第四十五話 女傑達の密談
国際標準時 西暦2045年8月18日10時24分
高度魔法世界第4層
人類同盟総司令部
人類同盟が建造した司令部施設の一角に設けられた会議室。
そこには人類同盟指導者であるドイツ連邦共和国探索者エデルトルート・ヴァルブルクと彼女が信頼する者達が集まっていた。
「いよいよ日仏が駒を進めるか」
革張りの椅子に深く腰掛けたエデルトルートが葉巻を燻らせながらポツリとこぼす。
「魔界、機械帝国、第4層ダンジョンを軽々と攻略していくものだ」
女傑と呼ばれる女はそう言って紫煙を吐き出しながら凶相を歪ませた。
彼女の相棒であるガンニョムパイロットのフレデリック・エルツベルガーは、自分の所にまで漂ってきたタバコの煙で嫌そうに顔を顰める。
筋肉の鎧に覆われた2m近い巨体を持つ彼は、タバコも酒も一切手を付けない真面目な健康優良児だ。
「さらにできるようになったな、日仏!」
日本初のガンニョムアニメーションのセリフに肖ったのだろう発言。
そんな彼の言葉が気に障ったのか、エデルトルートの凶相が深まった。
戦略原潜艦隊の司令官でありリベリア共和国探索者アルフレッド・モーガンは、相変わらずなドイツコンビに心底面倒臭いとばかりにため息をつく。
「はぁ、あいつらは元からあんなもんだったろうが……
他の苦労は知らずにいつも突っ走っていく」
本当ならばもう少し腰を据えて攻略に望みたいが、日仏の独走に引っ張られる形で、人類同盟も国際連合も急ぎ足の攻略になりつつある。
戦術のみで勝利をもぎとる日仏と異なり、同盟と連合は戦略で押し切っているため、急ぎ足での攻略は戦費も損害も馬鹿にならないのだ。
そしてその損害を被るのは彼の戦略原潜艦隊の海兵達が主となってしまうのは、どうしようもない現実である。
リベリアという小国の身で、特典と言えど超大国たるアメリカ合衆国の一軍を率いるアルフレッドには、列強諸国からの種々の重圧が常に存在する。
「それで、彼らの次の目標は…… やはり、ここか?」
イタリア共和国の男性探索者エルミーニオ・レオンカヴァッロが、アルフレッドの言葉に取り合わず発言する。
この階層では機甲師団の一つを預かる彼だが、戦略原潜艦隊を率いるアルフレッド・モーガンという小国出身の黒人青年に対して思うところがあるのだろう。
その態度を見ていたギリシャ共和国の男性探索者ホモゲイス・シュードーンは、僅かに眉根を寄せたものの、とやかく言わずにエルミーニオに応えた。
「…… フゥー。
おっ、そうだな、常識的に考えればそうだろう。
アイツの手持ちで航空戦力は少ない。
航空戦が主となる末期世界は是が非でも避けてぇところだろうな」
日仏連合が戦力を隠匿していない限り、同盟が把握している日仏の航空戦力の主力は無人戦闘機72機と無人爆撃機72機のみ。
なるほど、同盟と連合を除けば確かに群を抜いた航空戦力ではある。
だが、数万の天使が飛び交う末期世界で航空戦を行うには心許ない数だ。
勿論、航空戦力を増強して末期世界に挑む可能性も無くはないが、効率を考えるならば現状の戦力で十分な高度魔法世界を優先するだろう。
「いや、あのへそ曲がりの性悪は末期世界にいくだろうさ」
しかし、全探索者中で最高の戦略眼を誇るエデルトルートは違う予想を語る。
「即物的な小物だが、あいつの軍は最強だ。
あれにとって戦術的な攻め辛さなぞ気にもしないだろう」
エデルトルートの言葉に、同盟最強の戦域司令官として軍を率いるホモゲイスが静かに頷いた。
「確かに戦術家としてのアイツは間違いなく歪みねぇ」
「しかし、だからと言って戦力の不足と軍事費については、どれだけ優れた戦術家と言えど関係ない。
それに彼の下には碌な航空戦力を持たない小国がいる。
折角抱えた手駒を活かすためにも、ここに来る可能性は高いと思うが……」
エルミーニオは食い下がるも、彼としてもエデルトルートの戦略眼には一定以上の信頼を置いている。
最後は自信なさげに言葉をすぼめた。
「あの性悪がどういう絵図を描いているかまでは流石に分からんが、あいつはきっと首輪をつけた公女殿下を肥えさせたいんじゃないか」
エデルトルートの言葉に、今まで沈黙を通していた中華民国の女性探索者である袁梓萌が、反応した。
「あのお可哀そうなシャルロット公女を……?
まさか本当に飼いたい訳でもないでしょうに……」
袁はそう言うが、そうなった場合の思考を巡らせる。
やがてなんらかの答えを掴むと、ねっとりと口角を吊り上げた。
「…… ああ、そういうことなのね。
フフ、本当に哀れですこと」
厭らしい笑みを浮かべる袁を見て、アルフレッドは嫌そうに頬を引きつらせた。
「一体どんな悪辣なことを考えついたのやら……」
会話に全くついていけなくなったフレデリックが、アルフレッドの発言に乗っかる。
「やれやれ、エデルトルート・ヴァルブルク、独り善がりな考えを相手に押し付けるな。
どんな小綺麗な言葉を並べ立てても、お前の優しさは偽善だ。優しいふりをして自分が満足したいだけなんだよ!」
なお、絞り出した発言は致命的に最低だった。
彼の横っ面に女傑の拳が突き刺さるまで残り0.7秒。