第二十八話 誕生日大作戦 WHITE
いつもだったらテーブルと椅子だけが置かれていて簡素だった食堂は、今だけはきらびやかな装飾が施され、様々なバルーンアート、イルミネーションが華やかさを演出する。
そしてそんな華やかな空間の中心には、でかでかとその存在を主張する、とある言葉を模ったバルーンアート。
その言葉は勿論————
「Happy Birthday!! タカミネ・ハナー!!!」
パパパパーンッッ!!
大きな声でトモメがそう告げると、食堂にいた全員が一斉にクラッカーを鳴らした。
ああ、うるさい。
自分の身体が泥沼に嵌っているかのように重い。
「—— ぐんまちゃんっ!! みなさんっ!!」
白いのが感極まったかのように口を両手で抑える。
いつもは彼しか見ていないのに、今はよほど嬉しいのか、彼以外にもきちんと目を向けていた。
良かったね。
幸せって感じで。
「高嶺嬢、改めて21歳の誕生日おめでとう」
トモメがそう言って白いのをリードして中央の席に座らせる。
周りにはシャルや美少女1号を始めとした従者ロボットの一団。
みんな楽しそう。
私も言って欲しかったな。
その言葉。
テーブルの上にはパーティーの為に用意した華やかな料理の数々。
白いのは思わず出たと言わんばかりに、感嘆の声をあげて料理のことも褒めている。
いつもなら小姑みたいにブツブツ何か言ってるだけなのにね。
トモメもそんな白いのを見て安心するように笑っていた。
全部、私が作ったんだよ?
トモメに頼まれたから。
あなたの誕生日のために。
気づいてるよね?
絶対。
日本って変わってるね。
自分の誕生日なのに、他人に用意して貰うだなんて。
私は、自分で用意したのに。
食堂のキッチンはカウンターキッチンになっていて、料理をしながらでも食堂の様子が全部分かる。
ここから、白いのが手作業しながら、でも、時々気になって私の方をチラチラ様子見してくる姿を見ながら、料理するのも悪くなかった。
ここから、従者ロボ達が遊んでいる姿を見ながら、料理するのが楽しかった。
ここから、トモメのことを見ながら、料理をするのが、好きだった。
でも……
今は、何も見たくない。
頭の中が暗くなる。
視界の端が黒くなる。
耳が良く聞こえない。
気を抜いたら、その瞬間に何かが溢れそう。
それに気づかれたくなくて。
それに気が付きたくなくて。
下を向いて料理の仕上げに集中する。
丁寧に丁寧に丁寧に。
形が歪まないよう気をつけながら、生クリームを絞り出す。
そういえば、2ヵ月くらい前だったっけ。
私の誕生日。
誰も来てくれなかったけど。
言わなかった私が悪いんだけどさ。
でもしょうがないよ。
あの時は、トモメはスウェーデン人のことで一杯一杯だったろうし。
私が我慢するしか…… ないよ……
手足の感覚がない。
私の身体を呑み込んでいたのは、泥じゃなくて、もっと黒く、暗く、深いもの。
黒い、黒い、黒い。
視界がどんどん黒で塗りつぶされていく。
頭の中がどんどん黒で塗りつぶされていく。
心がどんどん黒で塗りつぶされていく。
黒は嫌いだ。
子供の頃から、私は黒が嫌いだった。
自分の周囲を包み込むどこまでも広がる黒い世界。
呆然とその世界に漂いながら、ふとそんなことが頭に浮かんだ。
まるでここは夢の中。
頭の中に靄がかかったような、上手く回らない思考で漠然と現状を認識する。
私はたぶん、幻覚を見ているのだろう。
五感の全てが黒色に侵食され、私の身体は闇の中に溶けてゆく。
もうどうでも良い。
溶けたものは二度と元には戻らない。
少しずつ削り溶かされてゆく自分の身体。
ぼやけた意識のまま、私はそれを黙ってみているだけ。
他人事のように感じてしまい、僅かな危機感すら浮かばない。
もうどうでも良い。
どうせ、私なんて。
足が溶け、手が溶け、腰が溶けた。
もはや残っているのは胸から上だけ。
達磨となった私は落ちることも転がることもせず、まるで重力なんて存在しないかのように、ふよふよとその場に浮かんでいる。
自分が溶かされてゆく感覚、自分の存在が削られてゆく感覚、自分が世界から消えてゆく感覚。
もうどうでも良い。
どうせ、私なんて、誰も。
別に良いか、私には未練に思うことなんて何もない。
このまま溶け堕ちてしまっても、どこまでも深い黒色に塗りつぶされてしまっても、それら全てがどうでも良い。
首から上しか残っていない私は、ただ全てが溶け堕ちるのを傍観するだけ。
どうせ私が消えても、悲しむ人なんて……
もうどうでも良い。
どうせ、私なんて、誰も気にしない。
でも。
やっぱり。
寂しいよ。
トモメ。
「—— アルベルティーヌ?」
「—— っ」
身体の自由を取り戻す。
視界の黒が一気に晴れる。
頭の中の闇が取り除かれる。
心の黒に光が差し込む。
「トモメ?」
視界一杯に広がるトモメの顔。
気づけば、トモメが私の隣から心配そうに顔を覗き込んでいた。
「どうしたの?」
トモメ?
「いや、そろそろケーキの出番だから呼びに来たんだ」
そう言われて、自分の手元を見てみれば、既にケーキは完成していた。
チョコレートで文字プレートまで作ってる。
我ながら器用なものだ。
「うん、もう、できたよ」
「ヨシッ!
じゃあ、持っていこう」
そう言ってトモメは先導するように、先にキッチンを出て行った。
「もう、勝手なんだから……」
彼に振り回されている自覚はある。
自分が色々と拗らせている自覚もある。
「でも、私の誕生日くらい、気づいて欲しかったよ」
私は無理やり表情を固めてケーキを持って行った。
『ハッピーバースデートゥーユー!』
今、私、ちゃんと歩けてる?
『ハッピーバースデートゥーユー!』
今、私、手が震えてない?
『ハッピーバースデーディア』
今、私、ちゃんと笑えてる?
『ハーナー』
「ハッピーバースデー、トゥーユー」
「おめでとうでござる、白いの」
私も誕生日、祝ってよ。
「………… アル姉様…… ヤバいですわ……」
「———— うん?」
我ながら上出来なお誕生日会も遂に大詰めの時。
ふと、左腕の端末に通知があった。
こんな時になんだ?
『ミッション 【ヤバい忘れてた】
まずケーキを食べて落ち着いて考えましょう
報酬 宅配ボックス 1個
依頼主:ダッセーCEO フィリップ・ダニエル・ジャン・シュバリィー
コメント;6月6日が娘の誕生日だった。先程までは本当に不味い状況だった。フォローを頼(字数制限)』
目の前では、白影が、笑顔で、高嶺嬢に、誕生日プレゼントを、渡していた。
あの誕生日プレゼント、確かフランス政府からだったよな?
みんな忘れてたの?
ヤバい、ヤバイヤー、ヤバエスト。
時系列
2045年6月2日:ダンジョン戦争中、初めての休暇
2045年6月3日:名探偵 爆☆誕
2045年6月4日:はじめてのさいばん
2045年6月5日:シーラ暗殺
2045年6月6日:機械帝国第2層攻略達成 ←白影☆生誕祭
2045年6月7日:爽やかな朝 ←白影☆料理当番
読み返したら第二章第四十六話に伏線っぽいのありました。
3年前の自分は色々考えてたんだなぁ