第四話 夜襲
今、俺は夢を見ている。
周りは薄っすらと光る苔に覆われた岩壁。
洞窟の小部屋。
目の前には、見覚えのある木製の樽。
あぁ、アレね。
樽はひとりでにゴロンと転がり、勝手に中身を吐き出した。
赤黒い液体と共に出てきたのは、見覚えのある戦利品。
「……… ァ…… ゥ」
記憶にある光景と一寸違わず、体中のあらゆる部位を失いながらも呻き苦しんでいる。
「ァ…… ァァ…… タ、ス…… ヶ」
記憶と違うのは、彼もしくは彼女が俺の存在を認識し、伽藍洞の瞳を俺に向けてきていること。
改めて思えば、コイツの祖国の人間はこの光景を俺達が来るまで延々と見せ続けられたんだよな……
うわ、悲惨!
「タス…… タス、ヶ…… ェ」
助かる見込みがないというのに、俺に対して助けを求める。
そんな彼もしくは彼女に、俺はあの時と同様、いつのまにか右手に持っていた銃を向けた。
そのまま躊躇わず引き金を引けば、場面が瞬時に移り変わる。
「コンニチハー」
片言の日本語で挨拶してくる金髪碧眼の男女。
おお、懐かしい顔が出てきた!
「Hej!」
あの時は高嶺嬢が挨拶したが、今度は俺が言えた。
この後は2人とも楽しいもんじゃ焼き作りだね!
すると何故か場面がいつか見た国際裁判の舞台に。
「トモメェ、助けて、助けてよぉ!!」
うわぁ、懐かしい。
あの時は何気に焦ったよ。
いきなり暴れだすんだもんなぁ。
「トモメェ…… ぇぐ、トモメェ……」
と思いきや、いきなり俺の胸にシーラが抱き着いてきて泣いている。
そうか…… 国際裁判はパパっと飛ばされたのか……
「うー、うー、うー」
可愛らしい唸り声をあげながら俺にしがみつくシーラ。
コアラみたいだな。
「…… トモメ」
なんだなんだ、今度はどうした?
「トモメ…… 私を…… 私を、助けてくれて、ありがとう!
あなたは、私のヒーロー、よ」
一気に近づく彼女の顔。
次の瞬間。
パンッパンッパンッ
乾いた音と共に彼女の血を浴びた。
なるほどね。
まあ、しょうがない。
次があればもっと上手くやるさ。
「トモメェ」
あれ?
「トモメェ、トモメェェ」
あれぇ?
おかしいな、夢から覚めないぞ。
「うふふ、トォモォメェ」
しかも体にいくつも風穴を開けたシーラが、俺に対する締め付けを強めている。
なんか体が痛くなってきたんですけど?
もしかして絞め殺しエンドって奴ですか!?
それは勘弁!!
「トモメトモメェェ」
本格的に増してきた痛みで目を覚ませば、何かが俺の体を締め付けていた。
まだ夜は明けていないのか、寝起きでぼやけた視界には暗いテントの中が映る。
仄かに香る花の香りが鼻孔をくすぐる。
「うぅぅ、トモメェ」
鼓膜を打つのは白影の声。
下を向けば束ねられた金髪がサラサラと流れていた。
「どうした白影?」
「…………!!?」
俺の胸元に顔を埋めていた白影の頭がバッとこちらを向く。
暗闇の中、爛々と蒼く光る双眼が浮かぶ。
「……………………」
数秒かそれとも数時間か。
いかようにも感じられる沈黙が場を包み込む。
「夜襲でござる」
「確かに夜襲だな」
寝ぼけた頭を覚醒させて先程の彼女を思い出す。
間違いなく俺は夜襲を受けていた。
「今は女怪と従者ロボが迎撃しているでござる」
ああ、そっちの夜襲ね。
一瞬、NINJAの謀反かと思ったが、どうやらダンジョンの敵が俺達の陣地を襲撃しているようだ。
「規模は?」
「300程度の集団が1つ、100程度の集団が2つ」
「会敵順序は?」
「最初に300が警戒線の外を徘徊していた女怪と遭遇。
その後、段階的に100の集団と会敵」
「襲撃を受けている場所は?」
「全方位。
それぞれが別々の方向から襲撃をしかけているでござる」
打てば響く答えが返ってくる。
やはり白影は情報要員としては破格だな。
恐らく夜間行軍中の敵が夜のお散歩中だった高嶺嬢と運悪くエンカウント、偶発的戦闘で周囲の友軍を呼び寄せたといった所か。
敵集団の規模からして、どれも分遣隊や偵察部隊。
より規模の大きい本隊がどこかいる筈。
このままここに陣取ったままでは、夜明けを待たずに本隊とぶつかることになるな。
「白影」
「なんでござろう?」
「一旦、俺から離れて貰える?」
「嫌でござる」
俺の頼みはあっさりと拒否される。
忠誠を誓った忍とはいったい何だったのか……
ずっと俺の体に両手両足で抱き着いている白影。
まあ、それは良い。
「なら現在従者ロボが迎撃している100体の敵集団を殲滅してくれ。
俺はロボ達と一緒に陣地を引き払う」
俺の索敵スキルで確認すれば、この陣地に残っている従者ロボは6体。
おそらく迎撃には300の集団を高嶺嬢、100の集団2つを従者ロボ4体ずつがあたっているのだろう。
白影が一方面の迎撃を肩代わりしてくれれば、4体の従者ロボが戻ってきて撤収作業ができるロボが10体確保できる。
それだけいれば何とか2、3時間以内には作業を終えることができる筈だ。
「むむむ、仕方ないでござるね。
では最後に10秒チャージでござるな」
暗闇に浮かぶ蒼眼が悩まし気に歪む。
10秒チャージ…… 何のことを言ってるんだ?
次の瞬間、俺の体を抱きしめていた四肢にとんでもない力が込められた。
痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!?
出ちゃうよ!?
これは何か出ちゃうよ!!?
ぐんまちゃんの中の人が出ちゃうよぉぉぉぉぉぉぉ!!!?
「……っよし。
ではトモメ殿、名残惜しいが行ってくるでござる!」
きっちり10秒、俺の体を拷問した後、白影はテントの外に飛び出していった。
俺の索敵レーダー上を青い光点が凄まじい速さで駆け抜ける。
今の索敵スキルは95なので、95mほどの探知距離を持つ俺の索敵レーダーだが、青い光点はその距離を5秒もかからずに外れてしまう。
最早人類最速となった彼女の速さを改めて感じる。
ちなみに俺はこの後10分ほど痛みで起き上がれなかった。
狂戦士:夜襲だ!→ヘイヘーイ! →今夜の月は朱いですよー!(*今夜は新月)
NINJA :夜襲だ!→トモメが危ない!→そうだ 抜け駆け、しよう