘩したときはこれで元のさやに納まりました。

友達の粋な計らいです。

極寒の地域に行く時はぜひ、ご覧になってください。


二月十七日は天使の囁きの日。

気温が当時全国最低だったけれど観測されなかったことを悔やみ若者のグループが制定しました。

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