第五十話 ご破算した悪巧み
ざっと見た感じでも100に届きそうな天使の集団。
その数だけでも脅威なのに、よりにもよって上位種の証である四枚羽を持つ個体もある程度確認できた。
「ひ、ひぃぃぃぃ」
ガンニョムのパイロット、フレデリックが情けない声を上げながら、無暗矢鱈に拳銃を乱射する。
しかし、如何に大群とは言え彼我の距離は数百m。
まぐれでもない限り、素人が拳銃で命中させられる距離じゃない。
ガチッ、ガチッ、ガチッ
あっという間に弾倉を空にしたフレデリックは、パニックを起こしているのか弾倉を変えることなく空撃ちを繰り返す。
「馬鹿なことやってねぇで、さっさと逃げるぞ!」
正気を取り戻した原潜艦隊の司令官アルフレッドが、役に立たないフレデリックの腕を掴んで引き摺るように走り出した。
とは言っても味方基地との距離は、おおよそ400mほど離れている。
未だにサイレンが鳴っていないことから、味方はまだ近隣に出現した敵集団を認識していないんだろう。
当たり前のことだけど、足手纏いを連れながら地を這う彼らが拠点に逃げ延びるよりも、空を飛ぶ天使達が彼らに追いつく方が早い。
あれ、これってチャンス?
このまま私が何も手を出さなければ、彼らは天使達に追いつかれて殺される。
特典保持者が死亡した場合、その特典がどうなるのかは分からないけど、間違いなく人類同盟の戦力は大幅に低下するだろう。
少なくても階層攻略特典による原潜乗員の補充や増加、ガンニョムの強化は今後行われることは無いはず。
そうなれば私達の対抗勢力は一時的に1つ消えて、残りは暫定的な協力関係にある国際連合のみ。
その国際連合も特典持ちを抱えてない以上、戦力的にも私達日仏連合が人類の最大勢力となる。
その立ち位置によるメリットは計り知れない。
私がすぐに思いつくだけでも、ダンジョン攻略権の拡大や第三世界への影響力増加など多岐にわたる。
トモメならもっと思いつくだろう。
「何してるんだアルベルティーヌ!?
さっさと逃げろ!」
私が立ち止まって考え込んでいるのに気付いたアルフレッドが逃走を促してきた。
そんなの言われるまでもない。
これでも私はあの女怪と並んで人類最速。
逃げようと思えばいつでも逃げられるし、あの程度の数なら上位個体がいようと負けることはない。
「おい!
どうした!?
早くしろ!!!」
かつては同じ勢力に属していたのだから、その程度彼らも知っているはずだろう。
しかし、それにもかかわらず、アルフレッドは必死の形相で私に呼びかけ続けていた。
天使達と私との距離はもう200mを切っている。
「あ、あああ、あああああああああ!!!」
なおも留まって私に呼びかけ続けていたアルフレッドだけど、それまでパニック状態だったフレデリックが暴走して彼を抱えたまま逃げ出した。
「おい、リック、何やってる!?
放せ!!
このままだとアルベルティーヌがっ!」
抵抗しようともがくアルフレッドだが、小柄で細身の彼がガタイの良い身長190㎝の大男を振りほどけるわけもない。
抵抗虚しく抱えられるように遠ざかっていく。
天使との距離、残り100m。
「アルベルティィィィヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………」
アルフレッドの悲痛な声が耳元に届く。
てっきり彼は軽薄に振舞いつつもドライな人柄だと思っていたけど、思いのほか人情家だったみたい。
でも、そんな彼らとももうすぐお別れね。
ここで私が戦わずに逃げ出せば、フレデリックとアルフレッドは死ぬ。
元仲間として心は痛むけど、トモメの為だもん、しょうがない。
天使との距離、残り90m。
ウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ようやく人類同盟の基地からサイレンが鳴り始めた。
もう遅いけどね。
この距離で今から迎撃は間に合わない。
同盟は貴重な特典持ち2人と物資や戦力を失う。
天使との距離、残り80m。
『あ、あー、こちら群馬、白影、聞こえるか?』
耳元に装着している通信機にトモメから通信が入る。
耳のすぐ近くで聞こえる彼の声に、思わず胸が高鳴った。
「はっ、何用でござろう?」
出来る限り平静を保って答える。
うぅ、声が上ずってたりしたらヤダなぁ……
天使との距離、70m。
『今、通信大丈夫?』
あなたの通信を断るわけないじゃない。
「勿論でござる!」
天使との距離、60m。
『今どこにいるんだ?』
「外で見回り中でござる」
もうすぐ逃げるけど。
天使との距離、残り50m。
『敵は見えるか?』
「見えるでござるよー」
もう目の前だよ。
天使との距離、残り40m。
上位天使が手に持つ槍を光らせながら、こちらに投げようとしていた。
天使達の周りの空間には炎や氷、電気っぽいやつなど色々な球体が出現する。
このままだと次の瞬間には、私が立っている大地ごと消し飛ぶことになるだろう。
『倒せそうか?』
『アアアアァァァァ!!』
天使の掛け声と共に、敵の攻撃が一斉に放たれようとしている。
…… ここですぐに逃げれば、私達の勢力は決定的な優位性を得る。
敵前逃亡は非難されるだろうが、相手は上位個体も含まれているし、こちらは単独。
私達を追い詰めるほどの材料にはならない。
『アアアアッッッッ!!!』
攻撃が放たれた。
あらゆる攻撃が光り輝く光弾となって襲いかかってくる。
『無理そうか?』
彼の声に、少しだけ、不安の色を感じた。
気づけば、私の手が、印を組んでいる。
彼に初めて教えて貰った、私と彼の、印。
目の前に迫る光弾の幕。
私の速さなら避けられる、逃げられる、けど…… でも、私には………… できっこない!!
「カトンジツッッ!!!」
『ひょぇ!?』
目の前に広がる融解した大地と十数体の人型松明、黒焦げた像。
そして数十体のトモメの敵!
それを見ながら、私は覆面の下で不敵に口角を吊り上げた。
「こんなの楽勝だよっ、トモメ!!」
実家<他人<仲間<世間体≦母国≦自分の利益≪NINJA≪≪恋愛脳の壁≪≪トモメ