第五話 NINJAとのお話
「なるほど、つまり我々はこれ以上進むな、と言いたい訳でござるな?」
全身黒尽くめの不審者、NINJAの白影は、俺の要求に対し、こちらを挑発するかのような物言いで返した。
唯一黒に覆われていない目元から覗く蒼い双眼が、好戦的に細められる。
頭巾から飛び出ている金のポニーテールがふわりと揺れた。
「そういう意味ではないよ。
この先で行われている戦闘は、俺達日本の優勢で進んでいるから、干渉しないで欲しいと言ってるんだ」
目の前の白影から目を離さないまま、背後の森で跪いている巨大ロボを見る。
歪に歪み、所々破損が見られる全身の装甲からは、白煙が濛々と上がりだし、まともな視認を難しくしていた。
巨大ロボの方は、しばらく戦闘は無理だろうが、NINJAの白影だけでも俺と従者ロボ2体ではとてもじゃないが敵わない相手だ。
従者ロボはもしかしたら互角に戦えるかもしれないが、俺は瞬殺されること請け合いだろう。
「それこそが、我らに対し進むなと言ってるも同然であろう。
あまり拙者を謀ってくれるなよ?」
白影は両手組み合わせ人差し指を立て、忍者特有のニンニンポーズをとる。
もしかしてこちらを威嚇しているのだろうか?
日本人からすれば滑稽でしかないが、腐ってもこいつはカトンジツを使えることを考えると、単純に笑い飛ばすこともできない。
正直なところ、彼女がとっているのは忍者のポーズではなく浣腸ポーズなのだが、それを指摘したら逆上されかねない。
正しくは、人差し指を一本ではなく、中指も使って2本の指を立てるのだ。
「誤解を与えたならば謝罪しよう。
俺は君達に対し、戦闘に介入して欲しくないだけなんだ。
前に進みたいなら、申し訳ないが、戦闘地域を迂回して貰えないだろうか?」
浣腸NINJAは少しだけ考えたようだが、浣腸ポーズを解くことはなかった。
「…… いや、駄目だ。
イソガーバ・マワーレという諺通り、戦闘地域を迂回となると、我らにとってゴジッポ=ヒャポー。
偵察の任を受けた我らは、その提案を受け入れるなどアカゴ・ノ・テヲ=ヒネル様なものでござる」
浣腸NINJAは随所に日本の諺を使って、俺の提案を受け入れてくれた。
いや、本当は拒否する意味で使ったんだろうが、諺通りの意味で受け取ると、『急ぐ時ほど遠回りが良いとも言うし、迂回路なんて大して違いなんかない。その提案を受け入れることは簡単だ』という意味になってしまう。
きちんと意味を把握せずに、使い慣れない言葉を使って失敗している典型例だ。
これはちゃんと指摘してやるべきだろうか、このまま受け取るにしても、土壇場で力押しされてしまえば、俺に対抗する術はない。
ならば、友好的な態度に徹して、相手の譲歩を引き出すか時間を稼ぐしかないだろう。
「言いたいことは分かった。
しかし、白影、君が使っている諺は、本来の意味とは異なる使い方をしているよ」
「な、なんと!?
そうでござったか、この白影、一生の不覚でござる!」
「その忍者ポーズもちょっと違うし、良ければ色々レクチャーしようか?」
「真か! 是非ともお願いするでござる!!」
こいつ、ちょろいわ。
こうして、俺の正しい日本文化教室が始まった。
2時間は稼いでやるぜ!
「——— っと、こういう由来があって、正しい忍者ポーズ、印はこうやって組むことになってるんだ」
「おぉ、そうでござったか……
拙者、今までずっと浣腸ポーズだったのでござるなぁ」
恥ずかしいでござるぅ、と両手で顔を覆ってイヤイヤする浣腸NINJA。
後頭部のポニーテールが盛大に揺れている。
「ははは、間違っていようと、日本の文化を好きでいてくれる気持ちは、日本人としては嬉しいものだよ。
そんなに恥ずかしがることじゃないさ」
滅茶苦茶恥ずかしいけどな、俺だったら黒歴史確定だよ。
内心を完全に隠しながら、浣腸NINJAを慰める。
「優しいでござるぅ。
トモメ殿は真に優しいお人でござるぅぅぅぅ」
いつの間にかこちらを見つめる白影の瞳は、艶を帯びていた。
「うぅぅ、こんなにも優しくされたのは小っちゃかった頃だけでござるよぉ」
そう言ってすり寄る浣腸NINJA。
このまま人類同盟から離脱してチーム日本に加入しそうな空気を醸し出している。
それは流石に不味過ぎる。
ただでさえ警戒され気味なのに、そんなことになれば外交問題が一気に噴出するぞ!
やべぇよ、ちょっと優しくし過ぎたか。
頭の可笑しい娘はうちの高嶺嬢だけで手一杯なんだ。
人類同盟との対立までセットでやってきては、俺のキャパシティーを臨界突破だよ!
「そ、そんなことはないんじゃないのか?
親御さんや、親戚、家族とか、君に優しくしてくれた人なんて山ほどいるだろう」
俺から逸らすために浣腸NINJAの家族を挙げてみるが、その途端、彼女は本気で落ち込みだした。
あっ、これはあかんやつや。
「私、家族から嫌われてたし……」
あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
やべぇ、やべぇやー、やべぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
俺は自分が意図せず踏んでしまった特大の地雷に恐れおののく。
浣腸NINJAの一人称が、拙者から私に変わっていることもあって、ヤバさは一入だ。
考えろ、考えるんだ、上野群馬……!
この状況を打開し、彼女からの友好と信頼を得つつ、程よい距離感を保つことのできる名案を。
俺の虹色の頭脳がフル回転し、様々な回答の想定を行う。
結論。
諦めろん。
突然、後ろに控えていた従者ロボの美少女が、俺の襟首を掴んで背後に跳躍した次の瞬間。
『今日の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!!』
目の前に巨大な拳が叩きつけられた。
舞い上がった土煙が眼前を覆う。
『人呼んで、ガンニョムスペシャル!!』
全てを力尽くで解決したガンニョムが、決めポーズをとっている。
しかし、悲しいかな。
俺の索敵マップには、緑の光点が2つ、依然として存在していた。
「———— 頭にきたでござる」
恐ろしいほど平坦な底冷えのする声とともに、NINJA白影が現れた。
あっ、これは本気の殺し合い始まっちゃうかなー?
俺は美少女に抱えられたまま、即座に後退を始める。
これ以上、この混沌とした環境には耐えられないぜ!
「ヘイヘーイ、大きな案山子と小さな蟲が、ぐんまちゃんに何してくれてるんですかー?」
くさむらから 高嶺嬢が あらわれた!
高峰嬢(美少女)
白影(NINJA)
ガンニョム(がんにょむ)
これだけだと、ガンニョムの一人勝ちに見えるから不思議ねー。