開幕:秘めしもの 忘らるるもの
カタカタ、ガタッと音が鳴る。老人が、何やら神棚らしきものをいじっていたのだった。その目に浮かぶは後悔。何を悔いているのか、ギリっと自らの唇を嚙んだらしく、血が出ていた。
広々とした和室。そこにはその老人と、着物を着た少女しか居なかった。少女は、老人のことなど気にもとめず、ただただ、人形の様に座っていた。
「本当によいのか、明樂よ」
まだ年端もいかぬ少女が問うた。4、5歳くらいだろうか。年に似つかわしくない古めかしい言葉だった。虹色にきらめく瞳と、まるで平安時代の様な格好が黒髪と相まって、神秘性を漂わせている。
「はい……」
作業をやめ、少女と向かい合った老人が静かに頷いた。明樂と呼ばれたこの老人は悲痛な面持ちをしたまま、神棚から取り出した白い勾玉を強く握っていた。血が出そうなほどにーーーー
「そちがそう申すならば問題はないな。では、始めようぞ」
そう少女が言うと、部屋が温かな光に包まれた。その光は太陽を連想させた。神聖。そんな空気の中、老人は静かに口を開いた。
「掛けまくも畏き八百萬の神達共に愛し子へ忘却を与え給へと白す事を聞食せと恐み恐みも白す」
老人が力ある言葉を放った。瞬間。少女へと光が向かった。
光は、少女から何かを奪ったかのように、輝きを増していった。老人の術らしきものは少女にかかっていた。少なくとも、その言葉からして気持ちのいいものでは無いはずだ。
クスクスクス。しかし、少女は無邪気に笑う。初めて無表情を崩したしたのだった。まるで、母が息子へと笑うような余裕と愛情の篭った、それでいて老人を嘲る様な。そんな笑みだった。
「お主にしては弱いのう。なんじゃ、怖気づいておるのか? ……まあよい、調整してやろう」
少女は自分の祖父ほどの年の人物にそう言い放った。しかし、老人にも怒る気配はない。それが当然かの如く。そっと苦笑いを返したのみだった。
壮麗。光がさらに輝きを増し、神々しい美しさが加わる。それはまるで、一枚の絵画の様な光景だった。
「くっ……すまんのう、すまんのう」
老人は少女に向かって呟いた。しかし、その瞳は少女を見ている様で、別の何かを見ている様だと感じさせた。
「わかっているとは思うがのう…………最終確認じゃ」
少女は重々しく口を開いた。老人の様子など気にせず、気だるげで、しかし威厳のある様子だった。忌々しそうに少女の胸元にある黒水晶の胸飾りに一瞥をくれた後、言葉を続けた。
「あとは勾玉をかけるだけで終了じゃ。さすれば、愛し子の、主らが言う『異常』……否、特異性は失われる。その詞は我らに届かなくなり、術の殆どが使えなくなる。……心得ておけ」
少女の顔が心做しか悲しそうに見えた。
老人の手で勾玉が少女の首にかかる。まばゆい光が部屋に満ちーーーーーーやがて、消えた
カツン。勾玉と黒水晶がぶつかった。