第二十二話 野獣で兄貴なイイ男
「まずは自己紹介とイコうか。
オレはホモゲイス・シュードーン、ギリシャ共和国の探索者さ。
これでも一応、特典持ちだぜ」
そう言って花柄の水筒をポンと叩く彼は、タフネスと言う言葉を体現したかのような筋肉モリモリマッチョマン。
角刈りのような茶髪は、逞しい笑顔とともに頼りがいのあるナイスガイを演出する。
思わず兄貴と言ってしまいそうなイイ男だが、ブラウンの瞳には野獣の如き闘争心が秘められていた。
こいつはヤバい。
ヤバい、ヤバイヤー、ヤバエスト!
久しぶりに登場するヤバいの三段活用が、俺の精神面での混乱を表している。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、彼はじっくりと俺を見つめた。
「イイ目をしている、歪みねぇな。
なあ、兄弟、お前の名をその艶のある口から聞かせてくれねぇか?」
聞く者の心を落ち着かせる、重厚なバリトンボイスに俺の口は自然と開いてしまう。
「…… 知ってると思うが、日本の探索者トモメ・コウズケだ。
同盟とは比べ物にならない小勢力でね。
この階層にも後参者で準備も不十分。
お手柔らかによろしく頼むよ」
一度口を開けば、息を吐くかのように建前が出てくる。
ホモゲイスは苦手だが、俺には常に日本国民1億3000万がついてるんだ!
こんな奴になんて絶対に負けない!!
「ん?
俺が聞いてることとは随分違うなぁ」
彼の瞳が細められる。
まるで野獣に目を付けられてしまったかのような威圧感。
背中から嫌な汗が止まらない。
なんなんだコイツは!?
「他人からの評価と当人達の実情は、大抵が異なっているものだよ。
エデルトルートにも言ったが、俺達は君達が期待しているほど万能ではないということだ」
これであしらえたら今日と言う日を神に感謝しよう。
「夜な夜などうしようもない事をする余裕はあるようだがな」
エデルトルートの茶々が入る。
やってくれたなぁ、エデルトルート…… もう許せねぇからなぁ?
顔面凶器を睨みつけてやりたいところだが、目の前のホモゲイスがそれを許さない。
彼はエデルトルートの言葉に便乗することもせず、静かに俺を見据えてくる。
それが単純に恐ろしい。
「…… フゥー。
兄弟にも色々と事情があるんだろう?
それはできる限り尊重してヤリてぇ」
ホモゲイスから譲歩の言葉。
纏う雰囲気も心なしか柔和なものになり、こちらを労わる気配が伝わる。
そんな彼とは打って変わって、まさか出てくるとは思わない譲歩に、エデルトルートと袁は目を剥いていた。
彼女達は彼が本気で譲歩しようとでも感じているのか?
しかし、俺にはどうしても彼から闘争心が微塵も収まっていないように感じた。
理屈ではなく、上野群馬という一人の男として、そう感じたんだ。
ゆえに、俺は沈黙によって彼の言葉の先を促す。
「………… だがなっ!
俺は知っている。
兄弟、お前が3日で人類初の勝利を成し遂げたことを!
5日で1個師団が籠る要塞を陥落させたことを!!
4日で1個師団の化物を皆殺しにしたことを!!!」
実際に殺ってるのは俺じゃなくて狂戦士とNINJAだけどね。
「なあ兄弟、お前達がここに来て何日目だ?」
うわ、それを言われるとキツい。
「いや、このダンジョンは他とは違って後参者だ。
本格参戦する前に情報収集をやったりと気を遣うんだよ」
咄嗟に出てくる建前。
「必要ねぇ」
バッサリと切り捨てられた。
「俺達がこの階層で得た情報、今後の作戦行動は全て見たけりゃ見せてやるよ」
…… 嘘だろ?
俺が同盟指導者のエデルトルートに顔を向ける。
「ホモゲイスの言葉は私の言葉だと思って貰って構わない。
人類同盟は日仏連合に対し、この階層における全情報を開示しよう」
同じ人類同士とは言え、利権でも政治でも対立している勢力に対しての軍事情報の全開示。
この交渉に対する人類同盟の本気度合いがようやく分かった。
2体の生物兵器を連れて来なかったことを今更ながらに後悔する。
「情報だけ貰ってもどうにもならないよ。
俺達の頭数はどうなろうとたったの3人。
戦線を支えるなんて、物理的に無理だ」
「無人戦車1個連隊と無人機銃座48基を運用設備、必要物資ごと譲渡する」
おいおい、ちょっと待て。
無人戦車100両と無人機銃48基とは結構な支援だぞ。
しかも運用設備と物資もまとめてだと、2億$近い金額になる。
まあ、2億$、日本円で200億円なんて祖国からのミッション1つ分の価値もないが。
「そんなものを貰っても無理なものは無理だよ。
そもそも俺達にとって割に合わない。
自分達で勝手に戦線を拡大したのだから、自分達で後始末を付けてくれ」
根拠地内の武器屋では、地球世界の兵器は基本的に自国製の物か自国で使用されている物しか販売されていない。
人類同盟の無人兵器を得られるのは、その点では魅力的だが、無人兵器自体は日本製やフランス製の物をいつでも購入できる。
それらは人類同盟の物よりも性能的には劣ってない以上、ここで無理に無人兵器を手に入れる必要はない。
「お前達の担当する戦線の敵兵力が殲滅されたなら、階層ボスの討伐を認めよう」
うん?
結構魅力的な提案だ。
「兄弟、お前は戦線維持に参加しないまま、好きに戦場を荒らしていて本当にイイのか?
といっても元は俺達の島だ。
他人の島で不安な気持ちもわかるが、男は度胸だ!
何でも試してみるもんさ」
また人聞きの悪いことを……
俺達を盗人のように言うのは止めて欲しいものだ!
だが、ホモゲイスの言い分にも理はある。
確かに義務である戦線維持を放棄して、戦場であれこれやってたら外聞が悪い。
元々この階層が人類同盟の管轄とはいえ、共有設備も使用しているし、多少は手伝わなければ他国からの非難材料になってしまう。
それが今ならある程度の軍事費を節約でき、同盟の軍事機密も手に入れられ、階層ボスを討伐しても文句は言われなくなる。
こう考えると、こちらの利益が相応に考慮された提案だ。
同盟の考えに乗るのは癪ではあるものの、それで不意にするには随分美味しそうに見えてしまった。
「…… 作戦地域における指揮権も欲しいな」
俺の欲張りな提案にエデルトルートの顔が露骨に歪んだ。
軍の指揮権を手放したがる人間なんて存在しない。
俺だってこの提案がそのまま受け入れられるとは思っていない。
だが、これをとっかかりに出来れば更なる譲歩を引き出したいものだ。
「ところで俺の水筒を見てくれ。
こいつをどう思う?」
ホモゲイスがいきなり話を変えてきた。
あからさまな逃げだが、彼はそんな簡単に逃げるようには思えない。
何かしらの意図があるのか?
「普通の水筒のように見える」
何の捻りもない返答に、ホモゲイスが残念そうな顔をする。
何故だか身の危険を紙一重で避けた安心感が湧き上がってきた。
なんだなんだ!?
俺は一体ナニに襲われそうだったんだ!!?
「確かに普通の水筒だ。
だが、紛れもなく11個存在する特典の1つだ。
お前も特典持ちだろう?」
「そうだけど」
「俺は指揮権なんて持ってない」
「そうなの?」
如何にも兄貴っぽい雰囲気出してるから、ある程度の人数を任されるのかと思ってたよ。
「でもな、俺が誠意を尽くしてタノめば、ちゃんと言うことは聞いてくれるぜ」
ウインクと共に送られたホモゲイスの言葉。
お尻がキュッと窄まった。
「つまり指揮権は渡せないけど、要請には最優先で従ってくれるのか?」
ホモゲイスの野獣のような暑い視線から逃れるように、エデルトルートに顔を向ける。
「事前にこちらへ伝えてくれれば、可能な限り要望に沿う形で近隣部隊へ指示しよう」
エデルトルートから得られた妥協案。
ここが限度かな。
両国の国民が見ている中で、これ以上駄々を捏ねれば外交失点だ。
「分かった。
この案件は一旦持ち帰らせて貰うが、今の条件で承諾できるよう努力する」
それでもせせこましく無意味な時間稼ぎ!
しょうがないよね、人間だもの。