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炎人―ENGINE―   作者: シュンスケ・オブ・ナカガワ
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第一章 火の海にて

ドリルにミサイルにチェーンソーのSF怪獣バトル小説。

神経接続で怪獣を操り、20メートルの装甲をもつ敵怪獣を討伐せよ!

若干の科学要素あり。

 彼は生まれてから八年のあいだ、これほど鮮やかな光景を見たことはなかった。

 オレンジの炎が周囲を取り囲み、(うな)りをあげながら、自分を飲み込もうとにじり寄って来る。後ろの方でガラスの割れる高い音が響く。だがそれもまた、激しく燃える炎の音に飲み込まれていった。

 それは、一瞬の出来事だった。九時ごろ、遅めの夕飯を待ちつつ居間でテレビを見ていた彼の耳に、どこか遠くの空からサイレンの音が響いた。直後、頭上を強烈な白光が通り過ぎ、五階建てのアパートは二階より上が消し飛んでいた。一階にいた(こう)()は驚く間もなく崩れてきた残骸(ざんがい)に取り囲まれた。瓦礫(がれき)の隙間からは、学校帰りに歩いて来た街並みの、跡形もなくなった姿がのぞいていた。

 すぐ横で、(ごう)という音とともに、ぽっかりとなくなった天井に向かって炎の柱が吹き上がった。立ち(ほう)ける彼の(ほお)に火の粉が降りかかる。熱い、とは思ったが、赤い炎を見ながら「こんな色があるんだ」と感心していた。


「幸路っ、幸路ぃ」


 今度は家の外側から、母親の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 その悲痛な叫びも、吹き上がる熱波も、彼の注意を引きつけるには全くといっていいほど不十分だった。もっとすごい、超が付くほど非現実的な光景が、彼の感覚を釘付けにしていた。「あ」と口を開けたまま、指先をピクリと動かすことさえ許さなかったのだ。

 崩れ落ちた壁の向こう側。そこで、二匹のなにかが戦っていた。赤く染まった夜空に照らし出された二頭は、両方とも全身が黒く、両方とも大きかった。


 事態が始まってからまず現れたのは、ずんぐりとした芋虫のような体を持つ怪獣だった。黒々とした装甲(そうこう)に包まれた体の横に、巨大なハサミを持っている。サソリとイモムシが合体したような外見だ。それに加えて、背中から生えた(かたな)のような巨大な角が前に向かって長く伸びていた。

 もう一体の黒い怪獣は、四本足で歩くと芋虫型の奴より一回りほど小さく見える。それでも、二本脚で立つとビルより大きかった。幸路はその黒い怪獣を犬のようだと思った。だが実際は耳も無いし、毛もない。狼のような恐ろしい顔の左右についた目の後ろから、(つるぎ)のように鋭い角が一本ずつ前に向かって突き出している。さらに、上半身に生えた二本の腕は、その辺の建物など一瞬でへし折ってしまいそうなほど太い。その外見は、ゴリラの体にドラゴンの長い首と尻尾を付けて全身をひびわれた黒い皮で(おお)った、という言い方がしっくりくる。四足歩行で走って来たので、幸路はその怪獣を犬みたいだと表現した。

 幸路が応援していたのは、犬型のほうだ。あまり体の大きくない幸路は小さいほうを応援してしまうのだ。

 

 戦闘は続いていた。芋虫型の怪獣が大きなはさみを振り回すと、横に建つデパートが押し崩される。犬型のほうが太い腕で殴りかかると、尻尾の動きでうしろのビルが切り倒される。

 二匹の巨大生物が互いに距離をとった。最初に動きを見せたのは巨大な芋虫だ。勢いをつけ、二本脚で立ち上がった犬怪獣の腹に突っ込む。犬型の方は相手の角を両腕で受け止め、大きな(あご)で上からかぶりついた。犬怪獣は相手の重量に押されて一歩だけ後ずさる。低い地響きがして、幸路の体は家ごと大きく揺れた。

 震動で、壁(ぎわ)で燃えていた戸棚が一瞬だけ視界を(さえぎ)ってから目の前にバタンと倒れる。

 今、幸路の目にそんなものは映らない。

 生まれて初めての赤い世界で起こる圧倒的な出来事に、幸路は夢中になっていた。


 怪獣はなおも押し合いを続ける。犬型怪獣は芋虫の角に組みついたまま、足で踏ん張っていた。だが、力の差をくつがえせずにそのまま後ろへと押し進められてしまう。一歩、また一歩。後ずさるごとに、巨大な震動が街を揺さぶった。

 押し戻された犬怪獣の尾が横に振れてビルの壁を(えぐ)りつける。それまで崩落(ほうらく)(まぬが)れて立っていたビルは、攻略に失敗したダルマ落としのように呆気(あっけ)なく崩れ去った。

 そのとき幸路は気が付いた。怪獣たちの進路が変わった。まっすぐこちらにやって来る。


 こっちに来る!


 組み合ったままの二頭は街を踏み潰しながら幸路の家に近づいて来た。犬怪獣は押されるままに後ずさる。その一歩は遅い。だが、大きい。

 怪獣の黒い背中が近づいて来る。幸路は足がすくみ、動けなくなった。


「幸路っ。幸路っ」


 耳に流れこむ母の叫びは、迫り来る恐怖に(さえぎ)られ意識に届かない。

 ただ、足音が迫る。揺れは激しさを増し、建物の崩落音がはっきりと聞こえてくるようになった。視界はもはや黒い影に覆われていた。

 踏み潰される、と思った。

 押されていた犬怪獣が雷鳴(らいめい)のような(うな)り声を赤い空へと響かせた、次の瞬間。怪獣の背中と腰に開いた計4つの穴から、ロッケットエンジンのように巨大な炎が噴き出した。まるで、炎の翼のようだ。

 爆音を発する炎の助けを受け、一方的に押されていた犬怪獣が相手を後ろへ押し返し始めた。


いけっ。押せっ。倒しちゃえ!

 

 地面を揺らしながら、二つの巨体がまっすぐ向こうへ戻っていく。幸路は、犬怪獣が巨大芋虫をこのまま追い返してくれるものだと思った。しかし、この戦いは期待通りには運ばなかった。

 黒芋虫の背中から前に突き出した巨大な角が、白色の光を()らし始めた。ビリビリという空気の震えとともに、光は明るさを強めていく。

 

 まずい! 


 あの、ただの一撃で街を焼き払った光の大砲が、もういちど放たれようとしているのだ。今度は幸路の応援している怪獣に向かって。


 幸路が見ている間に、激しい輝きが二匹の体を白く包んだ。

 そう思った時にはもう、頭上をすさまじい光が(おお)い尽くしていた。

「うわっ」

 幸路は肩をすくませ、固く目をつむって耐えた。目を閉じているのに、強い光が(まぶた)の向こう側に感じられた。それほどまでに強烈な光だった。

 バリバリという大気の震えが収まったのを確認し、ゆっくりと目を開ける。視界には太陽を直視した時のような残像が(ただよ)っていた。それでも、幸路は戦いが気になって前方を見やる。

 二匹の怪獣は向かい合っていた。だが、手前の一匹、幸路が応援していたほうは、両腕が力なく()れ、首も下を向いているようだった。まもなく、その体はゆっくりと横に(かたむ)き始める。巨人のような体をもつ黒い怪獣は、まるで眠りに落ちるかのようにして地面に向かってゆるやかに倒れていった。

 これまでで一番強い揺れが街全体を縦に揺さぶった。耳を痛めつけるほどの大きな音がして、戦闘機が飛び立つときのようなくぐもった残響(ざんきょう)が空に引いていく。


 揺れにより、横で燃えていた壁が崩れ落ちた。外の景色が急にひらける。まず視界に入ったのは、銀色の服に全身を包んでいる消防隊員らしき二人の男だった。その後ろでは幸路の父が(ひざ)に手をついて息を整えている。きっと、消防隊員を走って呼んで来たのだろう。父の横にいる母は、幸路の姿を見るなり歓喜に目を見開いて叫んだ。

「居た!」

 だがその喜びに満ちた顔は、一瞬にして驚愕(きょうがく)と不安に色を変える。

「そんな……」

 母のそばで、救助に来た隊員たちまでもが幸路の姿に驚きの声を上げた。

「おいっ、燃えてるぞ」

「水を」

 幸路は一瞬なんのことか分からなかった。下を向いて自分の体を目にした時、はじめて意味を理解した。ズボンの(ひざ)から下が燃えていたのだ。

「うわっ」

 体がジリジリする。なんだこれ、熱い!

 救助隊員の一人が、まだ燃えている本棚を足で蹴り飛ばして道を作り出した。もう一人はどこからかバケツを運んできて、駆け寄るなり幸路の頭のてっぺんから冷たい水をぶっかけた。

「ぶへ」

 幸路は顔に付いた水滴を払う間もなく抱き上げられると、崩れた家の外まで運び出された。地面に降ろされた途端(とたん)、見ているばかりだった母親が抱き付いてきて、幸路の体をきつく締め付けた。どうやら泣いているらしい。父親は消防隊員たちに何度も頭をさげて、次の仕事へ向かう彼らを見送った。

 

 空が、もう一度白く光った。

「きゃあ」

 母が叫び、幸路をかばうようにして(おお)いかぶさる。

「逃げるぞ」 

 父に腕を引っ張られた母が立ち上がる。幸路の体は父親の背に()ぶわれた。一家は戦いの現場から離れる向きに走る。空には戦闘機が飛び交い始めた。


 その間、幸路の視界には変化が生じていた。燃える街が、赤く輝いていた空が、急速に色みを失っていく。鮮やかだった炎は、薄暗く、黄色く(にご)っていく。

 最後に戦いの行方(ゆくえ)を見ようと、幸路は振り返って後ろを見た。一匹の怪獣が廃墟(はいきょ)となった街に横たわり、ピクリと動く気配も見せない。

 その横を、黒い芋虫がゆっくりと通り去って行った。


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