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第五容疑者:客人?

客人の視点になります。

 古くからの友人に呼ばれて、彼の屋敷に滞在することとなった。

その友人、バンガム=ウェスタニアと出会ってから、もうかれこれ35年にもなる。

当時は10代後半の青年だった彼は、今やすっかり初老の男となっていた。

 旅先で彼からの手紙を使用人から受け取り、その使用人が乗って来た馬車に乗り込むと、一昼夜で屋敷に到着した。

そして、靴の泥を落とす間もなく彼の私室へと案内されて入ると、待ち構えていたバンガムに上等のソファに腰掛けるよう促される。

私が勧められたソファに腰掛けると、背の低いテーブルを挟んで真向いのソファに腰かけている彼が長く重い息を吐いた。

「君を呼んだ理由は他でもない。ヤツだ。ヤツが現れた」

「そのようだな」


 昔、ここより遠くの異国で出会った時、彼と私はちょっとした冒険をした。

簡単に一言で済ませるのであれば、狩りだ。

ただし、命がけの狩りではあったが。

 あの時は数が多かったが、今はそれほどまででもないようだ。

奴等が増え過ぎれば、隠しきれない程に臭う。

腐った水のような臭いが蔓延するが、ここはまだそうでもない。

いるのは多く見積もっても数匹程度だろう。

十匹はいないはずだ。

「ただ、まだ数は増えていないようだな。用心深いヤツなのか、お気に入りが見つからないのか。まあ、どちらにしろ一匹もしくは数匹ぐらいなら何とでもなる」

心配は無用とばかりに軽く言うと、バンガムが重々しく首を横に振った。

「すまないが、わたしは今回役に立てそうにない。もう年だ。供をすれば、かえって君の足手まといになる」

「いいさ。バンビィに期待なんかしちゃいない」

 バンガムの名をもじって小鹿ちゃんと、昔は時々そう呼んでいた。

実際は、小鹿ではなくて虎のような男だとは思っていたが、こういうおふざけが仲の良い男同士ではまかり通る。

現に今もバンガムがにやりと笑った。

こんな風にからかわれて本気で怒るのは、幼稚なお子様だけだ。

二人とも、今はとうにその年代を過ぎている。青春は過ぎ去って戻らないのだ。

ただ、バンガム顔には皺が目立つようになってはいるが、その目には昔と同じ輝きを宿していた。

紳士に見せかけてはいるが、昔から彼はどちらかと言えば荒事を好む性質だ。

だからこそ、二人で大勢を狩れた。

そして、たった二人であの数を狩り尽くしたという記録は、未だ誰にも破られてはいない。

 「君は変わらないな」

「いいや、昔よりは衰えた。いい相棒に巡り合えなくてな」

「そうか。ならば、今回はわたしの使用人を使え。君を馬車でここまで連れて来た男には、充分に訓練を積ませてある」

「恩にきる。ただ、命の保証はしないぞ」

バンガムが、小さく首を横に振った。

「構わん。本人とて承知で引き受けた」

「ああ。ってことは、恨みがあるんだな」


 狩りのパートナーに志願するような相手は、大抵がそういう恨みのある人間だ。

バンガムのように好奇心でもって相棒になる人間は少ない。

そもそも、あの化物を狩るのに、命の保証はできない。

危険はつきものだし、惨状を見る事も多い。

恨みや怒りで心身を満たし、恐怖心を抑え込まなければとても耐えられない。

「あと、わたしが出来る事と言えば滞在場所を提供することかな。この屋敷に好きなだけいてくれ。医者もいる。私の主治医だ。口は堅い、遠慮なく使え」

「ああ、ありがとう」

「礼を言うとは君らしくないな。そうか、見た目は変わらないが、中身は随分と成長したらしい。いいことだ」

「うるさいぞ。お前こそ、年頃の娘がいるみたいじゃないか。いつの間にか随分と老け込んでジジイになったな」

「ああ、ルセイラか。うん、あの娘はわたしの自慢でもあるが、わたしに似てかなり厄介だぞ。君のしている事を、なるべく嗅ぎつけられるな」

「心配しているのか? 安心しろ、この屋敷には持ち込まない。娘に危害は及ばないさ」

 バンガムが、それはどうかなという表情で笑った。

コイツの、こういった思わせぶりなところは嫌いだ。

気障で女ったらしだった昔を思い起させる。

昔のコイツがどんな男だったのかを娘にこっそりと教えてやろうか。

きっと面白い事になるに違いない。

こんなヤツ、娘に問い詰められて慌てればいいのだ。

しかし、話す暇なんてなさそうだから、おそらく教えてはやれないのだろうな。


 ところが、その娘と話す機会は早々に巡って来た。

屋敷に滞在してしばらく経った頃、バンガムの娘から詰め寄られたのだ。

廊下でバッタリと出会い、そのまま壁際まで追い込まれて、右手を壁につけられて囲い込まれている。

互いの顔が近い。

お前、年頃の娘だろうが、少しは恥じらえと心の中だけで毒づく。

こんな事は、おおよそ貴族の娘のすることではないはずだ。

 「さあ、ヴィンセントさん答えていただきますわよ。貴方のその臭いは何なのですか?」

「臭い?」

眉間に皺を寄せ、鼻に意識を集中させる。

体が臭うはずはない。

臭えば、狩るはずの相手から位置を把握され、逆に狩られる立場に早変わりするからだ。

体臭はしない。

だから、この娘が言っているのは鼻で嗅ぎ取る方の臭いではないのだ。

 そういえば、昔バンガムと出会った時に、臭うと言われた覚えがあった。

どうにもキナ臭い。争いの臭いがする、と。

なるほど、バンビィの娘はあいつの特性を受け継いでいるのか。

「ああ、そっちの臭いのことか。クソっ。お前、本当にバン……ガムと同じなんだな」

「ええ、わたくし鼻が敏感ですの。ですから、異臭がするとすぐにわかるのです。何か生臭い。貴方、何かを殺していますわね」

「あぁ、殺している。快楽殺人者なんでな、ぶっ殺しているのさ」

脅かすようにわざと大袈裟に言うと、娘が眉間に皺を寄せた。

これで怯えて去ってくれればいいと思ってたんだが。

しかし、思惑はそう上手くはいかない。

「貴方、わたくしに何かを誤解させようとなさっているみたいですが、わたくしは騙されませんわよ。嘘は交えず真実を、さあ、洗いざらい吐いておしまいなさい。でないと、カズロが尋問されることになります」

 カズロは、バンガムがつけてくれた相棒だ。

体こそ小柄だが寡黙なタイプの男の中の男とも言えるような奴で、彼ならばたとえ大男数人に順に拷問されたとしても口を割らないだろう。そういう男だ。だから、私も信頼をしている。

だが、誰にでも苦手な相手はいるものだ。

例えば、私の目の前にいるこの屋敷の一人娘。

カズロにとっては、この娘は苦手ど真ん中だった。

 男には崇拝する女神の一人や二人はいるもので、その女神の仰せに逆らう事は全身に拷問を受けるよりも本人にとっては過酷だ。

だからカズロは悪くない。ただ、相手が悪過ぎるのだ。

この女神に吐けと言われれば、カズロは洗いざらい吐いてしまうだろう、それも泣きながら。それこそ、胃の中の物のすべてでも吐き出して見せるのではなかろうか。

縛られてもいないのに、この娘には手も足も出ないカズロの姿が目に浮かぶようだった。気の毒に。

 「わかった、いいだろう。ただし、ここでは話せない。私の部屋に来てもらおうか」

バンガムお得意の思わせぶりな言い方を真似てみる。

しかし、娘は平然と頷いた。

「ええ、望むところです」

参った、本当に厄介な女だ。

バンガムの言った事は正しかったなと、内心で舌打ちをする。

たった今、男の部屋へと連れ込まれようとしているのに、逆に迎え撃とうとしている娘自身の男気のせいで、艶っぽい雰囲気にはどうしてもならない。

こうまで男臭さを出されると、嘘を交えず腹を割って話さざるを得なかった。

 そして、事情を知った娘は、更に厄介な事に手伝うとまで言いだした。

勿論それは断った。

当然だ。戦う力のない娘など邪魔だ。足手まといもいいところだ。

カズロもいるし、彼と同じくらいかそれ以上に戦える相手でなければ受け入れるつもりはない。

そう告げると、その時はしぶしぶ納得して引き下がってくれたのだった。


 しかし数日後、そのカズロが狩りの最中に反撃されて死んだ事で、娘は今度こそ聞く耳を持たなくなった。

両腕を組んで仁王立ちをしている娘が、泣いて真っ赤になった目で私を睨みつけている。

カズロが腹を引き裂かれて無残に死んだ事に怒り、嘆き悲しんでいるのだ。

「お前には、わたくしの申し出を断る権利はないのですよ。お前は、カズロを死なせた。カズロはウェスタニア家の使用人。つまりは、わたくしの所有物でした。それを無残に殺させた。こんな事は、決して許されません」

「うるさいっ。敵が我々よりも上手だったんだ。この私とて逃げるので精一杯だったんだぞ。それに、アイツはバンガムからお許しを得て借りた。だから、お前に文句を言われる筋合いはない」

腹を裂かれたカズロを担いで命からがら屋敷まで逃げ帰って来て、医者に手当のしようがないのを確認してもらってから、ようやく与えられた部屋へと戻り、クッションが最高に気持ちのいいソファに傷だらけの身を沈めた瞬間だった。

この娘が、勢いよく部屋に怒鳴り込んできたのは。

 「お黙りなさい。父が許そうが許すまいが、わたくしには関係ありません。わたくしが許していないのです。ですから、お前はわたくしに償わなければならない」

「知るか、勝手にほざいていろ。私は、疲れているんだ。さっさとここから出て行け」

片手を振って、あっちへ行けという動作をする。

貴族の娘に対しては無礼極まりない行為だが、バンガムの娘に遠慮は無用だと思った。

そもそもこの娘は、誰の許しを得て父たるバンガムの客人の部屋に入って来ているのか。

無礼で煩い餓鬼め、さっさと去らないのであればこちらにも考えがある。

「償いってのなら、お前らにしてもらいたいくらいだ。私をここへ呼んだのは、バンガム。お前の父親だ。ヤツの気配をいち早く察知して、私に知らせてきたから来てやったのだ。だから、カズロが死んだのもバンガムのせいだ。もっとも、命をかけてでもヤツを狩らなければもっと人は死に続けるだろうよ。ヤツが狩場を移動するまでの間は際限なく死ぬ」

「何とかなさい。これ以上、誰一人として死なせてはなりません」

「無茶を言うな、馬鹿女。ここはヤツの餌場で、どいつを襲うかはヤツが決める。旨そうなヤツからいくに決まってるだろ。死なせたくないのなら、その旨そうなヤツを見つけてこい。そうすれば、先回りして守ることだって出来る」

 娘が訝しげな顔をして、それから神妙な面持ちに代わると頷く。

「わかりました」

「おい、何がわかったんだよ。旨そうなヤツなんて、どうやって見つける気だ?」

「見つける必要などありません。おびき寄せるぐらいでしたら、いくらでも出来ますわ」

「はぁ?」

「貴方がおっしゃる通り、旨そうになればいいのでしょう? わたくし、不審死を遂げた犠牲者の方々の臭いを覚えておりますわ。犠牲者の方々に外見的、身体的な共通点はありませんでした。性別も年齢もバラバラでしたからね。しかし、臭いだけは不思議と似通っていると思っていたのです。なるほど、ああいった臭いがきっと好みに合うのでしょう。ですから、つまりわたくしはああいう臭いになれば良い。そうでしょう? それならば、物事はずっと簡単になります。貴方は、わたくしのみを守ればいい」

「お前、頭がおかしいのか。もしも私が守り切れなければ、死ぬんだぞ」

「覚悟の上ですわ。敵は、わたくしの物を奪ったのです。その報いを受けさせねば、わたくしの心は晴れません。その為ならば、どのような事でもしてみせます」

 真っ直ぐに強い眼差しを送ってくる娘を見つめ返す。

自らが囮になるとまで言い出すとは思わなかった。

どうせ女、我が身がかわいいだろう。

口だけでキーキーとわめいて文句ばかりを言って気が晴れたら、あとは何かをしようとまで考えないだろうと。

そこまでの意気地などないだろうと思っていた。

 「お前……バンガムの娘なんだな」

「ええ、わたくし慈善活動が趣味ですの」

「いや、それは違うだろ。親父と同じで血の気が多いって言ってんだよ。アイツは一皮むけば荒くれ者だからな。根っこは野蛮な原始人だからな」

「まあ。父を悪く言うのは許しませんわよ。父は善人で、わたくしもそうなのです。貴方の勝手な偏見の目でわたくし達を見ないでください」

 娘をじろじろと不躾に眺めまわす。

すると、彼女の方も私を真っ直ぐに睨み返した。

「ところで、貴方のその怪我は大丈夫なのですか? 手当はしてもらった後ですか?」

「ん、これか? これはかすり傷が大半だし、あとは返り血だ」

 衣服の手足の部分が所々破けてしまっている。

小さな切れ目の奥で同じ形に腕や足が切られているが、血は止まっているし、傷も深くはない。それに特殊な体質のおかげで、傷の治癒が早いのだ。

「返り血……それは、カズロの?」

「いや、ヤツだ。あのケダモノの。でも、浅い傷しか負わせてないから、すぐにまた人を襲い始めるだろうな。おそらくは、2日後くらいからだろう」

「そうですか。それならば、わたくしはその間に臭いを調整しましょう」

「おう、ご苦労な事で。しっかし、お前も変わっているんだな。わざわざ危ない目に遭いたいなんてさ」

「わたくしが、危険な目に遭わないようにするのが貴方の仕事です」

 ツンと娘が顎を上げる。

高慢な女に見せかけたいらしい。

だが、今更そうするには遅すぎる。

カズロの死に怒り、涙して怒鳴り込んできたすぐ後では、それは説得力に欠けていた。

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