砂漠の職人とチョロツン勇者
――――唐突だがアンリ・J・トキワは転生者である。
生前は真面目が取り柄の、それなりに友達が多くて運動が少しだけ苦手な女子高生、それが常盤杏里という女性である。
彼女はいつものように高校へと通学しようとする最中、彼女の目の前で1人の少女がふらふらと道路に飛び出しているのを見つけた。
そんな少女の目の前に大きなトラックが突っ込んで来ていたのを見て、杏里の身体はすぐさま彼女を救うために動いていた。
「危ないなの!」
気付いた時には彼女は真っ白な空間に飛ばされていて、そこに居た神様によっていくつかの事を教えられた。
自分が彼女を救って、その代わりにトラックに轢かれて死んでしまった事。
あの事故は神様にも制御出来ない"異常事態"と言うものだったそうです。
そして自分を元の世界に戻す事は出来ず、自分の力の一部を渡すので私達の世界の本で語られるような、剣と魔法の異世界の危機を退けて欲しいと頼まれました。
それから私は異世界に「勇者」として召喚されました。
召喚された私は王様からこの国が邪悪なる竜によって危機に瀕しており、勇者である私にその邪竜を倒して欲しいと言うのが私が頼まれた事でした。
私は邪竜を倒すための旅へと出発し、神様から貰った「剣術神」というあらゆる物を斬る剣術の最高峰たるこのスキルによって、順調に旅を行って行きました。
ある時は邪竜の配下で水を止めていた炎竜を倒し、またある時は邪竜の噂を利用して悪事を働く山賊の一隊を壊滅させたりと、そう言った世界を救う旅に出て丁度1年。
私は見事に邪竜を倒して、ジョッキ家という貴族としての地位と広い領地をいただきました。最も領土の半分以上が砂漠や森林など強力な力を持つ魔物が多くて、私でなくては治められないという理由でここの統治者として選ばれたみたいだけれども。
――――そして今日、私はとある人物に会いに向かうのでした。
その危険な砂漠の中でただ1人住んでいて、王都の貴族達との太いパイプを持つという1人の職人を。
「ここか……なの?」
私が見つけたのは砂漠の中に建っている、どこか古ぼけた雰囲気を持った煉瓦造りの一軒家。
良く見ると熱気が籠りすぎないように冷気魔法がかけられており、それから庭先に放り投げられているのは魔力を用いて重い物でも楽々と動かす事が出来ると言う王都の一部貴族しか持っていないと言うウイングボード……。
どちらもこんな人里離れた砂漠地帯のボロ一軒家が持つのに似つかわしくない、高級品である。
(どうやらここが目的の場所……なのかしら? それにしても……暑いなの)
1年と言う過酷な旅の中で、日本と言う恵まれた場所でぬくぬくと育った私は、この過酷な環境と言う荒波に飲まれて成長した。けれどもそれでもこの砂漠の、日差しを遮る物が全くないこの場所に居るのは、流石に答える。
近くの村から徒歩にして3時間、勇者として鍛えた私ですら約2時間もかかったこの場所で、一体何をしているんだろう。
「と、とりあえず入らなければ始まらないなの」
今度からこの領土を預かる者として対面は重要だ。
それに……個人的にも興味があった。こんな何もない場所で、王都に献上するどんな品を作っているのか、それに興味があった。
前任の人はここについて特に記述はなく、ただ存在していると言う事だけしか書いていなかったから……。
トントン、と扉を叩くも中からの応答の返事はない。けれどもカンカン、と何かを叩く音が聞こえているのを見ると中に人は居るようである。
「あの、すいません! ここの新領主となりましたアンリ・J・トキワなの! 新任者として挨拶をしたいので出て来て貰えませんかなの?」
トントン、と再び扉を叩くも返答はない。もう一度叩いても状況は変わらずじまい……。
「えぇい、仕方がないなの! 失礼だが突入なの!」
以前旅の道中にて、悪徳領主の踏み込みに行った際に何度叩いても返事がなく、仲間の魔導師が入ろうと言って初めて館に突入して、そこが私達の叫びを無視して宴会をやっていたと言う事に気付いたのである。
あの時は本当にムカついて、「剣術神」のスキルを使ってギッタンギッタンにした物である。
あの日から決めたのだ、自分ルールとして「ノックは三度まで」と。
そして扉を開けると、そこには真剣な眼で砂山を見る1人の男の人が居ました。その砂山は普通の、どこにでもあるような砂山で、しいて普通と違うところがあるとするならば少し湿っていると言う事なのでしょうか?
顔は確かに職人気質とでも表現すべき真剣な眼差し……だけれども職人らしい屈強な男性と言うよりかは、魔術師のようなヒョロヒョロとした背丈の高いスリムな男性でした。
集中しているみたいで、こちらが入った事に気付いていない様子で、砂山に手をかざしながら意識を集中しているようです。
「――――《雷光》」
そして彼が電撃の魔法を唱え終わると共に、砂山に電撃が走って砂山に直撃する。
(なにをしているなの……?)
部屋の中の彼はそのまま私の方は一切見ずに今度はその砂山に手を伸ばし、その砂山の中から――――って、えっ!?
「えっ……!? な、なんで砂山の中からそんなのが!?」
――――砂山の中から出て来たもの。
それは形こそ歪でしたが、王都では貴族御用達として高値で取引されるガラスでした。
彼こそ王都御用達のガラス職人、ナドカ・ピーロさんなのでした。
☆
「改めて自己紹介をするなの。私は新しく、ここを含むジョッキ家の領土を治める事になりましたアンリ・J・トキワと申しますなの」
「……ナドカ・ピーロ、ここに住む職人だ。見ての通り、ガラスを使っての作品作りをしている。
――――しっかし、あのおっさん。こんな若い女を捕まえているとは、あの鬼嫁妻も良く許したもんだぜ」
へぇ~、と頭の上から足の爪先まで舐め回すようにして私の姿を見るナドカさん。
なんとなく嫌な視線を感じたので、とっさに大きく成長した胸元を腕で隠す私。
「ち、ちがいますなの! 王様からこの領土を任されただけで、前の領主さん達は田舎で夫婦揃って仲良く暮らすみたいなの! 決して、そう言うドロドロとした関係じゃありませんなの!」
「――――あっ、そっか。よし、とりあえず顔合わせは済んだな。
では、作業に戻るからとっとと……」
案に邪魔だからと追い返そうとするナドカさんに私は「あ、あの……!」と声をかける。
「さ、さっきのガラス作り! あれはどうやって……!」
「あっ? 砂山にドーンと雷で……完成?」
な、なぜに疑問形!? ガラスの作成って、確か材料のなんか(そんなに詳しく勉強してなかったので知らないけど……)を高温で溶かして、棒に巻きつけて息を吹き込んで……って言う感じじゃないの?
あんな雑な作り方で、ガラスって出来ちゃうものなの!?
「と言うか……なんで出来るのかって言われても知らん。俺の師匠が発見した方法で、この辺りの地域の砂に雷魔法を与えれば作れるのだから。それさえ知れれば俺にとっては十分だ」
そう言いながら、ナドカさんは砂の中からガラスを取り出す。
……って、さっきいっぱい取っていたのになんでまだあるの!? 埋めてたの!? そう思いたくなるくらいいっぱいあるけど!?
ナドカさんは砂の中から取り出したガラスを長い棒を用いて、炉の中へと流し込んでいた。
「あの、ちょっと……!?」
そして真剣な眼差しにて、ナドカさんは私のことなんかお構いなしに真剣な表情にて炉の中を見つめています。炉の中を見つめるその姿はまさしく真剣そのもの、それは相当な技術と職人としての意地が入り混じったもののように見えました。
「…………!」
息も出来ない雰囲気とはまさにこの事、私は彼のその職人魂を見ながらなんだか熱中して見てしまう。
生前も、この世界でも、集中して物事に当たる人は少なからず居ました。けれどもこのナドカさんのは魅せられると言うか……どこか引き寄せられる物を感じます。
そう言えばスキルの最上位の中には、その行為を見た人達を魅了する類の効果があると……でも、これはそれだけでは説明出来ないほどのカリスマ性と言えましょう。
ただ彼が息をガラスに吹きこむ。それによって新たな形を得られ、生命を吹き込まれるガラス。
息がガラスに吹き込まれる、それだけでも羨まし……って、羨ましいなんて思ってないから! なに、私、ガラスと張り合おうとしているの!?
「ほら、出来たぞ」
「へっ……?」
そんな事を想いながら頭を抱えているのを尻目に、ナドカさんは私に物を差し出す。
それは1本の棒であった。そう、先程まで彼が息を吹きこんでいたあの棒。
「――――お前も少しやってみるか? 前の領主も1回試しにやっていたし」
「えっ、あ、あの!?」
そ、それって……も、もしかしてあの噂の!?
「か、かかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか!?
関節キッスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ?!」
は、はずかしくてそんなの出来るわけないじゃない!
うわぁーん、とそう言ってそのまま私は逃げ出しました。
「なんだ、あいつ。
今度の領主様は変わり者、なんだな」
ナドカはそう新たな領主の事を覚えるのであった。
砂山に雷を落としてガラスが出来るだなんて、不思議だと思われるかもしれませんが、実際サハラ砂漠などでは激しい雷雨の次の日にガラスが見つかる事があります。
これは地中にあるとされるガラスの元となる成分(ケイ素など)が雷の高温によって溶かされ、雨によって冷やされる事でガラスとなるのです。勿論、雷によって作られるから形も雷のような形になります。
ちなみに、日本でも同様の現象が確認された事もあります。
今回の話はそう言った所から構想を得て作ったお話です。