第二十一話 裏方の交渉
6月28日、俺達チーム日本が高度魔法世界第3層で初の作戦行動をとってから5日目。
俺達は夜な夜な敵中の市街を探索しているため、日中は専ら事務作業や根拠地に戻って休息していた。
ただ、仮にも人類同盟と同じダンジョンを共有の設備を用いて攻略している都合上、どうしても彼らと打ち合わせや交渉を行う必要が出てくる。
そういう時には高嶺嬢や白影は役に立たず、俺が出張らなければならない。
現在俺が参加している会議もそうした中の一つだ。
共有飛行場に隣接して建造された人類同盟の拠点。
航空機の格納庫や対空陣地、管制塔など様々な設備を集約させた一大拠点。
ダンジョン攻略における同盟の司令部が置かれているこの拠点は、前線に出向かない同盟上層部が常に滞在している。
そこの地下3階にある会議室に俺はいた。
有機EL照明に照らされた白を基調とする簡素な室内。
先程までこの階層を攻略している勢力の幹部が一堂に会して、今後の戦略検討会を開いていた巨大な会議室には、今は俺を含めて数名の男女だけが席を囲んでいる。
第三世界諸国や同盟の中堅メンバー以下を退室させた今、室内には俺と同盟幹部しか存在しない。
「会議の後にわざわざ残って貰って悪いな」
ドイツ共和国探索者にして同盟指導者エデルトルート・ヴァルブルクが、欠片も悪いと思っていない厚顔でのたまう。
腰まであるポニーテールは照明を反射してキラリと輝き、長鉈のようなキッツイ碧眼が俺を見据えた。
「他のメンバーを帰らせて、たった3人しかいない極小勢力の俺と話なんて……
一体何の用なんだ?」
厄介ごとの臭いしか感じないので、さっさと帰りたい空気を醸し出す。
もしかして夜に戦場からコソコソと敵の魔道機器を強奪していることに感づかれたか?
「はっ、あなた達が極小勢力?
面白い冗談ね。
極道勢力の間違いじゃなくって?」
2週間前の国際裁判で同盟側の中心人物だった中華民国探索者、袁梓萌が俺の言葉に茶々を入れてきた。
ボブカットの黒髪がサラリと揺れ、ねっとりとした垂れ目が俺をねめつける。
裁判で俺と敵対していたせいか、彼女は俺にいちいち突っかかってくる。
恐らく俺達チーム日本のことを敵視しているのだろう。
俺としても、友好関係にあったスウェーデン王国探査者アルフとシーラを暗殺したであろう彼女の存在は、面白いものではない。
「それを言いたいがために俺を残したのか?
なら要件も終わったことだし、失礼させて貰おう」
だが、彼女の言葉をただ聞き流すだけというのもつまらない。
俺は不快感を滲ませながら、席を立つふりをする。
出来ることならこのままお家に帰りたいが、それは流石に許してくれないだろうな。
「待て待て、まだ話は始まってすらいないぞ!
お前と袁の関係を人類同盟と日仏連合の話し合いで議論する気はない」
案の定、エデルトルートから制止がかかる。
ついでに中華民国との確執を、人類同盟とは別問題であるという発言もしっかり付け足しやがった。
冷たい女だ。
不満そうな袁だが、状況は分かっているのか何も言わず押し黙る。
あちらが先に引いたので、こちらとしてもいつまでも怒ったふりはできない。
俺はやれやれと、さも譲歩するかのように座り直した。
エデルトルートは疲れたのか大きく息を吐く。
「話が変に拗れると面倒だ。
簡潔に言おう。
現在同盟と第三世界諸国連合が全域をカバーしている前線。
その一部を日仏連合にも加わって貰いたい」
うわ、絶対やだ。
「たった3人の勢力に何を言っている?
それに、同じ階層にいるとはいえ、我々はまだ攻略に直接参加していない」
同盟と亜人共との泥沼の市街戦に巻き込まれるなんざ、ごめんだね!
対外的には、俺達がやってることは偵察活動だけだし、攻略に本格参戦はまだ控えたい。
「たった3人で、どこよりも早くダンジョン第3層を制覇したお前達が言っても説得力はないな」
エデルトルートの呆れたような視線。
ちょっと恐い。
これだから顔面凶器は困る。
高嶺嬢や白影の可愛い顔を見習えや!
「魔界とここは違う。
俺達に広範囲の市街地に分散する敵を押し留める用意はできていない」
「夜な夜な何かをしているようだが?」
鋭い指摘が俺の脇腹を刺しに来る。
俺達が何をやっているか、具体的な把握はできていないのだろうが、薄々察していることだろう。
まあ、それを馬鹿正直に認める訳がない。
「周辺の偵察、異世界における自然環境や文明の調査などだ。
今後のダンジョン戦争を有利に進めるため、地道に活動しているに過ぎない」
嘘は言ってない。
敵の市街地を超低空飛行で偵察し、魔道機器を強奪することで敵の技術などを調査している。
どれもが今後の戦争遂行を有利に進めるために必要であり、ついでに我が国の国益を確保しているだけだ。
しかし、エデルトルートや袁は俺の説明に納得いかないらしい。
エデルトルートは凶貌を深め、袁は視線の粘着性を高めた。
「人類同士、共に協力して戦うという選択肢があなた達にはないのかしら?」
最初に人類間の関係に楔を打ち込んだ袁が、全国民に見られているという状況下では中々に厭らしいジャブを放ってきた。
普通ならば鼻で笑って流す発言。
しかし日独中プラスアルファの国民、数億人の人間が見ている中だと、極めて答えに窮する発言となる。
まあ、どうってことないけど。
そもそも派閥が違うしな!
「君達は協力して戦うという言葉の意味を履き違えてないか?」
エデルトルートの顔が面倒臭そうに歪む。
また始まったよ、コイツ、という内心が顔に書いてやがる……!
でも俺の口は止まらない!
ごめんな。
これ、国際政治なんだわ!
「今、君達人類同盟がどのような状況にあるのか詳しくは分からない。
だが、その状況に進んで嵌りに行ったのは、間違いなく君達だ。
俺はいたずらに戦線を広げることも、無謀な突出部を作ることも、貴重な特典持ちを一部の前線にずっと張り付け続けることも了承していない」
否定もしなかったけどな。
そもそも無関心だったし。
「他にもっと良い戦い方がいくらでもあっただろう!?」
少なくとも俺は思いつくどころか考える気もないけど。
「なぜ、態々俺達がお前達の尻拭いで、構築するつもりもなかった無駄に広い戦線を一部とはいえ負担しなきゃならないんだ。
人類同盟には責任と言う言葉がないのか?」
あー、すっきり!
最近は口が良く回りますわ!!
よしよし、これだけ言えば良いだろう。
では、トドメと行きますか!
「とにかく、我々日仏連合はまだこの階層に本格介入するだけの準備は整っていない!
何を言われようと、戦線の負担どころか正面切ってのまともな戦闘も難しい!!」
しゃあ!!
決まったぁ!!!
会心のしかめっ面でエデルトルート達を見据えれば、彼女はおもむろに同席していた男の肩を叩いた。
「見ての通り、手強い性悪だ。
まあ、頑張りなよ」
今まですっかり空気だった男が、ズイッと前に出る。
「ああ、誠意を尽くすさ」
そう言ってエデルトルートと入れ替わって俺の正面に座る男。
「初めましてトモメ・コウズケ。
ここからはオレが対応させて貰う」
ガチムチマッチョマンのイイ男が、歪みなく俺と正対した。
可愛らしい花柄の水筒を肩にかけている。
俺の背筋にゾワッと悪寒が走った。
実は第一章第十七話でチラッと登場しています。