バターはどこに消えた
カーター夫人は噂話好きで、そして健康オタクでもあった。
テレビで紹介された健康法は迷わず実践するし、体に良いとされる食材が紹介されると、その日の食卓には山ほどその食材が上るのだ。
『……つまりバターを顔に塗る事で保湿効果が得られ、美肌になるんです』
いつものようにテレビを観ていたカーター夫人の前に、そんな情報が飛び込んできた。
それ以来、カーター夫人は朝食の後にバターを持ち出し、顔に塗るようになった。
昼寝は美容法の一つというのが、カーター夫人の持論である。
彼女がバターを顔に塗ったまま昼寝をしていると、夫が欠伸混じりに起きてきた。
この夫、性格は夫人と正反対のものぐさであり、夜遅くまでテレビを見ていた影響で今頃ようやく起き出すと、テーブルの上に置かれたパンを手に取る。
だが、そこでパンにつけるバターがない事に気がついた。
しかしそこで朝食を諦めるような夫ではない。
彼のものぐさも夫人の健康オタク同様、年季の入ったものぐさぶりなのだ。
夫はリビングへ向かうと、ソファの上ですやすやと昼寝をしている夫人の顔になんとパンを押し付けたのだ。
夫人の顔には美容にいいとバターがたっぷり塗りこんである。
夫はその事を知っていたので、これは便利とものぐさぶりを発揮しバターのたっぷり付いたパンを作り、それを食べてしまった。
夫人はそんな事は露知らず、昼寝から起き上がると背伸びをしながら、
「おやおや顔のバターがすっかりなくなっているじゃない。保湿効果が出たのかしら」などと言いながら、ホクホクの笑顔を浮かべた。
そんなある日、テレビの情報番組からとんでもない情報が流れてきた。
『……つまり、バターを顔に塗っても保湿効果は得られないという事らしいのです』
『そしてバターは、あまり体に良くない物質を含んでいる可能性も……』
少し前までバターの顔塗りは保湿効果を得られると言っていたキャスターは、深々と謝罪の弁を述べながら、効果がない事を説明していた。
カーター夫人は落ち込んだ。せっかく信じて毎日顔にバターを塗っていたのに、あれは一体なんだったというのか。
彼女は苛立ちを覚えつつも、ストレスを溜め込むことは美容の大敵とバターを止め、保湿クリームを顔に塗りこむと、今日も日課の昼寝を始めた。
そして今日も夫は欠伸混じりに起きてくる。
妻がソファの上で眠りこけているのを確認した夫は、パンを掴むといつものようにリビングへと向かい、バターをたっぷり塗りたくっているであろう妻の顔に押し付けた。
そしてたっぷりとパンに塗りたくり、そのパンにかぶりついた。
夫の顔色がすぐに青色になり、悲鳴を上げながらトイレへと駆け込んでいく。
急な夫の悲鳴にカーター夫人は昼寝から飛び起きた。
彼女の足元には、夫のものであろう食べかけのパンがある。
それを見て、彼女は確信した。
「やっぱりバターは、体に良くないものが含まれているのね」




