慎二覚醒
鈴和は、翠にむかって
「翠さんは実家住まいですか?」
そう訊いた。怪訝に思った翠は
「いいえ、アパート暮らしですが、それが何か?」
鈴和はそれを訊いて、翠に
「実は、一度、霊魂を支配されてしまうと、すぐに相手にまた操られ易いので、良かったら私の家に泊まって欲しいのです」
それを聞いた翠も、理由が判ると
「そう言う事なら泊まらさせて戴きます」
そう言って、その晩は泊まる事になった。
翌日、鈴和と翠は連れ立って大学へと向かった。
「でも鈴和さんのお父様が超能力者の組織の統領なのに家では良き父親なんですね」
そう言って翠は歩きながら鈴和に話しかける。
「そうですか、でも父は見た目は何処にでもいる中年のおじさんですから」
そう言いながら半分自虐的な笑いを浮かべる。
「ああ、そんな顔、とてもカワイイです鈴和さん」
急にそんな事を言われて戸惑う鈴和だった。
キャンパスを歩いていると、声を掛けられた。
振り向くと高村と慎二だった。
少し遅れて美樹も顔を出した。
「おはよう!」
「おはよう!」
「早速行って見る?」
鈴和が皆に確かめると、皆が頷いた。
「そのために今日は休講で休みなのに来たのだからね」
高村が勢い込んで言う
「それでは案内します」
翠がそう言って先頭を歩き出した。
その後ろを美樹と慎二が並んで歩いて行く。
鈴和は高村にそっと並ぶと
「ねえ、高村くんて、気のバリア張れたっけ?」
「何だい? それくらいなら出来るよ」
「じゃあ、私以外の翠さんと美樹と慎二くんをバリアで囲んで欲しいのよ」
鈴和の頼みに高村は
「そうか、相手が相手だからか……」
「そう言う事、じゃ頼んだわよ。今からでも良いわ」
鈴和はそう言って高村から離れると、高村が気を放出して三人を包みこんだ。
普通の人間が見てもまるきり変わらないが、能力者が見ればこの三人は安全に保護されているのだ。
翠は特別棟の方向に向かっていた。
ここは、主に理系の研究室がある建物で、人文学部のしかも心理学関係があるとは以外だと鈴和は思っていた。
そんな事が伝わった訳では無いが翠は
「心理学の実験で薬品を使う事があるので、ここにゼミの研究室を設けたそうなんです」
そう説明してくれた。
研究室は三階の突き当りにあった。
「臨床応用心理学研究室」と書かれ、更に「管理、藤井庸晴」と書いてあった。
そのガラス戸を翠が静かに開けると中には数名の学生がいた。
「やあ、辛島さん」
一人の男子学生がやや引きつった顔で挨拶をした。
翠は後からついて来た鈴和達に向かって
「この人が丸山貫地さんです」
そう冷たく紹介した。
「やあ、辛島さん先日は協力ありがとうね。お陰で貴重な記録が採れたよ」
丸山と紹介された男は薄笑いを浮かべながら翠にそう言った。
それを聞いた翠は円山に近づくと思い切り丸山の頬を引っ叩いた。
パシーンと言う小気味良い音が研究室に響き渡った。
叩かれた頬を抑えながら丸山は
「ふうん、そうかい、また厄介な連中を連れて来たものだね。組織の連中じゃないか、1年の二人、知ってるよ。片方は組織のボスの娘、片方は秋田の天才か」
そう言って薄笑いを浮かべた
「私達のこと知っているんだ」
鈴和は少し驚いた様に言う。すると丸山は
「とんだ処で邪魔が入ったものさ。お前らさえ出しゃばらなければ、辛島翠は自殺したんだ。
衆目の中でな。邪魔になった女なんか要らないから始末しようとしたのさ」
相変わらず薄笑いを浮かべた丸山は
「もちろんここまで話したならば皆死んで貰うけどね」
そう言って指を「パチン」と鳴らすと、丸山の後ろで作業をしていた男女5人がナイフなどの凶器を持って、鈴和達に襲い掛かった。
鈴和は気の弾を放出して5人全員のナイフを叩き落とした。
「高村くん!」
そう鈴和が叫んだ瞬間、ナイフは皆鈴和の横にいる高村の手に入っていた。
どいやら時間を止めたらしい。
「ふん、やるじゃ無いか、だが俺が能力を発揮すればお前ら皆、俺の奴隷となるのだ。
上郷鈴和、お前は殺す前に俺の奴隷として散々楽しませて貰おうかな」
そう言うと丸山は両手を顔の前で組むと精神を集中し始めた。
「危ないです、あれは彼が能力を発揮する時のポーズです」
翠がそう叫ぶと高村の様子がおかしくなり始めた。
「鈴和ちゃん。俺から離れた方が良い。何か自分に意志の通りに体が動かなくなって来た。これが奴の能力なんだと思う」
高村がそれだけを必死に叫ぶ様に鈴和に言うと、その次の瞬間、高村が発動していた気のバリアが消失した。
すると、それまで冷静だった翠が目の色まで変わった感じで、高村からナイフを受け取ると鈴和めがけて襲って来た。
勿論高村も人相まで変わってしまったかの様で鈴和に襲って来る。
「高村くんどうしたの!」
美樹が必死に叫びながら高村の体に取りすがる。
高村はそれを撥ね退けると鈴和に手に持っていたナイフの1本を投げつけた。
自分の喉元に突き刺さる寸前に鈴和は気の弾でナイフをたたき落とした。
「もう完全に支配されているのね……支配……そうか難しく考え無くてもこれは「支配」の能力の範囲に入るんだ!……新城兄ちゃんが言っていた能力のアレンジ版なんだ」
鈴和は頭の中でそう思うと、
「ならば、どうするか? だよね……」
冷静な思考が戻って来た。
鈴和を取り囲む様に高村と翠、そして5人のゼミの学生……
慎二と美樹はその後ろで必死の形相で見ている。
慎二は、もう祈っていた。
「どうか、鈴和ちゃんが助かります様に……本当なら俺がやっけてやれば良いのだがなぁ~」
そう心で想っていたが
「そうか、俺が捨て身であいつらの前に立って少しでも鈴和ちゃんを守ろう。この際俺が多少怪我しようが、鈴和ちゃんが助かれば良い! そして騒ぎが大きくなれば、誰かが気がついて外から人がやって来る……やるしか無い!」
慎二はそう想って鈴和の前に飛び出した。そして
「鈴和ちゃんをヤルなら俺からヤレ!」
そう言って睨みつけた。
それを見た鈴和は
「慎二くん、どうしたの? 危ないわよ」
そう言って慎二の足元を見ると震えているのが判る。
「駄目だわ、素人の慎二くんにこんな事やらせては」
そう思い、無理やり慎二を退けようと肩に手を置いた瞬間だった。
慎二の体から強力な力が伝わり、鈴和に流れ込んで行く。
「何なの?この力は?」
瞬く間に鈴和の体が銀色のオーラで包まれる。
「凄い気の充実だわ! これなら……」
鈴和はみなぎる力を一斉に放出した。
圧倒的な気の放出にその場、慎二と鈴和以外は教室の隅まで叩き付けられてしまった。
そして、丸山以外が覚醒して目を覚ました。
皆、口々に
「おれ、どうしたんだ? あたし、どうしてたの?」
そう言って顔を見合わせている。
高村と翠も正気に戻った。
「ああ、良かった!」美樹が心配して高村に抱きつく、翠は手に持ったナイフを見て円山に投げつける。
丸山はそれを避けると
「けっ、やるじゃないかお嬢様は、まあいい、今度はお前を俺の意の侭にしてやるからな!」
そう言ってその場から消えて行ったのだ。
「テレポートか、ああ逃してしまったわ」
鈴和が残念がると、他のゼミの学生が
「僕達、どうしていたんですかねえ?」
と説明を求めて来たので鈴和と翠が説明をする。
すると、その中のひとりが
「丸山の奴、そんな事していたのか、それも辛島さんを弄んで……許せないな……」
「あいつをゼミから追放しよう!」
「そうだ!」「そうだ!」
そんなやりとりをしたいた。
鈴和は、ぼおっとしている慎二に近寄り
「慎二くん、ありがとうね。慎二くんのお陰で助かったわ」
そう行って鈴和は慎二の頬にキスをした
「今はここまでね」
そう言ってウインクする。
「でも、慎二くんが能力者だとは知らなかった」
鈴和がそう言うのだが慎二は
「え? 僕が……僕は鈴和ちゃんが危ないので必死で、少しでも僕の力を分け与えられたら、と思ったんです。そうしたらなんかが流れて……」
慎二が戸惑いながら、そう話すと鈴和は
「慎二くん、きっと能力者の能力を飛躍的に高める能力があったんだよ。今まで隠れていたのが、周りに私や、高村君、それにあの丸山、そして大叔母さんに接触したから力が目覚めたんだと思うの。今度組織でちゃんと調べて貰いましょう」
そう言って鈴和はもう一度慎二の頬にキスをする。
慎二は「これ夢じゃ無いよね……」
そう思いながら、人生最良の日かも知れないと思うのだった。
鈴和は、「今日は取り逃がしたけど、必ず掴まえて、今迄の悪行を吐かせてやるんだから」
そう決意を新たにするのだった。