第一話 窮途末路
第三章は色んな国のフレンズが登場するよっ(*^▽^*)
「———— はぁはぁはぁ」
腰まで伸びる草花が広がる草原地帯。
うっかり立ち上がればすぐに見つかってしまいそうだが、周囲を包む霧のお陰で10m先の視認も困難になっている。
「はぁ、はぁ…… はぁ、くっ」
耳に入る物音は、草原を掻き分ける音と自身の荒い息遣い。
それ以外の物音は何も聞こえない。
まるでどこまでも続く濃霧に吸い込まれてしまうかのような静寂。
「あっ、ぐぅ……!」
掻き分けた植物が足に絡まり体のバランスが崩れる。
ただでさえ焦って体が前のめりになっているところでこの不意打ち。
無様に転んだ挙句、乱れた精神のせいで起き上がるのにも一苦労する有様。
体力も気力も、もはや限界。
歩き続けたおかげで足は震え、両手は銃を抱えるだけで精一杯。
張り詰めた精神は破裂寸前と言っても良い。
「あ、あぁ………… うぅ」
折れてしまいそうな己の心。
それを両手に持つ銃の重みで無理やり奮い立たせた。
AK-47アフトマットカラシニコバソーラクスェーミ。
重量4.4㎏全長870㎜。
口径7.62mm弾を30発装填可能。
列強諸国が使用する最新鋭のアサルトライフルに比べれば、重いし長いし性能は低い。
基本設計は100年近く昔にされたものであり、はっきり言って博物館に骨董品として展示されるべき代物だ。
だが、世界で最も多く生産され、最も長く使われてきた信頼性だけはどのアサルトライフルよりも優れている。
普段はあまりの古臭さに苦々しく思っていた祖国の主力小銃。
しかし、今はどれほど荒く扱ってもしっかりと作動してくれる頑丈さが、なによりも頼もしく感じた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
安全装置は既に解除している銃を抱えて歩く強行軍。
食料はバックパックごと、とっくの昔に喪失している。
携行している水筒は空であり、休憩する意味もない。
故郷に生えたものと似ているようで、どこか違和感のある単葉植物の群生地。
自分が今どこにいるのか、あとどれだけ歩けば良いのか。
何も分からないままだが、これだけは確かだ。
少しでも足を止めたら、自分は間違いなく殺される。
今の自分はきっと無様に見えるだろう。
母国の全国民が見守る中、酷い醜態を晒してしまっているのかもしれない。
だが、どれだけ泥臭くとも生き延びなければ、祖国は暗黒時代を迎えてしまう。
それだけは…… それだけは、避けなければ————
——ザッ
「……」
微かに聞こえた自分以外の音。
反射的に歩みを停止し、腰を落として周囲を警戒する。
『聴覚強化』
自身に備わるスキル『聴覚強化』を躊躇いなく使用。
瞬間的に人の常識を超えて鋭敏となった聴覚が、周囲に響くあらゆる音を拾い上げる。
『………………』
おかしい。
100m先の衣擦れすら聞き分ける己のスキルが何の反応も示さない。
先程の音は限界まで緊張していた自分の勘違いだったのか?
だとしたらとんだ失態だ。
1時間に1回しか使えないスキルを勘違いで使用し、貴重な時間を無暗に消費した己に怒りを覚えた。
なんとも馬鹿々々しいことをしたものだ。
さっさと行軍を再開しよう。
『………… 見ぃつけたぁ』
「……!!?」
鼓膜を舐めた湿った異声。
一瞬、心臓が止まったかのように意識が飛んだ。
次の瞬間、跳ね上がる心臓。
至る所から吹き出す汗。
今にも倒れてしまいそうな自分を叱咤し、声のした方向に銃弾をばらまいた。
ダダダダダダダッ
「ひ、ひぃ」
情けない声が知らず知らずのうちに口から漏れる。
ガチッ
頼りの相棒は10秒も持たずにマガジン1本を撃ち尽くした。
すぐにリロードすべきだが、もう自分にはそんな余裕はない。
悪足搔きに手榴弾を投げて、自身の最速で一気に駆け出した。
『—— ガァァァ』
数秒遅れて爆発音とともに何者かの叫び声。
予想以上に近い敵との距離に精神が恐怖で塗りたくられる。
「ひぃぃぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
口から漏れる情けない声すら気にならない。
逃走しながらも本能のままに手榴弾をもう1個投げて、少しでも追手の足を鈍らせようとする。
再びの爆発音。
しかし今度はそれだけしか聞こえない。
もう、限界だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
感情のままに叫び声を上げ、手持ちの手榴弾を全て放り投げる。
だが聞こえるのは虚しい爆発音のみ。
敵からの音は聞こえない。
「あぁっ!!?」
足場の悪い中、考え無しに走っていたためだろう。
草で見えなかった地面に転がっていた石。
気づけるはずもないその障害物に足を取られ、勢いよく体が前に投げ出された。
致命的な失態。
しかし、奇しくもそれが自分の命を救った。
ブゥンッ
一瞬前まで自身の上半身があった空間。
そこを白く光る何かが薙ぎ払った。
背中をかすめた風圧だけで、投げ出された体が数m吹き飛ばされる。
何が起きたのかは分からない。
あまりの出来事に涙と鼻水が垂れ流され、無意識のうちに嗚咽が漏れた。
『ほっほぉ、運が良いねぇ』
敵の言語が聞こえる。
何を言っているのか理解できないが、きっと自分は死ぬのだろう。
「うっ、うぅぅぅ、ごめん、ごめんよ」
怖さ、情けなさ、悔しさ、あらゆる感情が綯交ぜになりながらも、口から出てきたのは謝罪の言葉。
自分が死ねば祖国の人々は飢え、苦しみ、多くが死んでしまう。
それがただ、赦せなかった。
『何をしている、さっさと殺せ』
『はいはぁい』
「おとぉさん、おかぁさん、みんなぁ、ごめんよぉ」
抵抗もせず、無様に殺される己が、ただ、赦せなかった。
ダダダッ ダダダッ ダダダッ
ダダダッ ダダダッ ダダダッ
不意に聞こえた銃声。
連続する銃声。
『ガァァァ!!?』
敵の、化物共の、驚きと苦痛の叫び声。
『敵襲!!』
『グガァッ!?』
『ゲォッ!』
なんだ、何が起きている!?
倒れこんだまま、頭を抱えて地面に伏せている自分の頭上。
分厚い濃霧を貫いて、飛翔音が絶え間なく通過した。
『敵は混乱している。
美少女1号、美少年1、2、3号を率いて突貫しろ。
美少女2号と3号は精密射撃に切り替えて援護するぞ』
異国の言葉が、聞こえた。