第五十一話 NINJA怒りのカトンジツ
放射状に広がる融解した大地。
地面から発する高温が周辺の空気を歪ませて陽炎を立ち昇らせる。
初見殺しのような範囲攻撃で部隊の2割近くを一瞬で失った天使達。
奴らの顔からは獰猛な攻撃性が消え、代わりに必死と怯えが塗りたくられた。
しかし、そのような状況にありながら、天使達は上位個体の指揮の下、瞬く間に崩れた隊列を整えていく。
その最中も私に牽制の如く魔法を放ってくるが、無誘導で音速未満の攻撃なんて私にとっては無意味に等しい。
『あれ、もしかして取り込み中だったか?』
無線機越しにトモメが気遣ってくれた。
それだけで私の心は軽快に跳ね上がる。
でも、そんなこと気にしなくても良いのに……
生成した手裏剣を天使達に投擲しながら、覆面の下でもどかしさに口が歪む。
「全くそんなことは無いのでござるよ。
それより、基地で警報が出ているようでござるが、御身に大事は無いでござるか?」
一息で4本の手裏剣を2射、それを両手で行い、合計16本の鋭利な鉄刃が天使達を襲う。
もちろん私の攻撃はたった一息では終わらない。
断続的な鉄の掃射。
魔法で迎撃しようにも、魔法弾の間隙を貫いて天使達が次々と手裏剣に射抜かれていき、その数を着実に減らす。
一方、あちらの魔法は私にかすり傷一つつけられない。
『ああ、俺の方は問題ない。
なんだかんだ基地中枢部にいるしな」
良かった。
あの女怪がそばに付いている以上、トモメに危険が及ぶようなことはないだろうが、万が一ということもある。
あの脳みそまで狂気に侵食されている女怪は、戦闘力こそ信用できるが、頭の出来はまるで信用ならない。
だからこそ、トモメ自身の問題ないという言葉に安心してしまう。
この時の私は、戦闘にこそ隙を見せなかったものの、間違いなく心の防壁が緩んでいたのだろう。
『それより、明らかに着弾音とか聞こえるけど通信してて大丈夫か?
高嶺嬢、向かわせようか?』
………… は?
あの女怪を向かわせる?
どこに?
私の所へ。
なんで?
私だけだと不安だから。
………… はぁ?
「問題無いでござる!」
何故…… 何故何故何故!
何故!!
そこで、女怪の名が出てくる!!?
頭に血が一気に上る。
脳みそが沸騰するかのように熱くなれば、瞬く間に底冷えする寒さが襲う。
気づけば視界がセピア色。
淵には僅かな黒が蠢く。
このままではいけない。
私は感情に任せるままに、奴らに向かって駆け出した。
怒りを吹き出すかのように大地に足を叩きつけ、一歩目から最速を叩きだす。
足に伝播する衝撃とともに黒が僅かに抜け落ちる。
でも、まだいけない。
強烈な勢いで自分の体が地面から離れれば、そのまま後ろに向けて方向性を持たせたままのカトンジツ。
ゴオォッ!!
直線状に圧縮して噴射された炎は、生身では辿り着けない推進力で私を大気の壁に圧し潰す。
肉体に圧し掛かる強烈な負荷。
装備の鋼殻ごと私の身体が軋む。
バチリ、という音と共に、耳に痛みが感じた。
しかし。
『———— アッ』
一瞬。
瞬きする暇さえ与えぬほどの刹那。
天使達が気づいた時にはすでに遅く、私は奴らの背後に突き抜けた。
次の瞬間には、私との直線状に近接していた30体以上の天使が無残に崩れ落ちる。
天使達の羽が、首が、顔が、胴体が、ずれ墜ちた。
『問題無いでござる!』
その言葉が聞こえた後、白影の通信機から応答がなくなった。
これは怒らせてしまったか?
思えば白影は高峰嬢に何かと対抗心を抱いていた。
同じ戦闘系の特典持ちだし、顔面偏差値や女子力が互角だからなのかは分からない。
胸に関しては比べるのが烏滸がましい、おっぱいと胸板の分厚い壁が存在するものの、白影は高峰嬢を蹴落とそうとしていたし、高峰嬢も白影のマウントを取ろうとしていた。
そんな彼女に対して、無理そうだったら高嶺嬢を向かわせようかなんて、改めて考えると怒られても仕方がない失言だ。
うーん、どうしよう。
白影は普段こそ忍びだ、主だ、忠誠だと言っているが、ぶっちゃけ日本かぶれの域を出ないなんちゃって忍び。
ちょっと感情的になればすぐに素が出る根性なし。
普段の発言は雰囲気だけで聞き流し、ちょっとばかし拗らせちゃった女の子として扱った方が無難だ。
これは後で白影が帰ってきたときにフォローしといた方が良いかな。
「ぐんまちゃーん、私も行った方が良いですかー?」
俺の通信を聞いていた高嶺嬢が、戦闘モードでスタンバっている。
焦点を失い爛々と輝く瞳、何故か間延びする語尾、彼女を構成するあらゆる要素が、周囲へと無作為に狂気を振り撒いていた。
もはや精神的なテロだ。
基地中で鳴り響くけたたましいサイレン音と相まって、気の弱い常人なら容易に発狂してしまいかねない。
もちろん、元は若輩の素人とは言え、探索者達はなんだかんだで実戦を超えてきている。
流石に狂気の余波程度ではトラウマ持ち以外は、情緒不安定になるだけだ。
「クソ、こんなところになんていられるか!
俺はもう付き合ってられないぞ!!」
万全に思われた同盟の防衛網が崩壊しかかっているせいか、アレクセイが如何にもなセリフを吐きながら、管制室から出て行った。
映画とかならアイツ死ぬな。
と思ったら、扉の陰からひょっこり顔を出す。
「トモメ、悪いけど一緒についてきてくれないか?」
人類の二大勢力、その片割れを統率する男、アレクセイ・アンドーレエヴィチ・ヤメロスキー。
彼は見る者に冷たい印象を与える怜悧な眼つきのまま、なんとも情けないことを言っていた。