驚くべき術
鈴和は翠がまだ色々な検査を受けてるので、その間に父でありボスの達也に会っておきたかった。
会長室まで行き、受付嬢に
「鈴和ですがボスはいます?」
そう問うと受付嬢は
「いらっしゃいますよ」
そう言って通してくれた。
「今、報告を受け取った処だ。まあそこに座りなさい」
達也はそう言って会長室のソファーを進めた。
座ると秘書の人がコーヒーを出してくれた。
「あ、すいません」
そんな積りじゃ無かった鈴和は恐縮する。
向かいに達也が座っておもむろに話し出す。
「これは、私も先代……つまりお前のおじいさんだな、から訊いただけで実際に見た事も出会った事もないのだが、一応お前には話しておく」
達也は最初にそう言ってから話しだした。
「私とか鈴和とかは霊能力があるが、これは霊が見えたり、霊と会話が出来たり、テレパシーで意志の疎通が出来たりする能力を持っている。
だが、霊と交渉したりも出来るのだが、強制的に言うことを利かせたりは出来ないな」
鈴和は静かに頷く
「だが、『霊魂を操る事が出来る』という能力は違うのだ。霊魂が見えるのも、もちろんだが、
霊をまるで催眠術に掛けたかの様に自在に操れるし、霊魂そのものに、事実と違う事を思い込ませる事も出来るのだ」
そこまで訊いて鈴和は
「催眠術使いなの?」
そう達也に尋ねるが
「いいや、第一催眠術は霊には掛からないし、言う事も利かせやしない。全く別な能力で霊を意の侭にしてしまうのだ。
これが我々の能力と決定的に違うのは、人に入っている状態、言い換えると人間と合体してる霊にも使えるという事なんだよ。それが不思議でね……」
「それじゃあ……」
「シャーマンって居るだろう? あれに近い存在とでも言うのか……最も彼らは我々と同じ様に霊にお願いをするのだけどね、もっと強力で意のままに出来るし思い込ませる事が出来るんだ。そしてそう言う能力を持った一族がいて、今でもその血は続いているという話だ」
鈴和はそれを訊いて
「翠さんは同じゼミの先輩からされたのだけど、心理学的な側面からはそう言う事出来るのかしら?」
鈴和の疑問に達也は
「それも、普通の人間だったら催眠術の域を出ないだろうね。鈴和が気を送り込まなかったら、覚醒さえしなかったという事は催眠術とは違うという事だね」
達也の説明に納得した訳では無かったが、そう言う能力があるのだ、という事だけは理解出来たのだ。
会長室から出て来ると翠が鈴和を待っていた。
既に検査は終わっていたらしい。
「あ、すいません。私の方が時間かかってしまって」
そう言うと翠はここに来る前とは違い明るい表情で
「私も今終わったばかりですから。それはそうと鈴和さんはここの会長のお嬢さんなんですって?」
鈴和が関係者以外に一番触られたく無い事だった。
「うん……まあ、そうなんです」
鈴和がバツの悪い顔をしたので翠も言って欲しく無かったという事を理解した。
「ごめんね。気にしていたのね」
「うん、まあ……」
「そうよね……私無神経だったわ」
「いいえ。気にしてる私が悪いのだから……」
どうやら二人は打ち解けたようである。
「でも、体が何でも無くて良かった」
鈴和の言葉に翠は
「完全にそう思い込まされていたんだけど、なんでそんな事を私に思い込ませて自殺させようとしたのかしら?」
翠の疑問に鈴和は
「それを調べに帰りましょう」
そう言うと翠を抱いて鈴和の家に戻った。
鈴和の家のリビングでは高村と美樹が仲よく並んでTVを見ていた。
慎二は傍にあった本を読んでいた。
美樹はその本のタイトルを見て笑ってしまった。
何とそのタイトルは「霊魂とは」と言う本で、著作者は上郷達也と書いてある。達也が組織の霊能者向けに書いた本だった。
その本なら美樹も高校時代に読んだ事があったし、高村も読んでいた。
「面白いかい?」
高村が慎二に訊くと
「ああ、これは面白いよ。今まで疑問に思って来た事がちゃんと書いてある。これが関係者だけに向けた本だと言うのが惜しいくらいだよ」
そう言って興奮している。
「それに、若しかしたら、鈴和さんと付き合うかも知れないし、そうなれば、ちゃんと霊の事も理解してないと話が合わない」
そこまで訊いて美樹は可笑しくて笑ってしまった。
「あははは、今からそんな事心配しなくてもいいのに……断られたらどうするの?」
美樹の言う事も一理あるとは思ったが、慎二は簡単には諦めきれないと思い始めていた。
公園での出会いはきっと「運命の出会い」だと……
「ただいま」
その声と一緒に鈴和が翠を抱いて姿を現した。
「おかえり鈴和、翠さん」
美樹が笑顔で迎える。
それを見て翠は
「この人達は私より年下だけどなんて暖かい人達なんだろう」と思った。
今まで自分が出会って来た人達とは違うと……
鈴和は皆に組織で達也に言われた事を伝えた。
それを訊いた高村は
「今までそんな能力者がいるなんて思わなかったな」
鈴和は高村の感想も最もだと思った。
自分も先ほど迄はそうだったのだ。
その時、それを訊いていた慎二が
「僕の母方なんですが、そう言う事が出来る人が居ると訊いていますよ」
何でも無さそうにあっけなく言うので、うっかり聞き逃しそうになったが、内容は重大だった。
「お母さんの一族にいた?」
鈴和は慎二の鼻先まで近寄って訊いたのだ。
「は、はい……いましたし、今でも居ると思いますが……」
慎二は正直、母の田舎では良く行われている事なのに、という思いだったので、鈴和の興奮が良く理解出来なかった。
鈴和は、これはきっと神様が与えてきれたチャンスだと理解した。
明日にも大学で、その先輩と対峙する積りだったが、その前に身内にそんな能力のある人物と知り合うとは、しかも向こうからやって来るなんて……なんて自分は恵まれていると思ったのだった。
「おはなし、します?」
恐る恐る慎二はそう言うのだった。