第六話 ゴゴゴゴッ、ぼく、汚いへいきじゃないよ
魔界第3層、常に濃霧が覆う広大な大峡谷。
しかし、どこもかしこも霧があるわけではない。
毛細血管のように張り巡らされた河川から発生する霧は、低地地帯に滞留するものの高地にまでは届きはしない。
ゆえに、低地では10m先すら見通すのに苦労する視界が、高地では高さもあって遥か彼方まで見通すことができる。
まあ、だからと言って厚さ5mほどの霧層に覆い隠された低地を見ることは叶わないが。
何とか夜明け前に陣地を撤収し終えた俺達チーム日本は、野営地点から5㎞ほど離れた高地地帯に潜伏した。
低地ほどではないが、高地にもある程度の木々や草は生えている。
この場所に退避してきた俺達は、即興で作った迷彩シートによる欺瞞陣地から敵の様子を観察していた。
少し前まで俺達が陣地を構えていた地点には、厚い霧の層越しでも分かるほどの大群が蠢いている。
おそらく俺達の痕跡を捜索したり、情報を集めたりしているのだろう。
現時点でチーム日本単独でも、既に7000体以上の兵力を魔物軍団から削っている。
魔物側からすれば、高々敵の一部隊を相手に一個旅団規模の損害を被っている訳だ。
奴らが俺達の情報を血眼で集め、戦うのに本隊を直接動員するのも無理はない。
今まで各階層の敵と戦ってきて、奴らが事前に俺達の情報や前階層の戦闘詳細を知らされていないことは薄々察していた。
もしも、事前に今までの戦闘詳細を知らされていたなら、高嶺嬢を発見した段階で階層ボスを含めた全戦力を集中させての決戦を挑むことだろう。
少なくとも、俺が敵ならそうする。
このハンデは、並行世界紛争における防衛側有利の法則に基づくものなのだろうか。
それとも、それだけのハンデを与えなければまともな勝負にならないということなのだろうか。
どちらなのか、それは分からない。
だが、利用できるのならば、それをとことん利用するのみだ。
もしも、俺達チーム日本との交戦経験があれば絶対にとらない戦術…… 戦力の一地点への集中。
それをやらかしてしまった無知な敵。
彼らには、日本のお家芸ってやつを教育してやろうじゃあないか!
俺は元々無人機管制用に支給されたタブレットを取り出す。
「おや、ぐんまちゃん、やるつもりですね?」
「おぉ、トモメ殿のいつものやつをかますのでござるな?」
何かを察したらしい高嶺嬢と白影。
彼女達は揃って期待しているようなワクワクとした表情を浮かべる。
まあ、毎回やってるもんね!
そりゃあ分かるよね!!
彼女達の後ろでは、各国のフレンズ達が良く分かってなさそうな顔をしている。
一体何が始まるんです? そう言いたげな表情で俺を見つめる彼ら。
まるで第三次大戦が始まる直前のように、そわそわと不安そうな様子だ。
俺がやっちまった初めての時。
それはここと同じ魔界ダンジョンで第1層だった。
その時は鉄臭くてベトベトしていて、こんな糞ったれな経験をする俺は、きっと特別な存在なのだと感じた……
今では俺はタッチするだけ。
彼らの前でやるのは、もちろん例のアレ。
何故なら彼らもまた、特別な存在だから……
俺はおもむろに懐から飴玉を取り出し、口に入れた。
世界中の人に愛される、甘くてクリーミィな味わいが口内に広がる。
「———— あっ、耳塞いどいてね」
俺はタブレットの画面。
『起爆』と表記された領域を軽快にタッチした。
—————————————— ッッッ!!!
一瞬。
刹那の時間。
見渡す限りの低地を覆う分厚い霧層が掻き消えた。
濃霧の海に出現した5つの巨穴。
そして————
—————————————— ドッッッッッッ!!!!!!
全てが、眩い光に、包まれた。
2500から3000℃の高温が、12気圧に達する高圧の衝撃波と共に大地を蹂躙する。
飲み込まれた存在は区別されることなく蒸し焼きになり、圧し潰され、粉々に吹き飛んだ。
展開していた軍団ごと大地を飲み込んだ5つの火球は、ゆっくりと上空に立ち昇る。
周辺の空気を幾多の生命と共に吸い上げた炎は、どす黒い煙となり、柱のように天に向けて聳え立つ。
やがて黒煙は頂部にて拡散し、広大な峡谷に5つのキノコ雲が生まれた。
22式大規模燃料気化爆弾。
日本が第三次世界大戦の勃発を受けて開発し、各国に売りさばいた通常兵器の一つ。
起爆と同時に可燃性の薬剤が瞬時に散布され、外気と混合し、周辺の酸素を軒並み奪いつくして燃焼する。
地上爆破での爆発半径750m、高度50mで起爆すれば半径3㎞を破壊し尽くす。
反応兵器を除けば最大の破壊力を持つ兵器。
第三次大戦で最も多くの都市を破壊し、最も多くの人々を殺し尽くした日本火薬業界の最高傑作。
世界最大の人口を抱える国家、その人口の1割を飲み込んだ中華大陸の悪夢。
俺がチマチマと空輸で運び込んだ、3日間の努力の結晶。
「な、っ、あ、ぁ…………」
あまりの衝撃的な光景に、各国のフレンズは碌な言葉も出ない。
もしかして核兵器と勘違いしてるのかい?
流石に自滅攻撃はしないよ!
「………… っさ、流石です!! ぐんまちゃん!!!」
テンションを最高値まで昇らせた高嶺嬢。
目を血走らせながら俺に抱き着いてきた彼女は、瞳をギラギラさせて輝かんばかりの笑顔を向けてくる。
うわっ、その顔は久しぶりにドン引くわ……
「うわー、これ歴史の教科書で見たことあるでござる。
オランダの堤防を吹き飛ばし、国土の3割を海底に沈めたアレでござろう?
まさかこの目で実際の爆発を見ることになるとは……
拙者のカトンジツもいつかはこれくらい出来るようになるのでござろうか?」
白影は遠い目をしながら、未だに成長し続けるキノコ雲を眺めていた。
そりゃあ大戦中に全世界で6万発も投下されたんだし、戦場となったヨーロッパにも大量に落ちていたことだろう。
まあ、戦争ってそんなものだよね。