第四十九話 男二人のぶらり散歩
雲が一つない青空。
過ごしやすい陽気に風もない穏やかな光景。
しかし、そこに伸びる幾条もの飛行機雲が、大気を震わせる重低音と共に戦争という現実を突きつける。
「遅いな…… 俺の勘がそう告げている。
ここで見過ごせばその代価、いずれ我らの命で支払わねばならなくなるぞ」
何言ってんだぁコイツ?
隣に立つガタイの良いドイツ人が、何の脈絡もなく訳分らんことを言っている。
「人は同じ過ちを繰り返す…… まったく」
俺が反応を返さないまま、意味不明な独白は続く。
人類同盟の一大攻撃作戦の最中、いきなりオイラを艦内から外へ連れ出したコイツ。
ドイツの探索者であり、決戦兵器ガンニョムの操縦者フレデリック・エルツベルガー。
通称リック、自称ガンニョムだ。
「…… 手に血がつかない人殺しでは、痛みは分からんのだ。
お前はそれを理解しているか、アルフレッド・モーガン?」
「すまねぇリック、全く分からん」
オイラ、リベリア共和国の探索者であり、原子力ミサイル潜水艦コロンビア級の艦隊司令官であるアルフレッド・モーガンは、コイツの言葉を理解することを放棄した。
すかさず俺はガンニョムだ、と突っ込みが入るのはいつものこと。
すまねえな、オイラ、ガンニョム興味ねぇんだわ……
「つーか、なんでこんな時にわざわざ男同士で散歩しなきゃなんねぇんだよ」
オイラ達は今、飛行場から少し離れた荒れ地を二人で当てもなく歩いている。
隣を歩くコイツに連れ出されたときは、何かしら理由や目的があるとは思ったんだが……
なんも考えてなかったんだろうなぁ。
「いや、だって、お互いやることなかったし……」
ガンニョムのパロディキャラを呆気なく崩壊させたコイツは、気まずそうにポリポリと頬をかく。
確かに、やることはなかったなぁ。
コイツのガンニョムは専ら地上戦専用、俺の原潜なんざ基地と労働力としてしか機能してねぇ。
大方コイツは周りが仕事してる中、自分だけ除け者にされて居づらくなったんだろうなぁ。
「…… はぁ、まっ、しょうがねぇよなぁ」
腰にある護身用の拳銃を確認しつつ、もう少しだけコイツに付き合ってやることにするか。
天使共は100㎞以上離れた空域でUAVの大群とドンパチしてる。
ここまで奴らが侵入することは基地の対空火器が許さねぇだろ。
それに見渡す限りの荒れ地、ここまで見晴らしがよけりゃあ奇襲なんざ食らいようも————
「相変わらず、しみったれているでござるな」
「!?」
いる筈のない第三者の声。
同時に、オイラ達の真後ろに突然何者かの気配が生まれる。
咄嗟に腰の銃に手が伸びるも——
「へアッ!?
アア、ア、アルベルティーヌか、いきなり声をかけるな!」
リックが振り向きながら口にした名で、一応敵ではないことが分かった。
「ここまで近づかれて気づかないというのも問題でござるよ、リック殿、アルフ殿」
オイラも振り向けば、そこにはオイラ達を愛称で呼ぶ女。
全身黒尽くめの忍者装束。
見るからにイカれた格好なのにもかかわらず、僅かに覗く目元と飛び出たポニーテールだけで洗練された雰囲気を纏う根っからの美形。
フランスの探索者にしてカトンジツの使い手であるアルベルティーヌ・イザベラ・メアリー・シュバリィーがそこにいた。
「俺はガンニョムだ!
まあいい、それよりもこんなところで会うとは奇遇だな。
お前もハブられたのか?」
百歩譲ってガンニョムに乗ってる時ならまだしも、生身でガンニョムを自称するなんざ間違いなくイカれてやがる。
アルベルティーヌは宝石のような蒼眼を僅かに歪めた。
「お主らぼっちーズと一緒にされたくはないでござるな」
ぼっちーズ!!?
他の奴らに何を言われようと気にもならねぇが、アルベルティーヌに言われるとダメージがでかい。
「馬鹿にしてくれる……
そうやってお前は、永遠に他人を見下す事しかしないんだろう!
そんな安っぽい、一人よがりな考えで何ができるか!」
「…………」
売り言葉に買い言葉。
どうせガンニョムのパロディだろうが、リックは時々他人を本気で怒らせるからなぁ。
案の定、アルベルティーヌはこめかみをひくつかせた。
彼女も彼女で煽り耐性低いからなぁ。
「…… 次はないよ?
それでアルフ殿らはこんなところで何をしているのでござろう?
今は同盟の一大作戦の真っ只中であった筈」
アルベルティーヌはリックを無視してオイラに話しかけてきてくれた。
まあ、これ以上リックと話せばいよいよヤバくなりそうだしなぁ。
「あ、ああ、除け者同士、特に当てもなくぶらついてるだけさ。
あー、その、ところで、ア、アルベルティーヌはどうしてこんなところに?」
やべぇな、ちっと噛んじまったか。
柄にもねぇが、ビビってんのか、オイラは?
「そうだったのでござるか。
拙者は——」
「違うぞ、アルフレッド!
俺は除け者ではない!!
隠れ潜む敵を討伐しに来たのだ!!」
「お、おう」
アルベルティーヌの言葉を遮り、リックがまた訳の分からねぇことを言い出した。
てか、さっきはコイツ、やることないとか言ってなかったかぁ?
言ってることちげぇぞ、おい。
「先程、会話を少し聞いていたが、お互いやることない、と言っていた筈では……」
アルベルティーヌが胡乱げにリックを見る。
つーか、さっきの会話聞かれてたのか……なんか恥ずかしいな。
「う、嘘じゃないぞ!
ほら、そこ!!
ガンニョム、狙い撃つ!!!」
焦ったのか、リックは適当に何もない虚空を指さすと、腰のガンホルダーから拳銃を抜き、間髪入れずに発砲した。
馬鹿じゃねぇの、コイツは。
『———— アァッ!!?』
「へっ?」
何も存在しなかった、その筈の虚空から突然悲鳴が聞こえた。
『ァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!』
300m程先、只々荒れ地と空が広がっていただけの空間。
そこから溶け出したかのように現れた天使の群。
次の瞬間、本来無風のダンジョン内に一陣の突風が吹き抜けた。
「て、敵だぁぁぁぁぁ!!?」
馬鹿をやったリックの馬鹿みたいな悲痛極まる馬鹿声が、オイラに戦争の現実を叩きつけた。