百鬼夜行第壱怪:状況説明ヲ求ム
雲母駈
現在京都在住の19歳。陰陽寮に所属している。妹がいるが、あまり仲は良くない。できる限り静岡の実家に帰るようにしている。
闇、闇、闇
……そう、それはまるで闇のゆりかごのようだった。
黒く、暗く、ただひたすらにーーーー闇
これは夢だ。そう自分に言い聞かせる。
これは夢。目覚めたら、すぐに忘れてしまう……夢だ。
闇が深くなる。どんどん、どんどん……
いや、もうこれは闇ではない。深淵だ。
闇は深淵になってしまった。見てはいけない。囚われてしまう。なんとなくそう感じる。
逃げなくては。
黒が迫ってくる。逃げる。逃げる。必死に走る。あれは、ダメだ。
捕まるっーーーーーー
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁっ、はぁはぁ」
嫌な汗をかいた。
「駈~ ご飯よ〜 起きなさーい!」
母の声。そうだ、今は実家に帰ってたのか。
人の声に、ホッとする。あの夢は何だったのか。……考えても仕方ない。
「今行く!」
妖怪の仕業か、呪いをかけられただけだ。そうに違いない。
きっと、そうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで、職場ではどう? ちゃんと働いてる?」
近所の農家の人から貰った茶を飲みつつ問われた。
「最近妖怪の動きが活発になってきてるかな。あとは、西洋の悪魔の目撃例が増えてる。もう陰陽寮はてんてこ舞いだよ」
ようやくもぎ取った有給でまで仕事の話はしたくない。じとり、と目線でそう訴えた。
「ふーん。大変そうねぇ。あ、そういえば綺羅星はまだ寝てる?」
「年頃の妹の部屋に入れる訳ないだろ。母さんが見てきなよ」
妹。只今小学生である。よくそう言うと驚かれるが、俺は大学へ進学せずに就職したので、年の差は8歳程度だ。
この妹、絶賛反抗期中である。当然俺にも冷たい。それもあって俺は一人暮らしをし始めたのかもしれない。ま、どっちにしろ静岡から京都まで遠いから、いずれはそうなったが。
「あの子、私のこと嫌ってるもの」
……母さんには悪いがそりゃそうだ、と思う。俺でも恨むぞ、妹の立場なら。
「そう言うんだったらあんな仮名つけるなよ……」
雲母綺羅星。うちの名字が雲母というのに、あろうことかうちの母は娘の仮名を綺羅星にしやがったのだ。何を考えたのだろう。
流石に真名は普通だったけど……
「だって可愛いじゃない、綺羅星って」
だからって、普段名乗る仮名を綺羅星にするなよ。可哀想だろ。
陰陽師には、昔からの伝統がいくつかある。これはその一つ。陰陽師には、真名と仮名、二つの名がある。普段名乗るのは仮名の方。真名は、家族や大切な人しか知らないようにしなくてはならない。なぜなら、真名での呪いは仮名での呪いよりよっぽど重いのだ。あとは単純に、日本人は昔あまり人を名で呼ばなかった。それが伝統を重んじる陰陽師に今でも影響してるのだと思う。
「……帰ってたんだ」
トントンと降りてきた妹。ようやく起きたらしい。
「ああ。おはよう」
と言ったものの、当然のごとく無視される。まあ、いつものことだ。
「いただきます」
妹はそう言って黙々とご飯を食べ始めた。
さて俺は何をしようかな。ご飯は食べ終わったし……たまにはゴロゴロしようか。そう思った矢先に
ゾワリ、と全身の毛が逆立つ様な感覚。どうやら、神様はどこまでも俺を働かせたいらしい。
「行ってくる」
「いってらっしゃーい」
「…………」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
近所の茶畑。妖気の発生源はそこだった。
札を持ち、最大限の注意を払って進む。……そこで俺は、謎の光景を見た。
「大丈夫ですかっ? ………は?」
それはーーーーそこの茶畑のおばちゃん(一般人)が、まったりとお茶を大きい蜘蛛の妖怪(多分、土蜘蛛だと思うけど……あれは封印されているのではなかっただろうか)と謎の少女(巫女服を着ている)と飲んでいた。妖気は、この蜘蛛のものだが……ん?これ、どんな状況?
だ、誰か、状況説明を!