第六話 雑魚でも邪神はおそるべし。
「おう、来たか!もう始めてるぜ!」
とてつもない広さを誇る女神様印の露天風呂。
その中央にある白色のお湯にお盆を浮かべ、
レオがブンブンと手を振ってきた。
メリー君も一緒だ。
美白の湯、とか書いてあるんだけど。
ぷぷっ。レオには似合わなすぎ!
そしてメリー君には似合いすぎ!
「お待たせ。リンさんとフレイ先生は?」
「リントブルムさんはマグマの湯、フレイさんは森の湯へ行ってますよ。
それぞれ温泉を十分楽しんだら、ここへ集合して酒盛りをする感じですね。」
「なるほど。2人はもういいの?」
「俺は酒が飲めればいいからなぁ。メリーはこの湯でいいんだろ?」
「はい。僕はここのお湯が一番好きなんです。」
さすがメリー君。女子力高い。
ていうかその湯浴み着も、女の子用だよね?
うわぁ、お酌している姿が萌える。
エイアさんとクズノハ姉様もこのまま酒盛りに参加するらしい。
女神様は打たせ湯へ。
なんでも数日前に肩こりの邪神と激戦を繰り広げてきたらしく、
呪いのせいで肩こりがひどいのだとか。
腐っても神の呪いなので回復魔法も効かず、
じっくりと治すしかないらしい。
雑魚っぽいけど地味に嫌な邪神だね。
ジルさんは・・・
「ユウ、一緒にリンスの湯にいかないか。
よかったら、尻尾の手入れをさせてくれると嬉しい。」
「わふ?」
「モフモフしたいのだ。」
「あ、はい。」
ドストレートだった。
凛々しくかっこいいジルさんだけれども、
湯着のチョイスを見てもわかる通り、実はかわいい物が好きらしい。
眷属のモフ率は非常に高く、
中でも犬系の種族が一番のお気に入りなんだとか。
王族の長として、人前でモフモフするわけにもいかず、
普段は寝室で眷属達を抱きながら寝るのだけれど
最近は忙しくてほとんどモフれていなかったみたい。
「本当はメリークスもモフりたいのだが、
さすがにセクハラになるからな・・・。」
「ですよねー。」
メリー君は天羊。
お尻のほうに向かって垂れる小さな尻尾を愛でるのは、
色々な意味で危険だ。
ところでリンスの湯ってなんだろうか。
ジルさんに聞いてみると、その名の通り
リンスをほどよく薄めた毛にも肌にも優しいお湯らしい。
傷んだ髪や毛を癒し、潤いを与えて保湿する。
ポーションも含んだ女神様印の特製温泉なんだとか。
以前、乾燥肌の邪神と戦った後に設置したんだって。
なんか、微妙に嫌な邪神が多いね?
白く濁った、トロトロとしたお湯で
軽く腕に塗ってみるとぬるぬるつるつるする。
けれどもピリピリしたりは全然しない、肌に染み込む優しい感じ。
しかし、肌にも毛にも優しいってどういうことなんだろう?
まぁいっか。女神様印だし。
温度は少しぬるめで、ゆっくりまったりできる感じ。
トロトロしたお湯は保湿効果も抜群で、
全身パックしたように身体の芯から温まってくるんだとか。
はふぅ、これはこれで・・・気持ち良い。
「中々良いお湯だろう?
それに、このお湯に浸かった尻尾は、手触りが最高なんだ。」
「ふむふむ?」
リンスを塗りたくった髪と思えば、そうなんだろうか。
お湯に浸かりながら、ぬるぬるのつやつやだ。
モフモフとは少し違う気がするけれど、
確かにこの感触は癖になる。
いつまでも撫でていたくなる毛質でござる。
ケモナーの新たな可能性を感じる・・・!
「ふふふ。もちろん風呂上りに乾かした後の毛並みはすごいぞ。
どんな荒れた毛をした獣でも、ふわっふわのモフモフになるからな。」
「それは楽しみ!」
猫を洗って、ドライヤーで乾燥したあとのモフモフ感は最高だ。
特にお腹の柔らかい毛とか、至高ですらある。
それに、とっても良い匂いがしそうだ!
私は特にケモナーでもないんだけれど、
それでもとても魅力的に感じる。
一流のケモナーならきっと垂涎の逸品なんだろう。
なんとなく、ジルさんの尻尾を見つめる目が鋭くなってる気もする。
どうぞどうぞ、こんな尻尾でよかったら好きにモフってくださいな。
尻尾を生贄に捧げ、ジルさんにモフられながらしばしまったり。
王族ってやっぱり大変なんだねぇ。
あーだこーだと日頃のストレス話を聞き流しながら、
心地よいお湯の中で優しく尻尾をモフられて、
ついウトウト。
ここは天国か。
頭も撫でてくれて一向に構わないんだぜ?
ぐいぐいと頭をこすり付けてみたら
モフモフになでなでが加わり最強になった。
と、溶けるぅぅぅ。Zzz。
ジルさんに揺すられ、ふと気づいたら喉がカラカラ。
30分くらいは浸かっていたみたいで、
身体はすっかり芯までポカポカだ。
「起こしてすまないな。リンスもよく馴染んだだろうし、
そろそろ洗い流して酒盛りに行くとしよう。
尻尾も助かった、ありがとう。」
「いえいえ。むしろ私もとても気持ちよかった!
またモフなでしてくださいなっ!」
尻尾をブンブンと振っておく。
失礼、お湯が飛び散った。
なんだろう。
天狼になってからこう、強い人に甘えたくなるというか
くっつきたくなるというか。
前はこんな甘えん坊じゃなかったと思うんだけど、
今はそれがとても心地よい。
種族的な習性なんだろうか。
どうでもいいか。
リンスを洗い流してからジルさんと一緒に美白の湯に戻ると、
リンさんとフレイさんもすでにいて守護者は全員集合になっていた。
あとは残念女神様くらいだ。
「ただいまー。女神様はまだ打たせ湯?」
「先ほどは電気風呂で見たな。
あと眷属を創ってマッサージしてくるとか言っていたが。」
おばはんか。
邪神の呪い、おそるべし・・・。
「女神様も大変そうですね・・・。
さて、お二人は何を飲みますか?」
「私はサングリアを頼む。」
「オレンジジュースで!」
「はい、どうぞ。
おつまみは適当に浮かべているので、
好きなのを取ってくださいね。」
わあ素敵。
メリー君がどこからともなく飲み物を取り出して渡してくれる。
さてはアイテムボックスというやつだろうか。
芯まで温まった身体に、オレンジジュースが染み込むぅぅぅ!
温泉に浮かべてあるお盆の上には、色とりどりのおつまみだらけ。
エイアさんが水をはじく結界を張ってくれていて、
料理にお湯がかかることもない。
フォークを使ってから揚げのようなものを1つプスリと刺して、
ひょいっと口に放り込んでみる。
もきゅもきゅ。ごくん。
ばしゃっ!
「うーーーまーーーいーーーぞーーーー!!!」
思わず叫び、目からビームを出してみる。
いやまじで。
から揚げ、ここに極まれり。
鶏肉のくせに濃厚なこの肉汁はなんなんだ!
「ふふ。お口に合うみたいでよかったです。
それはコカトリスのお肉を使ったから揚げなんですよ。
ジュースのおかわりはいかがですか?」
「頂きます!今度はグレープフルーツジュースで!」
「はい、どうぞ。
サラダも食べてみてくださいね。
さっぱりして美味しいですよ。」
ごきゅごきゅ。
グレープフルーツジュースも染み込むぅぅぅ!
飲みかけのコップは温泉に浮いている適当な桶においていいらしい。
水をはじく結界のおかげで沈むことはないから、問題ない。
魔法って便利!
サラダをもしゃもしゃしながらみんなを観察してみる。
リンさんが飲んでいるのはウイスキーだろうか。
さすが、渋い。めちゃくちゃ似合うぅ!
カラカラと氷を鳴らしながらクイッとグラスを傾ける仕草に
なんともいえない大人の男の色気を感じる。
フレイ先生はカクテルグラス。
マティーニみたいな色かな。
度数高そう。
チェリーも浮いてておしゃれさん。
ちくしょう、イケメン爆ぜろ!
似合うから悔しい。
レオはビールだね。
大ジョッキで豪快に飲みつつ、
漫画肉のような肉にかじりついている。
ワイルドだろぅ?
・・・あれ、夕飯食べたよね?
エイアさんとクズノハ姉様は冷酒。
め、めちゃくちゃ似合うね?
ガラスのおちょこでクイっと飲む姿が色っぽい。
お酌して欲しくなっちゃう。
ジルさんはサングリアからのワイン。
うん、赤い液体がよく似合う。
さすが吸血鬼さん。
メリー君は普通のカクテル。
カシスオレンジとかそういう系。
うん、似合う。癒されるね・・・。
『はぁ・・・。ようやく肩こりも楽になってきたわ。
まったく、次に会ったら絶対に滅ぼしてやるんだから。
メリークス、私にも冷えたビールをもらえるかしら?』
遅れてやってきた女神様はビール派だった。
そりゃあもう、腰に手を当てて一気にグイッと。
に、似合うね?
『ぷはーっ。美味しいっ!
あら、ユウ。あなたはお酒は飲まないの?
ここは飲食OKよ。
どうせ魔法で適当に綺麗にするし。』
「えっと、未成年なので?」
『あら?でもあなた、もう成長しないわよ?
神獣は不老なんだもの。
精神も十分に成熟しているし、
内臓機能も完成されているから問題ないわね。
お酒による悪影響は1つもないわ。』
なん・・・だと。
「私、これから成長してばいんばいんになる予定だったんですけど?」
『ありえないから気にしなくていいわ。
守護者に寿命は設定していないし、
あなたの肉体は戦力的にピークの状態で固定しているもの。
つまり、それがあなたの限界よ。ぷぷっ!』
「な、なんだって!?
くそう、女神様なんて貧乳の邪神にでも呪われてしまえ!」
『ふふん。
あんな奴ら、見かけたら全部滅ぼしてるわよ!
あー、今思い出しても腹立つわ。
「お前のは呪うほどの価値がないのう」ですって!?』
「本当にいたんだ。しかも複数。」
『よく湧いてるわよ。
貧乳に関する負の感情を持つ人は一定数いるでしょう?
コンプレックスやら嫉妬やら怨念やら呪い。
そういったものが集まると、邪神になっちゃうのよねぇ。』
えぇー。
そこらに貧乳の邪神がいるとか、何それ怖い。
『ああ、でも緑の女神が寝ている間に、
こっそり呪わせた時は面白かったわね。
弱い呪いだから二日あれば戻るけど、
すっかり小さくなっちゃって。
あの時の緑の慌てようと言ったら・・・!
ぷくくっ!ビール、おかわりよっ!』
うわぁ。
ちょっと女神様から距離をおいてみる。
サラダは食べる。もしゃもしゃ。
『あ、ちょっと。私だけのせいじゃないのよ?
あの時は黒が本気で怒っちゃって、
彼女が主に手引きしてたんだから。
緑ってば、普段から重くて肩が凝るだの、
大きすぎて足元が見えないだの、
小さくて羨ましいだの言うから手伝ってあげたんじゃない。
そしたらね、普段は谷間を強調させる服しか着ないくせに、
突然タートルネックなんて着だして。
せめてローブとかで隠せばいいのに、
わざわざ大きなパッドを入れて、
あくまでおっぱいを強調させてくるんだもの、
思わず笑っちゃうでしょう!?』
あ、うん。それは仕方ない気がする。
大きい人って、本当に小さくなった時のことなんて考えずに
適当なこと言うよね。ほんと。
もし無くなったら絶対に焦ると思うんだ。
「まぁまぁ女神様。はい、ビールのおかわりです。
ユウちゃんもせっかくなので、何か飲んでみますか?」
「あ、うん。
じゃあ、甘いのがいいなぁ。」
「それではカルピスサワーにでもしましょうか。
度数は低めにしておきましょうね。」
「わーい!カルピスは好き!ありがとう!」
「はい、どういたしまして。」
相変わらずメリー君の天使ぶりがやばい。
そして、初めてのお酒だ。
匂いを嗅いでみる。クンカクンカ。
うん、くちゃい。
甘いカルピスの中に漂うアルコール臭である。
普通のカルピスのほうが美味しそうだなぁ・・・
くぴくぴ。
あれ?
でも味は悪くないかも。
女神様の愚痴を適当に聞き流しつつ、
初めてのお酒を楽しみ、
その辺に浮かんでいるおつまみを全力で楽しんでみる。
うむ。
雑魚の邪神ってあれだね、思ったよりも地味だね?
その眷属達と戦うのはとても嫌になったけど。まじで。