第七十四話 とっとこ公太郎
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「――ババンバ、バン、バン、バン!
アッー、ビバビバ!」
探索者達にとって、私室とは生中継をされない唯一のプライベート空間である。
日頃、常に母国の全国民に対して一挙手一投足を中継され、少しでも可笑しなことをすればSNSのトレンド入り、夕方のニュース、個別スレで祭り発生など、各方面で面白おかしく弄られるので、基本的に探索者は超ストレス生活を送っていると言っても良い。
さらには自分の出した成果によって祖国の国民生活、ひいては国力まで大きく上下するとなれば、その双肩にかかる重圧はいかほどだろうか。
そんなクソブラック環境で良く分からない異世界の怪物と殺し合いをさせられている探索者にとって、私室内で過ごす時間は酷く貴重なものだ。
それは飛ぶ鳥落とす勢いで人類最先鋒を突っ走っている日仏連合指導者、上野群馬も例外ではない。
「ババンバ、バン、バン、バン!
アッー、ソイヤッ、ソイヤッ!」
彼にとって私室内、とりわけお風呂場は自身の全てを開放できる貴重なオアシスだった。
今も普段の彼なら国民の目を気にして決してしない、歌いながらタンゴみたいなダンスをするという奇行を、お風呂に入りながら行っていた。
「ヘイッ!
今日も、俺は、頑張ったぜ、ヘイッ!」
意外なことだが、上野群馬は誰かから自身の成果を認められる機会が少ない。
戦闘に関しては幾ら彼が並外れた戦術指揮官だろうと、相棒の人類最強やNINJAのインパクトに比べるとどうしても見劣りしてしまう。
外交や内政に関しては、やってることが地味な裏方作業のために成果としてはいまいち目立たない。
乗り物の運転は得意だが、同乗者からは不評の嵐だ。
「敵の砲火、躱したぜ、ヘイッ!
魔石沢山、ゲットしたぜ、ヘイッ!」
そこで彼は不足する自己肯定感を、お風呂場で自画自賛することによって補給することにした。
自己肯定感の完全自給自足体制の確立である。
「階層クリアも、俺のおかげっ!
救助できたのも、俺のおかげっ!
日本の発展、俺のおかげっ!
オゥレッ!」
上野群馬、日本が誇るメンタルの怪物。
彼の精神的進化は止まらない……
「――――」
シャワーの水滴が頭に当たる感触。
いつからこれを続けているんだろう。
水が流れる音だけが鼓膜を打つ。
何も考えられない。
「――――」
そういえば今日、ぐんまちゃんに恰好悪いとこ、見せちゃったな……
ぐんまちゃん、私のことどう思ったんだろう。
彼が私に対し不快感を抱く、それを想像しただけで、全身から血が引いていく感覚に襲われる。
頭が真っ白になってそれ以上、何も考えられない。
不安で心臓がバクバクして、身体が自然と震え始める。
「――――」
いつからだろう。
お風呂のたびに、こんな風になってしまうのは。
ぐんまちゃん……
私、頭良くないから、難しいことは分からないけど……
「――――」
脳裏を過る光景。
最初のダンジョン。
薄暗い洞窟。
汚れた樽。
蓋を開けると入っていたソレ。
「――――ッッ!!!」
それ以上思い出したくなくて、咄嗟に頭を抱えて蹲った。
考えたくないのに、頭が勝手に過去を再生する。
二つ目のダンジョン。
古びた神殿。
爆発。
目覚めると誰もいない。
ぐんまちゃん――
「ぐんまちゃんっっ!!!」
いや、いや、ダメ!
それだけはダメッ!!
彼がいなくなるのはダメッッッ!!!
「ぅぅぅ……!」
自分の頬を伝うのはシャワーの水だろうか、それとも私が流す涙だろうか。
分からない。
もう何も、分からない。
しっかりしなきゃと思うけど、でも、もう、考えたく、ない。
「もぅ、ぃやぁ……」
「――カバディカバディカバディカバディ」
上野群馬にとって、寝る前のカバディは欠かせない日課だ。
目的は特にない。
「カバディカバディカバディカバディ」
大学ではカバディ同好会に所属していたわけでもないし、カバディ観戦が趣味というわけでもない。
なんだったら上野群馬自身、他人のカバディにはそこまで興味を持っていない。
「カバディカバディカバディカバディ」
彼が見ているものは己自身のカバディ。
そう、彼はカバディを通して己のカバディにカバディっているのだ!
「カバディカバディカバディカバディ」
彼は己自身を次のように自称する……通りすがりのカバディスト、と。
通りすがりのカバディスト、上野群馬。
彼の精神的カバディは決して揺らがない……
暗い。
暗い、真っ黒な闇が視界を覆う。
暗い、暗い、闇の中。
黒は嫌い。
アルベルティ―ヌはベッドの上で布団を頭からかぶり、何者かから身を隠すように体を丸めて小さくしていた。
風邪を引いてる訳でもないのに、体はガタガタと凍えるように震えている。
「トモメェ……」
最近、シャルロットとあの人が話しているところを良く見かけた。
最近、シャルロットとあの人が一緒に行動していることが気になった。
最近、シャルロットとあの人が視線を合わせていることに気付いた。
最近、シャルロットとあの人が二人だけが分かる会話で盛り上がっていることが多かった。
最近、シャルロットがあの人をグンマって呼び出した。
「ローカルネタ、やめてよぉ……」
ポロポロと涙が止まらない。
悔しくて堪らなくて頭がおかしくなる。
お腹が痛い。
手足の感覚が薄れ、痺れだす。
「トモメェ……」
あの人は白いのと一緒にいると、良く安心している。
あの人は白いののご飯を食べると、満足そうに笑みを浮かべる。
あの人は白いのに振り回されても、ちっとも迷惑そうにしない。
あの人と白いのは最初からずっと一緒。
あの人と白いの、そして私。
「私、いらないの……?」
暗い、暗い、闇の中。
私は何もできずに沈んでいく。
黒は嫌い。
でも、私は沈む。
暗い、暗い、闇の中、どこまでも続く闇の底へ。
「――いやあ、今日も良い仕事したなぁ!」
セルフカバディを終えた上野群馬はのそのそベッドに上がってお布団を被る。
特筆すべき点はないが、彼の顔は無駄に晴れやかだ。
悩みなどこれっぽちもありません、と言うかのようだ。
「ふぃー!」
愛用のナイトキャップを被るのも忘れない。
すっかり就寝態勢を整えた群馬は、おもむろに枕元に置いてある端末に目を向ける。
「今日はとっても楽しかったね。
明日はもっと楽しくなるよね、トモ太郎?」
驚いたことに、上野群馬は自身の端末にトモ太郎という名前を付けていた!
もちろん、彼にとってこの場でのみ使用する自分だけの秘密だ。
ちなみにトモ太郎のトモは群馬のトモからきている。
「へけっ!」
今にもとっとこ走り出しそうな元気の良い返事が寝室に響き渡る。
当たり前だが、この返事は端末が返しているわけではない。
上野群馬による自作自演である。
上野群馬、20歳、日仏連合指導者にして人類同盟指導者エデルトルート・ヴァルブルク、国際連合元首アレクセイ・アンドーレエヴィチ・ヤメロスキーと並ぶ偉大なる三元首が一人。
大好きなのはヒマワリの種ではなく燃料気化爆弾。
彼の精神的大冒険は公ちゃんずもビックリな程にとどまるところを知らない……
『すまねぇな姫さん、随分と情けねぇところを見せちまった』
『姫様、今回の件、面目次第もございません』
『殿下――』
『姫殿下――』
『姫様――』
歩み寄る妾に、彼らはばつの悪そうな、酷く申し訳なさそうな、悔しそうな表情で口々に謝罪した。
違う。
妾はそんな言葉を言って欲しかったわけじゃない。
妾は、貴方達が無事だったらそれ以上望まなかった。
妾は、貴方達を責めるつもりなんて微塵もなかった。
『でも、本当は姫さん、全部分かってたんだよな』
『姫様は特典で全てご存じだったはずです』
『殿下は全てを知った上で、我々にそれを教えて下さらなかった』
『姫殿下は我々に教えないまま、我々の行動を許した』
『姫様は我々がこうなることを予測していたのでは』
妾を見た彼らの目が、その感情を訴えていた。
違う。
妾が知っていたのは、この階層の情報だけ。
それすら教えたくても教えられない。
妾の特典に設けられた縛り。
貴方達が連合の航空機に紛れ込むなんて予想できなかった。
妾にとっても不測の事態だった。
『姫さんは俺らが邪魔だったのか』
『姫様は私達を切捨てたがっておられる』
『殿下は俺達を捨てて、日仏連合に加わりたいのか』
『日仏連合は特典持ちの姫殿下しか興味がない、我々は邪魔でしかない』
『姫様は私達を切捨てる口実を探している』
違う!!!
そんな訳ないじゃない!!
力不足の妾にずっと付いてきてくれる、貴方達を捨てるなんて、考えたことすらない!
妾が頼れるのは貴方達だけで……!
妾が信じられるのは貴方達だけで……!!
妾がどうしようもなくなった時、何とかしてくれるのは、貴方達だけで――――
『――どうした公女、またODAか?』
『公女、次の目標はラテンアメリカ統合連合だぞ』
『おいおい公女、またアレクセイに苛められたのか?』
『大丈夫だ公女、この程度なら問題ない』
『乗れよ公女、俺の愛機だ』
突然、腹黒そうな顔がよぎった。
心臓がギュッと掴まれる。
思わず息が止まった。
「……妾は、どうすれば」
『へけっ!』
意味不明な幻聴が脳裏をとっとこ走り去っていく……