第五十九話 ゲロと乙女と戦車ダンス
あけましておめでとうございます!
第三世界諸国連合大隊隊長、イロコイ連邦タタンカ・ケンドリックは語る。
「あの時の事か。
ああ、覚えている。
話せば長い。
そう、長い話だ」
同大隊主席参謀、ボツワナ共和国モルラハニ・モディサゴシが遠い目をする。
「知っているか?
優れた戦術指揮官とは3つに分けられる。
戦力を求める奴。
プライドに生きる奴。
戦況を読める奴。
この3つだ。
彼は——」
日仏連合司令部救援のため、襲撃地点へとたどり着いた第三世界諸国連合大隊。
そこで彼らは目にした。
轟音。
地響き。
吹き付ける熱風。
ブルンジ共和国カトリーヌ・サンバ・ボカサは眼前の光景に立ち尽くす。
「まるで天使のダンスね」
その場の探索者達、何の特典も有力な兵装も持たない兵士達の本能がささやく。
逃げなさい。
一刻も早く、この戦場から。
七英雄の一角と謳われた中央アフリカ帝国アニセ=ベデル・トゥアデラは、99名もの探索者が集まった自分達の非力を皮肉気に笑った。
「ジェントルマンがこれほど集まるとは壮観だな」
その空は、翼が群れなす大戦場。
大地を這う無数の地蟲に鳥達が絡めとられる天上地獄。
末期世界第3層人類戦線日本国司令部固有領域、エリアB7R———— 通称『GUNMA』。
日仏連合司令部直卒第一機甲戦闘団、列強と呼ばれた国家の精鋭集団と天使達の決死隊に与えられた決戦舞台。
この戦争にルールは無い。
ただ敵を殺すのみ。
「そんな…… 嘘でしょ。
こんなことって、これじゃあ、あたし達……!」
ザンビア共和国ルイズ・ヴィヴィアナ。チュルが突きつけられた現実を拒絶する。
「受け入れろ、小娘。
これが本当の戦争だ」
七英雄が一角、魔法銃士マミッタ☆マギカであるモザンビーク共和国アルマンド・アントーニオ・モンドラーネは厳しい眼差しで現実を受け入れた。
四方を山と丘に囲まれた盆地状の戦場。
赤黒い大空を天使の大編隊が覆い尽くし、地上では自分達があれほど苦戦した大型兵器が小隊単位で幾つも蠢いている。
正に地獄、決死の戦場、決戦舞台。
3個機甲連隊が無数の陣地を形成し、夥しい火線を四方八方の敵に向けて振り撒く。
曳光弾が空を彩るたびに白い翼が赤へと色を染めながら墜ちていき、鈍色の巨大人形が轟音を立てて崩れ去る。
ハッピー・ノルウェー草加帝国スティーアン・ツネサブロー・チョロイソンはぼやく。
「俺達全員でかかってようやく倒せたデカブツが、ここじゃあただの雑兵かよ」
頭部に榴弾砲が直撃し、腹をロケット弾で吹き飛ばされ、足を戦車砲で射抜かれた巨大な金属製の人体部品が至る所に散らばっている。
戦場さえ違えば一騎当千の力を発揮できた兵共の無残な亡骸。
その死さえ感傷にひたることもなく、新たに生み出された残骸が積みあがるのみ。
ルクセンブルク大公国第一公女シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザベード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソーは、眼下に広げられた戦場風景に感嘆と悔しさ、驚愕と嫉妬が複雑に入り混じる。
「貴方達、よくよく目に焼き付けておくことですわ。
周辺の地形、戦場の要衝となる場所へ的確に設けられた火力陣地。
敵を確実に包囲し、あらゆる場所で十字砲火を実現せしめた戦術陣形。
これ以上ない程の適切なタイミングで届けられる援護砲撃。
エパメイノンダス、ハンニバル、韓信、カエサル、アッティラ、カール大帝。
人類史において幾多の戦術指揮官が至ろうとして、遂には数名しか至ることのできなかった戦術における一つの極致。
貴方達の目の前に広がる光景は、あの男が描き上げた戦場図は、そういうものですのよ」
悔しいですが彼の下で戦えるほど安心できる戦場は無いでしょうね、そう言った己の忠誠を捧げる少女の姿。
悔し気で、悲しげで、隠しきれない憧憬を感じるその姿に、ルクセンブルク大公国ウォルター・アプシルトンは思わず唇を噛んだ。
「これがトモメ・コウズケ。
人類の最先鋒にして最精鋭、たった2か国で三大勢力の一角に居座る日仏連合を率いる男」
大小さまざまな瓦礫が散らばる都市戦、岩や崖が点在する山岳戦、倒木や緩んだ地盤が至る所にある森林戦。
そのような無限軌道では踏破できない戦場で戦うため、あらゆる地形を踏破するために開発された多脚戦車。
複雑に稼働するその四肢は如何なる悪路でも踏破せしめるが、決して飛び跳ねるようには造られていない。
しかし、その戦車は違った。
舞う、舞う、舞う。
踊る、踊る、踊る。
くるくると。
ひらひらと。
戦場と言う舞台上を舞い踊る一両の多脚戦車。
戦車にしては主砲がなく、装甲車にしては電波装備が多い。
たった一両だけの戦闘指揮車。
車内がどのような惨状となっているかは全く分からない。
戦場のど真ん中にありながら、敵弾がかすめることすら許されない立体機動。
その姿、正に人馬一体。
それを護るのはこの戦場にあって唯一陣地を持たない機甲部隊。
指揮官と共に縦横無尽に駆け抜ける最古参の最精鋭、司令部直属第一機甲大隊。
1両の戦闘指揮車、4体の従者ロボ、36両の無人戦車で構成された戦力は、卓越した戦術機動で迫りくる大型兵器の小隊を、天使達の中隊を、ボスらしき風格の大天使を次々と撃破していった。
国際標準時2045年7月13日10時18分、日仏連合機甲部隊、敵強襲部隊を壊滅せり。
幾多の躯で赤黒く染め上げられた大地。
そこかしこから黒煙が立ち昇り、肉と火薬の燃える臭いが辺りに充満する。
敗者に死を、勝者に生を齎した決死戦の跡地にて。
指揮官でありながら常に戦場を駆け抜けた1両の多脚車両が、関節部の摩耗に耐え切れず遂に擱座した。
彼と共に戦った麾下の無人車両は既に無く、4体の機械人形が付き従うのみ。
孤高の指揮官は勝者でありながら膝を折る。
空は分厚い雲に覆われ、僅かな光が煤まみれの車体に降り注ぐ。
武骨な鉄の塊でありながら、激戦を潜り抜けた風格がその姿を一個の芸術へと昇華せた。
ドゴンッッッッ!!!
突如、戦闘指揮車の砲塔ハッチが吹き飛んだ。
それはまるで己の勝利を主張する龍の咆哮。
天高く、どこまでも高く飛んで行く鋼鉄製のハッチ。
ぶちぬかれた風穴からにょっきり現れるは黒と金、異なる色の長髪を持つ絶世の美少女。
陶器のように白い肌を病的なまでに青白くさせた彼女達。
「彼女は……」
「知っているのか、モルラハニ?」
「彼女はヒト型決戦兵器と呼ばれた狂戦士。
彼の相棒だった女」
「あの人は……」
「知ってるのかい、姫さん?」
「あの人は白影と呼んで貰いたいNINJA。
私の御婆様の姉の孫、つまりはとこですわ」
幾多の生命を吸い込んだ一陣の熱風が通り過ぎる。
たなびく濡れ烏と金紗の絹。
高嶺華。
アルベルティーヌ・イザベラ・メアリー・シュバリィー。
二人のうら若き乙女は————
白目を剥き出しにして盛大に吐き散らかした。
それはクジラの潮吹きのような、出来の悪い噴水のような。
見る者によって感じ方は異なるが、それはもう見事な吐き散らかしだったそうな。
末期世界第3層第一段階作戦。
戦果
・ 天使 1個旅団…… 消滅。
・ 大型兵器 1個連隊…… 消滅。
損害
・ 35式無人多脚戦車 42両…… 全壊
37両…… 擱座(後に破棄)
96両…… 中破
・ UM1A2アイゼンハワー 96両…… 全壊(部隊消滅)
・ 同盟製無人機銃座 36基…… 全壊(部隊消滅)
・ 42式無人偵察機改 29機…… 撃墜
・ 35式戦闘指揮多脚車 1両…… 洗車設備の不備により廃車処理
新年早々ヒロインズのゲロインデビュー!
今年も本作を宜しくお願い致します!