第二十四話 北部戦線異状無し
白雪に沈む灰色の工業都市。
連続する砲火と絶え間なく響く銃撃音の戦場音楽が、都市が纏う沈鬱な空気を支配する。
無人機銃座が亜人共を薙ぎ倒し、無人戦車の一群が大地ごと対戦車地雷で消し飛ばされる。
至る所で赤と黒の旋律が絡み合い、幾多の命と機材が失われてゆく黙示録の光景。
魔法と科学の血生臭い交差。
しかし、長らく続いたその光景は、ある戦線で大きく様変わりしていた。
『———— 第12歩兵大隊、連絡途絶』
『第117から144区画のトーチカ群、沈黙しました』
『増援に向かっていた第43装甲中隊、応答ありません』
『っ、なんだ、あの化物は!?』
『弾幕を展開しろ!!』
『駄目です! 突破されます!!』
『総員着剣!!』
火薬カスと土埃に汚れ黒ずんでいた雪が、夥しい塗料で朱く塗りつぶされる。
戦場に漂う硝煙と瓦礫の臭いは、瞬く間に鉄錆た瘴気に汚染され、兵士達の精神に凌辱の限りを尽くした。
「ヘイヘーイ!
ピッチ上げていきますよー!!」
戦場に場違いな鈴音の声が響くと共に、この世の地獄がまた一つ生み出されてしまう。
全身を敵兵の血で朱く染め上げた乙女は、禍々しく朱く濡れた大太刀とその強靭な手足で目に付く全ての命を悉く収奪する。
『うわっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ』
狂乱する若い兵士の頭蓋を生きたまま握りつぶし。
『こんなところでぇぇぇ、こんなどごろでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』
後悔と恐怖に絶叫する古参戦車兵を戦車の砲塔ごと引き抜き。
『せめて共に死んで貰うぞぉぉ!! 化物がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
自らを起点に爆裂魔法を構築した高位魔導士を、発生した爆圧ごと叩き斬った。
「魔界の化物共はもっと歯応えありましたよー!
あなた達の全てを賭けてみなさーい!!」
都市の一区画を吹き飛ばし、轟々と燃え盛る炎の中から現れる朱い乙女。
その姿は屈強な兵士達の心を圧し折り、この世ならざる恐怖と狂気を伝播させる。
この日この時この瞬間。
戦場から勇者は消え去り、狂人だけが残された。
「———— 流石にアレはドン引きでござるね」
「ひょぁっ!!?」
背後からの突然の声。
驚いて振り返れば、全身黒尽くめの小柄な少女、NINJAマスター白影が腕組しながら遠目に見える地獄絵図を眺めている。
「な、な、なんでこんな場所にいるのっ!?」
『水筒に飲み物を入れてくれる美少女(幼馴染)』であるあたしの心には驚きしかない。
あたしが今いる場所は市街地の中でも高めの建物、その屋根上にあるドーマーの影。
敵に見つからないよう潜伏は慎重に行っていた筈なのに、目の前のNINJAマスターはそれを見破り、剰えあたしに気づかれることなく真後ろに陣取っていた。
「拙者の仕事はもう終わったゆえ」
そう言って指さした方向に顔を向ければ、見渡す限りの建物から黒煙が吐き出されている。
至る所に転がる黒い人型は、まあ、そういうことなんだろう。
「ず、ずいぶん早いんだね」
戦闘開始からまだ1時間も経っていない。
それなのに彼女は、川岸付近に展開していた1個大隊を既に壊滅させていた。
あたし達人類同盟が保有する航空戦力の全てを投入し、少なくない犠牲を払って獲得した戦果。
それと同等の物を彼女は僅かな時間で達成した。
「残虐性ではあの女怪に劣るが、広域殲滅力と速さなら拙者だって負けておらんよ」
カッカと笑う彼女からは、まるで気負った様子は感じ取れない。
目の前の身長150㎝程しかない少女が眼下の惨状を作り出した張本人だとは、ヘリから緒戦の様子を見ていなければとてもでないが信じられなかっただろう。
「ハナちゃんを手伝いには行かないの?」
「アレが助力を必要に見えるか?」
遠目に見える街並みは、道路から屋根まで全てが朱く染まっていた。
時折、重さ数十tの敵戦車が屋根よりも高く飛んでいく。
「必要なさそうだね」
なんだか現実が嫌になって上を見上げれば、トモメ君の操縦するヘリが敵戦闘機と熾烈な空中戦を繰り広げている。
1個飛行隊36機のレシプロ機が、たった1機の回転翼機に翻弄されている様は圧巻の一言。
幾多の火線を紙一重で避け、幾重もの包囲を軽やかにすり抜けていく空中機動は、その全てが神業。
まるでダンスのような一つの芸術。
「トモメ君も凄いね。
もしかしてこの戦争に巻き込まれる前は、有名なパイロットだったり?」
「いや、自動車免許しか持っていない普通の大学生だったそうな」
「そっかぁ」
日本の大学生ってすごいんだなぁ。
「ちなみに拙者は飛び級で既に博士号を持っているのでござるよ」
「そっかぁ」
その格好で言われても説得力ないねぇ。
あたしの反応が不満なのか、NINJAマスターはまだ何か言いたそうだった。
空では頭の可笑しい曲芸飛行を披露している。
地上では狂気をばら撒く地獄絵図が展開されている。
「…… ホモ野郎、戦争って、悲しいんだね」
女に対してはやたらと事務的に接する上官の顔が、やけに懐かしく感じた。