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死の床から愛をこめて:ルセイラ

 生前、親しかった皆々様。

突然ですが、わたくしはどうやら死んでしまったようです。

――と言いましても、今は息を吹き返しましたので、ご心配には及びません。

いずれ皆様の前に、生前と同じくらいの健勝ぶりを披露してみせますわ。

しかし今は、いろいろと考えなければならない事もあり、その前に少しばかりお時間をいただきたいと思います。

まずは、わたくしが息を吹き返したばかりの事をご説明しなければなりませんね。


 わたくし、幼い頃から空を飛ぶことには憧れておりまして、長い長い夢の中で晴れた大空を自由に舞い、遥か足元に教会の尖塔や街並みを眺めて、それはもう大いに楽しんでおりました。

でも、夢はいつか覚めるもの。

残念ですが、それが現実。

それでも、夢から覚めて現実に戻るまではこの夢はわたくしのものと思って、自由自在に飛び回っていたのです。

ところが、急に空が曇り始め、嫌な予感がすると思った時にはすでに手遅れで、わたくしは一気に天から真っ逆さまに落ちてゆきました。

きゃあ怖い。し、死ぬっ。

夢の中のことですが、本気で死んでしまうと焦った途端に体が大きくビクリとはねて、そうして真っ暗でせまっ苦しい棺の中で、わたくしはぱっちりと目を開いたのです。


 ところで、死人を寝かせているに過ぎないのに、どうして棺の蓋は釘で打ち付けられているのでしょうね。

普通、死人はひとりでに外に出たりなどしないでしょうに。

まさか、死んだとばかり思っていた方が息を吹き返すのは珍しいことではないのでしょうか。

死んだ後の手続きをすべて済ませた後でひょっこりと戻って来られては困るから、二度と戻っては来られないようにわざわざ釘を刺しておくのだったりして。

うふふ、まさか。まさかね。

釘を打ち付ける理由についてはわかり兼ねますが、おかげでわたくし、棺の中から脱出するのにいささか時間がかかってしまいました。

もう少しで、折角息を吹き返しはしたものの、棺の中で息が出来なくなり再び死人に逆戻りするところでしたわ。

 それから、今気づいたのですが、不思議とわたくし以前より呼吸の回数が減っているように感じますし、心なしか脈も弱く、体温まで低くなっているような……。

まあ、一度は死んでいたくらいですから、そういう事もありますわよね、きっと。

棺からやっとのことで抜け出し、そうして外へ出てみれば、そこはわたくしの一族の墓所である石室の中でした。

墓所と聞けば湿っぽくて暗いイメージですが、そんな事はなくて割と快適です。

壁には等間隔に燭台が設置されておりますし、どこぞに空気の出入りする排気口があるようで新鮮な空気を味わえました。

新鮮な空気が、一番の御馳走に思える日が来るとは、わたくし思ってもみませんでしたわ。


 しばらく深呼吸をして気持ちを切り替えると、それまでわたくしが閉じ込められていた棺を観察します。

出て来る時に少々の無茶をしたので蓋が割れておりますが、我が家の紋章入りの棺。

それもわたくしの為に用意された物のようです。名前までわたくしの名前が刻まれております。

そして、わたくしの棺の隣には、ずらりとわたくしのお仲間。

いいえ、わたくしの親族の皆様が並んでおられました。

病弱で、若くして亡くなった父の妹のイザベラ叔母様に、祖父のレイモンドおじい様、祖母のマリアおばあ様、あと未亡人だったカサンドラ伯母様、お久しゅうございます。

生前はわたくしを大変可愛がってくださった事を、今でも決して忘れてはおりません。

またお会いできたらと、お亡くなりになられて以来ずっと願っておりましたが、まさかこんな形での再会になろうとは露ほども思ってはおりませんでした。

あとは、ええと……申し訳ございません。

わたくし暗記は苦手でして。記憶にございませんその他ご親族の皆様も、ごきげんよう。

皆様、わたくしとは違って心安らかにお眠りになられているようで、大変よろしゅうございました。

けれど皆様、大変失礼なことを申しますが、少々臭いますわね。

ここから出られましたら、強い芳香を放つ香水を大量に購入し、臭味をとって差し上げますわ。

いいえ、お礼など結構ですのよ。

わたくし、慈善活動が趣味ですの。


 さて、快適な一族の墓所とはいえ調度品など揃っていない中で周囲を見回すと、一つの棺のすぐ側に古めかしい椅子が置いてあるのを見つけました。

もしかして、あの椅子の側にある棺の主こそ、かのミラーナ様ではございませんか。

そして、この椅子が、今より4代前の当主ジェームズ=ウェスタニアが、最愛の妻にして、早世の美女とも言われたミラーナ様の死を嘆き悲しんで、三か月もの間棺の側に居座る為に置いたというものでは。

ああ、三か月もの間この異臭に耐えられたのも、きっと愛の成せるわざなのでしょうね。

わたくしでしたら三か月もここで粘るのは、御免こうむりたいのですが。

 朽ちかけの椅子に身を沈め、やっと人心地ついたわたくしは、ようやく取り掛かりたいと願っていた思考へと歩みをすすめていきます。

わたくしは、おそらく死んだのです。一度死んで、棺の中で息を吹き返しました。

けれど、そもそもどうして死んでしまったのかが少しも思い出せません。

長い夢を見ており、その夢から目覚めたら、もう墓の中にいたのです。

まさか、眠っている間に死んでしまったというのでしょうか。

しかし、生前のわたくしは、はっきり申し上げて自慢なのですけれども、とても健康でした。

幼い頃こそ病弱でしたが、7歳の誕生日を迎えてからは風邪ひとつ引いたことがございません。

そのわたくしが、まさか眠ったまま死ぬなんて……まったく有り得ない事ですわ。

もしも、そうして死んだのでしたら、おそらく眠る前にでも毒を盛られたに違いありません。

ああ、そう言えば、眠る前に確かメイドのハンナからホットミルクを受け取って飲み干したのでした。

ハンナは、わたくしの幼い頃からウェスタニア家に仕えており、わたくしにいつも優しく接してくれて、夜眠れないと言うと、ホットミルクを作って持って来てくれていました。

そのミルクの中に、まさか毒を入れるなんて。


 ハンナ、わたくしはあなたを許しません。

きっと目にもの見せ、見せてさしあげ、さしあげ……ます、わ。

わたくしの頭の中に、急にもやがかかり意識が遠のいていきます。

さっきまで散々眠っていたというのに、わたくしはまた再び眠りの中に戻っていくというのでしょうか。

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