今こそ決断すべき時:ヴィンセント
ヴィンセント視点です。
屋敷の中をくまなく調べ尽くした結果、他には誰も見つからなかったので引き上げることにした。
ルセイラの話では若いメイドの女がいたようなのだが、さっさと逃げ出したのだろう。
奴らには、そういう潔いところがあり、徹底抗戦をする気概は基本的には持ち合わせていない。
危ういと判断した際は、仲間を見捨ててでも逃げていく。
だからこそ、数は決して多いわけでもないだろうに今までしつこく生き延びて来られた。
同時に、何百年も戦い続けているというのに、未だに狩り尽くせず戦いは終わりに近づかないでいる。
奴らは、数が少なくなってくれば、その時に仲間増やす。
または、気に入った者が見つかれば、仲間に引き入れることもある。
しかし、決して増やし過ぎはしない。
数が増え過ぎれば、資源を食い尽くしてしまうだろう事をよく理解しているのだ。
その分は、人間よりもよほど賢い種であるといえる。
屋敷から出て、その扉の前でルセイラが不意にぴたりと足を止めた。
曇り空から、小雨が降り始めたばかりだった。
「わたくし達も、いつかは……普通に死ぬのでしょうか」
何を思ってかルセイラがぽつりと呟く。
「まぁ普通は無理だが、心臓を潰されれば死ぬ。けれど、それ以外だと死ににくい。体がバラバラになってしまえば別だが……ああ、汽車にでも轢かれたら確実に死ぬだろうな」
「そうですか。これで自殺の仕方はよくわかりましたわ、ありがとうございます。けれど、折角これほどまでに丈夫な体になったのですから、わたくしも何か価値のある事をして貢献すべきなのでしょうね。たとえば、探索チームの一員として」
「はぁ? お前は戦闘向きだろうが。ラクをしようとするな、戦え」
もう普通の人間として生活できない事は、言わずとも理解してくれたようだし、この先は仲間の一員として戦いの日々が待っているという事も呑み込んでくれたようだが、探索チームに入るなどと突然言われたので思わず言葉が出る。
ルセイラが、おや? とばかりに片眉を上げた。
「何です? 貴方、今わたくしが戦闘から離れてラクをしたいが為に探索チームの一員となるつもりでいると、そう言ったのかしら? 馬鹿なことを。貴方は、先ほど死亡率は探索チームの方が高いと言ったのですよ。それに、わたくしは、そもそも能力からして情報収集向きですわ」
「なっ、どうして」
ルセイラが、自分の鼻を人差し指で指し示して強調する。
「わたくしは鼻がききます。貴方の秘密を暴いたのは、わたくしのこの鼻であることをお忘れかしら?」
「うっ、そうだ……そうだったが」
「ええ、お分かりいただけたかしら? でしたら、早速そのチームに正式に配属していただかなければなりませんので、本部へ案内なさい」
話の断片から、組織体系がある事までルセイラにはわかってしまったらしい。
確かに彼女の言う通りだろう。
たったこれだけの少ない情報で、おおよその事実とはいえここまでを突き止める事のできる能力は探索向きだ。
しかし、探索方面に配置されれば、この先は彼女と行動することはまずないだろう。
大規模作戦が展開された時ぐらいに、作戦会議の場で大勢が揃った中で会うだけになる。
そして、そこでは一言二言挨拶を交わすだけ。
お互いに生きているのを確認することしか出来ない。
彼女と行動していた間、バンガムの時以来の心地良さを覚えた。
危ういと焦った時に、背後から彼女の助けが入る。
怖気て足が慎重になりかけた時でも、彼女の方が先頭に立って突き進んで行こうとする。
足りない部分を、積極的に補ってくれる。
これほどまで頼りになる心強い相棒は久しぶりだった。
それどころか、楽しいとまで思えて、生きている事の喜びまでも感じられた。
今までの組んできた相手だと、どうしても庇いながらの戦闘になっていた。
気遣いながら庇いながらでは、肉体も精神も思っていた以上に負担がかかっていたのだろう。
安心して背中を預けられるような相手と組んだのはバンガム以来で、きっとこの先は――ないに違いない。
「ルセイラ」
「どうしたと言うのです? いやに真剣な顔をして」
「私の相棒でいてくれ」
「ええ、当然ですわ。わたくしは、貴方の相棒です。これから先もずっと」
何だか話が噛み合っていない。
ルセイラは探索チームに入る気でいるのに、同時に私の相棒でもい続ける気らしい。
しかし、それは不可能だ。
「いや、お前は探索チームに配属されたいのだろう?」
「ええ、そうなりますわね。人材を適所に配置しないのは、組織にとっては大きな損失に他なりませんからね」
「だが、お前が探索チームに入るのなら私とは離れる。別のヤツがお前の相棒になる」
「いいえ、そうはなりませんわよ。貴方も転属するのですから」
「はぁっ?」
ルセイラが、何故だか軽蔑の視線をこちらへと向けた。
「そうなります。貴方もそうですが、探索を馬鹿にし過ぎていますわ。今までどうして誰も根本を絶つ事を、重視しなかったのでしょうか。そのせいで、貴方は50年も時間を無駄にしてしまったというのに」
「無駄……」
「ええ、無駄です。無駄を省き、効率的に行動する事で時間は短縮および節約できたはずなのです。それを、組織の上層部の方々はきっと貴方のような考え方ばかりなのでしょうね。取り敢えず目の前の危機に立ち向かう事で安心して、問題の根本の解決をただただ先延ばしにしたのです。その内、何か劇的な事が起こって解決するだろうと楽天的思考でいて。もういい加減に目をお覚ましなさいな。今こそ転換の時だと思いませんか? 貴方には、わたくしという優秀な相棒が出来たのです。それを利用しない手はない。この後の50年も、ただ延々と目の前の敵を片付ける事に費やす気ですか? 貴方がどうしてもそうしたいのでしたら構いません。わたくしは、そのような茶番に付き合うのは御免ですから、ここでわたくしとは永久のお別れをさせていただくだけです。どうせわたくしは、お馬鹿さんには付き合いきれませんもの」
辛辣な言葉を告げてルセイラが微笑む。
「さあ、どうしますか? ヴィンセント」
不意に35年前の事を思い出す。
雨の日だった。
土砂降りの雨の中、酒場の出口で庇から絶え間なく垂れ落ちて来る雨を目の前に立ち止った。
そこでバンガムと二人、降り注ぐ雨と、その中の闇に沈んでいる街を眺めた。雨に煙っている街並みを。
唐突に、いつまで続ける気だ、とバンガムが聞いた。
私は、酔っていた。
一仕事終えた後だったから、今回も生き延びたという喜びと、肩の荷が下りて気が抜けたのもあって、かなり酔っ払っていた。
しかし、バンガムも同じくらい飲んでいたはずなのに、ヤツはちっとも酔っていないようだった。
黙っていると、いつまで続けるのだと、再びバンガムが聞いた。
私は少し考えてから、最後の一匹を滅ぼすまでだと答えた。
実際、そうする気でいた。だから、酔っていたことで安易に出した答えだったわけではない。
ただただ目の前の敵を叩く。そうする解決法しかないと思っていたのだ。
すると、バンガムが私を見た。
彼の碧い眼が私を静かに見つめ、そうして口元だけで微笑んで、短くそうかとだけ言った。
翌朝、また別の場所へと向かおうとする私にバンガムが別れを告げた。
それなりに身分のある貴族の放蕩息子であった彼は、見聞を広める為と称して気ままな旅をしていたらしいが、ここで私とは別の方向へと行くと決めたらしかった。
そうして別れて以来35年もの間、我々の道は重なることなどなかった。
私は、それを今まで彼の気まぐれとしか認識していなかった。
気ままな男だから、と。
けれど、そうではなかったのかも知れない。
「バンガム……」
「あら、嫌ですわ。こんな時にわたくしの名前ではなくて、お父様の名前を言うのはどうしてなのでしょう。貴方の頭の中では、よっぽどわたくしとお父様が重なっているのですね」
「ああ、お前たちはそっくりだ」
ルセイラを軽く抱き寄せる。
そうして、背中をぽんぽんと軽く叩いた後で解放した。
「あの……お父様への抱擁でしたら、お父様に直接なさって。わたくしを代わりにされても困りますわ」
「いいや、私がバンガムに抱き付くわけがないだろう? 今のは、お前に感謝したいと思ってやった。ちゃんと伝わったか?」
「えっ? ええ、まぁ……そうかも知れませんわね。でも……あぁ、まさか、わたくしは誤魔化されませんわよ。貴方が転属する気はあるのかどうかを、今ここで決めてはっきりお聞かせ下さいな」
あの日、もしも別の答えを告げていたら、バンガムはもうしばらく私に付き合ってくれていたのだろうか。
終わりなき戦いを時間の無駄と切り捨てることなく、終わりなき戦いにしようとしていた私にも見切りをつけずにいてくれただろうか。
人生は一度きり。同じ時間は二度とめぐってこない。
だから、その時その時に最善の選択をする。
バンガムはあの時、最善の選択をしたのだ。
そして今度は、私が最善の選択をすべき時。
「する。転属しよう」