百鬼夜行第零怪:その名は
「……またか。よく飽きぬもんだ」
逢魔が時。人の時と、魔の時が入れ替わる時間。丁度、今の様な夕暮れ時である。
いつもの様に、命を狙われた。それに妖怪が使われるのも珍しくはないのだが……今日のはなかなかに大物だなあ。
まあこれは予定調和なのだが。いやはや、勝手に封印を解いてくれてありがとうと言いたいくらいである。実際に義妹に言えばブチギレられるに違いないが。
『ゆるさぬ……許さぬぞ……人間よ…………』
あ、そっすか。帰っていいか?……99.9999%以上の本気でそう感じているのに、ソレはあっさりと攻撃してきた。………めんどくさい。いや、罠と知りつつここまで来たのは私なので帰ってはいかんだろうが。それでもめんどくさいものはめんどくさいのだ。
『長い時を地中で過ごさせよって………この恨み、晴らさでおくべきか!』
いや、知らんがな。封印したのは私ではない。ついでに言うと封印を解いたのも私ではないが。
『とぼけるな! 安倍晴明!』
別にとぼけてなどいないのだが。ついでに言うと、安倍晴明は先祖だ。
「人違いだ。私は土御門瑞稀と呼ばれている者だ、土蜘蛛」
土蜘蛛。その名の通り、大きな蜘蛛の妖怪である。源頼光に退治されたはずだが、まあその後に色々とあったのだろう。
『いや! 騙されぬぞ……その長き緑髪! 深淵の如き眼! この世の全てを諦めたかのような無表情! どこからどう見ても安倍晴明であろう!』
先祖返りです。多分。
「違うと言っている。それより、貴様に先祖からの伝言が封じられてるから態々来たんだ。さっさと見せろ」
『伝言……そんな物知らん! それよりお主は本当に晴明ではないのか?』
さっきからそうと言っとる。それに、私は巫女服着とるだろう。それとも先祖は男でも巫女服を着る変態なのか?
もういい。さっさと終わらせよう。時間の無駄だ。
「『解』」
バチンと大きな音がして、私の中に何かが入って来る。
……記憶か。
稀代の陰陽師、安倍晴明。先祖とはいえ、その情報は少ない。そいつの記憶が受け渡された。
伝言はこの中か。探すのがめんどくさい。はぁ、嫌がらせか?だとしたら我が先祖はなかなかいい性格をしている。
『む……何か、出ていきよった感触がするぞな』
まあ、出て行ったからな、実際。
さて、これでめんどくさいのに態々来た甲斐があった。多分。実はここ、土蜘蛛封印の地は土御門本邸からさほど離れてはないが。監視の意味合いもあったのかもしれない。……子孫の一人が同じ子孫を殺すために封印解いてしまったがな。
『お主……何をしよった?』
説明がめんどくさい。強いて言うなら土蜘蛛に封じられていた安倍晴明の記憶、それだけを抜き取ったという事だ。しかしそれを土蜘蛛に説明するのは手間だ。
まあ、何故親切かつ珍しく、先祖の伝言を聞いてやろうと思ったかと言えば面白そうだったからという一言に尽きる。安倍晴明は珍しく私が視ようとしても視えない者の一人なのだ。故にその記憶は貴重。いや別にぶっちゃけ貴重は貴重だが、無くてもいいので来ずともよかったのだ。しかし何となく愉しそう、と感じたのである。
しかしさて、どうしたものか。
「茶でも飲むか?」
とりあえず問題の先延ばしを図った。
『………茶とは何だ?』
そうか、まだ平安時代では茶は貴族や寺院の薬、儀礼としてしか使われていなかった。
土蜘蛛とは、上古に天皇に恭順しなかった土豪たちの怨霊、恨みの集合体とでも言うべき妖怪で、一度源頼光に討伐された。その後に源頼光を呪ったので、安倍晴明に封印されたのだろう。
土豪たちはそこまでゆとりがあったわけでもない。茶など飲めなかったのだろう。故に、土蜘蛛は茶を知らない。
ならば、飲ませてやろう。美味しい茶を。
「行けばわかる」
転移
転移符をまた消費したな、私。そろそろストックが切れそうだ。またつくらせよう。
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緑髪とは「艶やかな黒髪」を意味する。決して私の髪が緑色になった訳ではない。ま、もうほとんど死語だがな。
平安初期(815年)の『日本後記』には、「嵯峨天皇に大僧都永忠が近江の梵釈寺において茶を煎じて奉った」と記述がある。よって、源頼光が産まれたとされる天暦二年(948年)より前に茶はあった。ま、今の茶とは違うがな。当時の茶は団茶という、簡単に言えば茶の葉を蒸して乾燥させ、茶臼でついて固めたものである。飲む時は削って,他の香味食品、例えば塩や葱、棗などとともに煮出した汁を飲む。宮廷貴族のブームにもなったのだが、遣唐使の廃止とともに衰退していったのだ。作んのめんどくさいな、これ。案外それも要因の一つかもしれんな。