第二容疑者:発明家のデイビス
発明家のデイビス視点です。
僕の名前は、デイビスといいます。
父は大学教授、兄は弁護士、姉は家庭教師という非常に学に秀でた一族の生まれでした。
ただ、家族の中で僕だけが落ちこぼれと言われており、姓を名乗る事を許されなくなって早3年にもなります。
おかげで僕は、ただのデイビスとして発明に明け暮れる毎日を過ごしていました。
誤解をしないで下さい。
有意義ではあるのです、お金はありませんが。
一族の中で唯一母だけは僕を心底心配してくれており、こっそりと金銭的援助をしてくれています。
仕事がなくなり困窮していると、どこからかこういった物を作って欲しいという依頼がやって来るのですが、それは全て母のおかげでした。母が裏で手を回してくれているのです。
今も、新しい物好きで女好きの金持ち侯爵様から依頼され、借りている農家の納屋改め僕の仕事場で飛行機を作っています。
何でも、遊び人である侯爵様は、秘密の恋人と二人だけで乗ることの出来る飛行機をご所望されているのだとか。
婚約者がいながらそういう事が出来るなんて、随分と度胸がある方だと思います。
僕ならこわくて、とてもそんな事は出来そうにありません。
母も姉も勘が鋭くて、隠し事も嘘もすべて見破ってしまうものだから、女性に対して嘘と隠し事をするのは無意味であるし、やましい事をしでかせば猟犬のように嗅ぎつけてきて、その代償をきっちり支払わされる事になると知っているからです。
女性は、本当にこわいものなのです。
幸い、発明家の僕はお金とは無縁なので、女の人なんて少しも寄って来ませんが。
ところが、そうして安心していた僕の周りに、最近女性が寄ってくることになりました。
母や姉ではありません。
どちらも僕には会いに来ませんが、その女性は頻繁に僕の所へとやって来ます。
ルセイラ=ウェスタニア嬢は、僕の大学時代の友人であるアルフレッドの婚約者で、この辺りでは珍しい銀色の髪に碧い目をした色白の美しい女性でした。
彼女はある日、アルフレッドに誘われて、ご友人のマルガレーテさんを伴って僕の仕事場にやって来たのです。見目麗しい二人は、並んでいるだけでお似合いに見えました。
僕の友人のアルフレッドは快活な男で顔も良く、学生時代より女性からの人気がありました。
一体今までに何人の女性が、彼に好意を抱いてきたことでしょう。
その中には、ルセイラさんに勝るとも劣らない美しい女性だっていました。
一人や二人ではありません。それこそ何人も。
しかし、アルフレッドは、どの女性のお誘いも見事なまでにかわしてきたのです。
彼にとっては、美しさだけが女性の良さだとは思えないのでしょう。
その証拠に、彼はルセイラさんの隣にいるマルガレーテさんに気遣いはしても視線は向けません。
この中で、僕だけは知っています。アルフレッドは、実はちょっとした冒険を好む男。
彼には、大人しいだけの令嬢なんてそもそも合わないのです。
その点ルセイラさんは、活発で好奇心旺盛で、アルフレッドの好みにピッタリ合致していました。
この間も試作段階だというのに飛行機に同乗したいと言い出したほどです。
当然、僕も丁重にお断りをしましたが、ルセイラさんは侯爵様にお渡しする前に、同時に二人乗ってみても安全かどうかを確かめるべきだと主張しました。
それも、一人は男性で一人は女性であるべきと。
確かに侯爵様のご依頼はその通りでした。
しかし、未だ試作品。危険な事にはかわりがありません。
困り果てた僕は、アルフレッドにもルセイラさんを止めるよう援護射撃を頼んだのですが、彼は笑って「やってみろ。おもしろいぞ」と無責任な事を言うばかり。
結局、僕とルセイラさんが乗ることになったのです。
結果は、一応は大丈夫だったというか、死なずには済みました。
少し浮き上がり途中までは上手くいったものの、膝上くらいまでの高さからの落下を体験しました。
落下した地点に柔らかい芝生が生えそろっていたこともあり、僕らは怪我をせずに済んだのです。
しかし、どすんと落ちた後で勢いが止まらず、芝生の上を長々と滑ったことでルセイラさんは驚いたと言っていました。
御自分の胸に手を当てて、「わたくし、まだ心臓がどきどきしていますわ」と言った時の彼女の楽しそうな溌剌とした笑顔が、未だ僕の胸に痛みを伴って残っています。
ついこの間まであんなに元気だったルセイラさんは、先日突然お亡くなりになってしまったのです。
しかも僕は、それをアルフレッドから何一つとして聞いていませんでした。
偶然手に取った新聞なんかで彼女の訃報を知ったくらいなのです。
そして、その時には葬儀は内々で済まされており、彼女はすでに墓の下でした。
ルセイラさんの死から今日でついに一週間が経ちましたが、アルフレッドとは未だに会っていません。
僕は彼の友人であり、ルセイラさんを知る一人でもあります。
それなのに、傷心の傷が浅からず涙で袖を濡らしている為なのかは知りませんが、アルフレッドは未だに僕に何も言っては来ないのです。
それは、あまりに薄情ではありませんか。僕に対しても、ルセイラさんに対しても。
ルセイラさんの婚約者としてあるまじき行為です。
そこまで考えて、僕ははっとしました。
そういえば、アルフレッドは危ないと僕が必死に言っているにも関わらず、ルセイラさんに試作品の飛行機に乗るようすすめていました。
それもこれも彼が、実は親の決めた婚約者であるルセイラさんを、本当は疎ましく思っていたが為ではないのでしょうか。
それに、僕の作った飛行機が墜落したのも、飛行中に部品が落下した為の事故と考えていたけれども、本当は彼が故意に部品を抜き取って、墜落するように仕組んだのではないのでしょうか。
そして、それが後ろめたくて僕に会いに来られないのでは。
そうでなければ、どうしてアルフレッドは姿を見せないのでしょうか。
もしもそうでないと言うのなら、アルフレッドとルセイラさん両方を知る友人としての僕の慰めを必要としない理由を、他に示してもらいたいくらいです。