第二十九話 4体のガンニョム
全てを呑み込む地響きと共に、幾多の塔、堡塁を擁する星形城郭が崩れ落ちてゆく。
高嶺嬢と白影によって半壊状態ではあったが、それでも全体が倒壊してしまうほどの被害はなかったはずだ。
それにもかかわらず、敵の前線基地は崩壊の一途を辿っていた。
基地の各所には未だに少なくない敵兵が取り残されており、崩落する基地で右往左往している。
落ちてきた瓦礫で潰れ、崩れる足場と共に墜落し、至る所から噴き出す炎に焼かれる彼らは、きっとこの世の地獄を味わっているに違いない。
もうすぐ天に旅立つであろう彼らの表情を確認し、俺は手に持つ双眼鏡をそっと下ろした。
視界が遠く離れた敵前線基地から、古錆た民家の窓辺に移り変わる。
「敵基地の崩壊は確定した。
これ以上は時間の無駄だ」
俺の近くで警戒していた2体の従者ロボに声をかければ、彼らは床に降ろしていた荷物を抱え上げた。
地響きを立てながら敵前線基地が崩壊を始めた時は、第2層のようにガンニョムでも出てくるかと思ったが、なんてことはない。
さっさと補給拠点で幼馴染達と合流しよう。
そう思ってさっさと部屋を出て行こうとする前に、なんとなくもう一度双眼鏡で敵前線基地を覗いてみた。
すると、どうしたことでしょう。
今まで崩壊するばかりだった星形城郭の中心部に、なんとガンニョム擬きが2体いるではありませんか。
「おやおや?」
一旦、双眼鏡から目を離してからもう一度覗いてみる。
2体のガンニョム擬きは少し目を離した隙にトマホークを両手に持っていた。
「ほーん?」
眉間をよく揉んでから双眼鏡を覗いた。
2体のガンニョムが崩壊した防壁を乗り越えて市街地に進撃を開始していた。
「…… こりゃあ参ったね」
ゴゥゴゥゴゥゴゥゴゥゴゥゴゥ……
遠くの方、このダンジョンに存在するもう一つの前線基地の方からも、間延びした地響きが聞こえだした。
どうやらあちらでもガンニョム擬きが出撃するようだ。
ガンニョム2体が2セットで合計4体。
そいつら皆で大暴れってか?
とっても素敵ね!
すかさず俺は無線機の通信相手を全員に設定。
「こちら上野、全員直ちに最終集結地点まで後退せよ。
繰り返す、全員直ちに最終集結地点まで後退せよ」
各地で戦闘を続ける高嶺嬢や白影達に指示を出す。
それと同時に、タブレットを操作して対空させている無人機の一部に航行指令を発令。
航路は勿論、ガンニョムの周りをぐるっと回ってからの、人類同盟の担当戦線へ直進コースだ。
全環境迷彩はちゃんと人類同盟に見つかる前に作動するよう設定しておく。
日頃迷惑をかけている分、俺達チーム日本からのプレゼントってやつかなっ!
同盟の面々の薄汚い面が目に浮かぶようだ。
俺を胡散臭そうに見るエデルトルート、微妙に怯えた目で見る自称ガンニョム、野獣のようなホモゲイス、敵愾心剥き出しの反日国、なんだかんだで友好的な親日国……
ふふふ、みんな喜んでくれるかなぁ?
「…… よし!
これで完璧だな。
俺達も集結地点へ急ごう」
集結地点は現在地から北に直進距離でおおよそ5㎞ほどの場所。
当たり前だが既に制圧済み場所なので、近づくにつれて敵は少なくなる筈だ。
しかしそれでも入り組んだ市街地を進む都合上、何の障害がなくても4時間程度はかかってしまうだろう。
まして今は敵ガンニョムの出現により、敵がどのような行動をとるのか予測が難しい。
順当に考えればガンニョムと足並みを合わせて反攻作戦に転じるのだろうが、敵の通常兵器はどう見ても第二次世界大戦レベルでしかない。
ガンニョムとは技術水準が違い過ぎて、連携をとるのは至難の業だ。
航空戦力が上空から援護する程度が精一杯なんじゃないか。
従者ロボに護衛されながら今までいた廃墟を出れば、心なしか戦場の雰囲気がより重くなったようなやっぱりなっていないような、そんな感覚に襲われた。
今朝から降り続けている雪はその勢いを強めており、もはや吹雪と言って良い。
ホワイトアウトするほどではないものの視界は悪く、身体に叩きつけられる雪と風は体温を容赦なく奪っていく。
索敵スキルやタブレットによる地形把握が有っても、下手をすれば遭難しかねない状況だ。
少なくとも高嶺嬢は間違いなく遭難するだろう。
まあ、彼女なら勘だけでゴールまで辿り着けそうだけど……
ホモゲイスから借り受けた幼馴染と委員長は、あれで戦場のスペシャリストだし道に迷うことは無い。
白影に至っては空を飛べる。
なんたってNINJAだからな!
あれ?
こうして考えると、今の状況で命の危険が最も高いのって俺じゃない?