遠い彼女に
昔男がいた。
この男には長年想い続けている人がいた。
名前をアキという。
彼女は貴族の娘で大切に守られていた。
昔から屋敷の外に出ることはなく、人と会うことも少なかった。
しかし、この男はどうにも諦めがつかなかった。
子供の時1度だけ彼女を間近で見たことがあった。
庭師の父の手伝いで屋敷に行った時のことだ。
彼女は秋の美しい紅葉の色付いた庭を、眺めていた。
それまで女性に対し興味を示さなかった男だったが、彼女だけは初めて美しいと思えた。
この頃からだっただろうか。どんな時も彼女が頭から離れることがなく気になっていた。
屋敷の前を通る時うっすらと見える彼女が1日の楽しみで、日課となっていた。
この想いがいつか実ることだけを夢に見ていた。
20歳を過ぎた頃、ある日彼女に縁談の話がきたという噂を聞いた。
紅葉の色づくとき、籍を入れるとのことだった。
男は居ても立っても居られなくなった。
その日の夜、彼女の屋敷に忍び込み寝室へと向かった。
しかし、彼女は寝室にはおらず庭を眺めて立っていた。
「あぁ。」
彼女はそれを知っていたかのように言った。
「貴方が来るのではないかと思っておりました。」
「本当に籍を入れるのですか」
「...はい」
「私には貴方が私を見ていたのを分かっておりました。貴方の事が気になっていた。屋敷を出てたくさんの話をしたい。貴方と外を歩きたい。そんなことばかり思っておりました。」
「それなら...それならなぜなのですか‼︎」
「私は生まれた時からこうなると決まっていた人生だったのです。どんなに願っても貴方と一緒になることは叶わないわ。」
男は屋敷を飛び出した。
彼女はこの後、紅葉の色づきとともに籍を入れたのだった。
男が紅葉を見ながらこう詠んだ。
幾年も 君を想いて 過ぎぬれど
我が手届かず 秋空高し