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セドナ

 それからどのくらい時間が過ぎたのかわからない。

 押しても引いてもびくともしなかった部屋の扉がゆっくりと動いた。

 そしてサリナとともに自分を連れ去った男性が現れた。

 が、胸のどこかが熱くなる。きっとルナは・・・怒っている。

北條(ほうじょう)・・・」

 口から零れ落ちた響きに、かすかに怒りが混じってしまったのはルナの感情が伝わったせいだろう。

  気をつけろミア。こいつは危険だ。

 ルナの言葉に思わずミアはソファから立ち上がって身構えた。

「お久しぶりです、ルナ様。」

 後ろ手に扉を閉めながら、その人物は微笑んだ。

 明るい金色の髪に翠の瞳。系統的にはルイトと同じ美青年の類であろう顔に、ルイトと全く違う薄気味悪くもなるような笑みを張り付かせている。年はルイトよりいくつも上だろう。スーツを着ていたのだろうが暑かったのか上着はなくネクタイもはずしていた。が、そのくらいラフなほうがこの男性には似合うだろう。

 北條春樹。『月』のナンバーツーで、敵のボス。

 ミアはいつだったかルイトに聞いた言葉を思い出していた。

「初めまして、北條さん。・・・わたしのことは聞いている?」

「勿論。貴方様が記憶を失くし、メルド様の手のものに落ちていたことを。」

「違う。わたしは自分の意思でルイトのところにいたんだ。」

「今度のルナ様は少々大人しいとサリナから報告を受けていたのですが・・・どうやらその情報は当てにならないようですね。」

 嫌な笑顔だ。ルイトの、見ているほうが幸せになれる笑顔とは大違いだ。カイのこっちまでつられて笑ってしまうような笑顔とも。

 吐き気すら覚えそうだった。

「では、今の貴方様はご自分の立場をご理解なさっているのでしょうか?」

「知ってる。」

 ミアはぎゅっと拳を握り締めた。

 お願い、ルナ。力を貸して!

「わたしはあなたたち全員から『力』を奪う!すべて天に返してやるんだから!」

 その瞬間、部屋の中に閃光が炸裂した。

「なっ!」

 ミアはその一瞬の隙を突いて北條の背後にあったドアから外へと飛び出した。

 暗い廊下に出ると、妙な薬品の匂いが鼻をついた。右手に人影が見える。何か叫んでいるようだが聞き取れなかった。

 が、人がいる方向が出口に違いない。ミアは迷わず右手方向、人影に向かってダッシュした。

「捕まえろ!ルナが逃げた!くそ、今のルナは力を使えないんじゃなかったのか!」

 後ろから北條の声が響いた。

 人影がこちらに向かってくる。

「ルナ、お願い!」

 ミアが叫ぶと自分の内から何か熱いものが爆発するような感覚があった。

 気がつくと感覚はルナと交代していた。

 ルナは信じられない速さで廊下にいた3人の男たちを床に沈めると、その後ろにあった階段を駆け上がった。


 二階分ほどの階段を駆け上がると、やっと窓のある廊下に出た。今までいたのは地下だったらしい。

 廊下の長さ、窓の並び。

 雰囲気が学校のようだった。

「ここは天智大学構内かっ!しまった・・・」

 ルナは叫んだ。

  天智大学?力を持つ人が集められるっていう・・・

「そうだ、ここは・・・敵の本拠地だ!逃げるぞ!」

 同時にルナは一番近くの窓に飛び込んだ。

「ガッシャアアン!」

 ものすごい音がしてガラスが割れ、ルナは外に飛び出した。

 空には少し欠けた月――不知夜(いざよい)

 ざっと着地したのが植え込みだった。ルナは躊躇することもなく植え込みから飛び上がるとアスファルト舗装された道に着地した。

「ルナ様!」

 その時、後ろから声がかかる。

 ちっと舌打ちをして振り向いた先には紅の髪の女性。

「やばい!」

「逃がしません!」

 サリナがこちらに両手のひらを向ける。

 ミアはそれが経験的に危険だということを知っていた。ガイアの力を使う気だ。

「くっそお!」

  待って、ルナ!

 殴りかかろうとしたルナをミアが制する。

  わたしに少しだけ任せてくれる?

「どうする気だ?」

 ルナは聞きながらも体の感覚をミアに感覚を明け渡す。

「サリナさん、待って!わたしの話を聞いて!」

「いまさら何を!ルナ様は私たちの力すべてを奪うおつもりなのでしょう?」

「・・・あなたはガイアの力を持っているでしょう。」

「なぜそれを!」

 サリナの動きが一瞬止まる。

「その力、セドナから貰ったんでしょ?ちゃんと聞いたの?その力のこと!」

「それは」

 ミアの剣幕にサリナが押されている。ここぞとばかりにミアは畳み掛けた。

「ガイアの力を貰うと、代わりに無くなっちゃうんだよ!今まで使ってた力が!」

「・・・!」

「知らなかった?これは本当だよ。クロウさんから直接聞いたんだ!」

「そんな・・・事・・・北條様は・・・」

 サリナに迷いが出ている。やはり自分の力が消えることは知らなかったらしい。

  北條だと?

 ルナが反応した。セドナでなく北條の名前が出たことに。

「本当に邪魔ばかりしてくれるな、大坂井美愛・・・」

 背後から声がした。

  しまった・・・追いつかれた!

 何人もの部下を連れた北條がそこにはいた。

「せっかくルナ捕獲にうまく利用しようとしたのに、台無しだ。・・・まあいい。それなりに役にはたってくれた。」

「北條!」

 ミアに代わってルナが叫ぶ。

「きさまサリナすらも騙してやがったのか!」

「当たり前だ。私の目的はルナ、貴様の命を絶つこと。そしてもう一つは・・・」

 北條の後ろにセドナの影が現れた。

 クロウはミアの姿を目にしても全く表情を変えなかった。

「私以外のすべての人間から『力』を奪うことだ。」

「クロウ!おまえ北條の味方だったのか!」

 ルナが叫ぶ。

「そういうことだ。すべては私の計画通りなのだよ。」

 北條の笑みを見ていると寒気がする。

 ルナが顔をしかめたのがわかった。

「さあ、ルナ様。裁きの時間です。『力を天に返す呪われた子』として、死んでいただきます。」

「それはきさまだろう、北條!」

「何とでもおっしゃってください。」

 ルナはぎりっと唇をかみ締めた。

 どうする?いったいどうしたらいい?

  待って、ルナ。クロウさん、様子がおかしいよ?

 何だって?

  だって、あんなに表情に乏しい人じゃなかったよ。

 ミアの言葉でルナはクロウに目を向けた。

 確かに今のクロウはおかしなほどに表情がない。そう、初めて出会ったときと同じだ。

 表情がないときは任務を遂行している時。望まないながらも『シナリオ』の完結のために働いている時だ。

「クロウ、おまえ・・・」

 ルナが口を開きかけてはっとする。

 懐かしい気配を感じ取ったからだ。

「まさか!」

 いるはずがない。しかも、たった今まで気配がなかったのに!

「そのまさかだよ♪」

「何っ?」

 北條の後ろにいるクロウのさらに後ろから人影が現れた。

 黒髪に金の瞳の、それと濃い赤の髪と銀の瞳の青年の二人。

「ほんとすげえなあ、クロウ。ぜんぜん気づかれなかったぜ!」

 カイが感心したような声を出した。

「な、なぜアポロとメルドが・・・!」

「クロウの精神感応で気づかれないように近づいた。まさかここまでとは思わなかったけどなっ!」

 カイがにっと笑うと、それにつられたようにクロウも微笑んだ。

 そうすると、今までの鉄面皮はきれいに消え去って、クロウの表情が現れた。

「な・・・セドナ!貴様裏切ったのか!」

「もともとキミと盟約を結んだ覚えはない。」

 クロウはさらりとそう言うと、ミアにむかって手を差し出した。

「ミアちゃん帰っておいで。キミのいるべき場所は、ここだ。」

 ミアは、ルナかもしれないが、とにかく反射的にそちらに向かって駆けた。

「ミア!」

 カイが駆け寄ってきたミアを抱きとめる。

 思わぬ強い感触にミアは思わず顔を赤くした。

「ごめんな・・・もうどこにも行くな・・・!」

「やれやれ。まったく。」

 その様子を困ったようにルイトが見ている。クロウも複雑そうな表情で見つめていた。

「セドナ!貴様は・・・!」

 北條がひどい形相でこちらをにらんでいる。

 クロウはそれに涼しい顔で答えた。

「オレには誰が味方でも関係ない。オレは『セドナ』としてシナリオを完結させる・・・それだけだ。」

 クロウからぞくりとするような空気が発せられた。

「まあ、キミよりはアポロのほうが頼りになるからな。シナリオを完結しやすいと思ったから乗り換えたまでさ。」

「・・・糞っ!全員逃がすな!アポロもルナも関係ない・・・全員消してしまえ!」

 北條が叫ぶ。

 部下と思われる『力』を持つ者たちがいっせいに4人を囲んだ。

「さあ、どうしようか、セドナさん。」

 ルイトが楽しそうに言う。

「どうもこうも・・・」

 クロウはにやりと笑った。

「全員の『力』を奪うまでだ。」

 ルイトもにこりと笑って答えた。


 カイと、その腕の中に納まったミアの二人を守るようにしてクロウとルイトの二人が次々と北條の部下を倒していく。ルナは嫌がったが、下手をすると戦いの邪魔をしかねないためにしぶしぶ大人しくしている。

 が、ふと気づいた。

「待て、カイ。」

 サファイアブルーの瞳が銀色を見つめた。

「何だ?」

「なぜ、ルイトがクロウと同じ力を使える?『力』を天に返す術をなぜルイトが知っている?」

「・・・」

「答えろ、カイ!まさかルイトの力は・・・」

「そうだ。ルイトはガイアの力を手に入れた。」

「!」

「ルイトが自ら望んだことだ。」

「なぜ・・・なぜだ!すぐに力を失ってしまうのだぞ!」

「それは、お前のためだミア。それと・・・これからのため。」

「なっ・・・」

 ルナは絶句した。

「俺たちがクロウと手を結び、ミアの捕まっている場所を特定した後のことだ。」

 カイは周囲の戦いの喧騒とは裏腹に静かに語りだした。



 ミア奪回に集まったカイ、ルイト、それにテツヤとコージ。

 上野光司は銀髪に赤い瞳というアルビノのような容姿を持つ。視力が悪いわけでもないのに眼鏡をかけているのは瞳の色を同属に見せるのが嫌だかららしい。

 ミアのもとから空間転移(テレポーテーション)で戻ってきたクロウを交えた5人で作戦会議が開かれた。

 その中で唐突にルイトが切り出した。

「・・・セドナ。君はカイに『肯定する限りにおいて味方だ』といったそうだね?」

「ああ、言った。」

 ルイトは一瞬目を閉じた。

 何かを吹っ切るように。

「頼むよ、セドナ。」

「何だ?」

「僕に『力』を天に返す能力をくれないか?」

「何を言うんだ、メルド?それは冥王星の力を失うことを意味するんだぞ?」

「ほんとだよ、何言ってんだよ、ルイト!」

「僕は本気だよ、カイ。だってミアのつかまっている場所は天智大学だよ・・・敵だらけだ。セドナ一人の力で全員の力を奪えるとは思えない。それじゃ・・・ミアは助け出せない。」

「それは・・・否定しない。」

 クロウは静かに返した。

「でもメルド様。何も貴方でなくても・・・」

「いや、僕のほうがいいだろう。」

 コージの言葉をさえぎってルイトは言った。

「ミアを助けるとする。そして、これからのことを考える。するとやっぱり星の長にはシナリオについて話をしなくちゃいけないだろう。その時、提案する側の僕ら全員がまだ力を持っていたんじゃ、信じてもらえないよ。それこそ北條のように自分たち以外の力を消そうと思っていると思われても仕方ない。」

「・・・そうだけど。」

 カイがそういうと、ルイトはにこりと笑った。

「素直だね、カイ。その時にガイアの力を持つのは長だったほうが都合がいいだろう?悪いけど、テツヤさんやコージじゃ相手の反応はたかが知れてる。」

「・・・。」

 誰も言い返せなかった。

「本当にいいのか?メルド。」

「だってそれが最善だろ?」

 笑った顔はいつものルイトだった。

「だったら俺が・・・!」

「無理だ。オレの力ではアポロの力を消すことはできない。・・・それが出来るのはルナだけだといったはずだ。」

「・・・。」

「それじゃ、頼むよセドナ。」

「本当にいいんだな。」

「くどいよ?」

 ルイトはいつものようににこりと笑った。


 こうしてルイトはガイアの力を手に入れた。



「それじゃ、ルイトはもう」

「いや、まだ少しは冥王星の力も使える。消えるのは半月ほど後らしい。」

「バカやろう・・・!」

 ルナはぐっとカイの服を握り締めた。

「わかってるだろう、あいつがお前のことをめちゃくちゃ大事にしてるってこと。」

 ルナは答えなかった。

「勝手に出て行くなよ。勝手に自分が迷惑だなんて言うなよ。勝手に俺たちが何を考えてるか決めるなよ!」

 背に回されたカイの腕が震えていた。

「・・・怒ってるのか?」

「当たり前だ!」

 思いがけず怒鳴られて、ルナはびくりと体を震わせた。

「もう、痴話喧嘩は落ち着いてからやってよね♪」

 ルイトのからかうような声がした。

「まあ、もうほとんど終わりだがな。」

 それにクロウの声が続いた。

 気がつくと、ほとんどの人間がその場に倒れ伏しており、残っているのはサリナと北條の二人だけだった。

「さすがだな、二人とも。」

「まったく、少しくらいは働いてくれないかな?アポロなんだから。」

「気にするなって。」

 いつもの調子でカイは軽くかわし、ミアを離した。

 ミアにはそれが少し淋しかったといったらルナは笑うだろうか?

「さあ最後だよ、北條センセ。それにサリナももういいだろう?」

「メルド様・・・」

 サリナは力を失うと聞いたショックから立ち直れないでいる。茫然自失の体で道路に座り込んでいた。

 北條はそんな様子のサリナを見やると、悪態をついた。

「畜生!」

「北條。おまえは有能な部下だったよ。だがわたしにも自我がある。おいそれと消されてやるわけにはいかないさ。」

「大坂井・・・美愛・・・!」

「部下の不始末は上司の責任、だったな、ルイト?」

「そうだよ♪やっと覚えてくれたね♪」

「セドナ。ルナの名の下に命じる・・・北條春樹にガイアの力を与えよ。」

「御意。」

 クロウはすっと前に進み出た。

 手のひらを北條の方に向け、その手に漆黒の『力』をまとわせた瞬間だった。

「!」

 鋭い光線がひらめいて、クロウのいた地面に突き刺さった。

 間一髪避けたクロウは光線の方向をにらみつける。

「いいザマだな、北條。」

 ミアには聞き覚えのない声。が、ルナの血の気がさっと引いた。

「阿久津!」

  誰?

「現在の『サタン』だ!」

 ルナはぎりっと自分の割った窓の向こうにたたずむ人影をにらみつけた。

「サタン様!」

「だからセドナなどに頼るなといったんだ。」

 阿久津(あくつ)恭平(きょうへい)、土星の長『サタン』。ユリアとはまた違った感じの茶色の髪に不思議な色合いのオレンジの瞳。年は北條よりさらに上だろう。ミアは思わず背筋が冷たくなるのを感じた。

「やられたよアポロ、それにメルド。今回は引き下がろう。」

「なんだと!」

 ルナが食って掛かろうとするのをカイが引き止めた。

「待て、ミア。お前とじゃ戦いの相性が悪すぎる。」

「っ!」

 カイの言うことは正しかったらしく、ルナはおとなしく引き下がった。

「何言ってるのかな?僕らがおとなしく君を逃がすとでも?」

「思いはしないな。」

 サタンはそう言うと、

「これならどうかな?」

 窓枠の下に捕まえておいたらしい人の襟首をつかんで掲げて見せた。

「コ、コージ!」

 カイが驚いた声を上げる。

 気を失っているらしいコージは全く動かない。

「しまった・・・!」

 コージとテツヤは別行動でそれぞれ大学建物内の敵を相手にしていた。それぞれ月のナンバーファイブとナンバースリーだが、さすがに長であるサタンには勝てなかったのだろう。

 サタンの手によって掲げられたコージの銀髪がゆらりと揺れた。

「コージを離せ!」

「・・・いいだろう。」

 サタンはにやりと笑うとコージを窓の外へ無造作に放り投げた。

「コージ!」

 地面に叩きつけられようとしたコージの体をなんとかカイとルイトがキャッチする。

 が、その間にサタンと北條はかなり上空まで逃げ去っていた。

「待て!サタン!」

 ルナが追いかけようとしたが、間に合わなかった。

「また次の機会に・・・星々の長たちよ。」

 あのいやらしい笑みを顔に貼り付けて北條が言ったのを最後に、二人の姿は不知夜(いざよい)が浮かぶ暗黒の空に消えていった。




 カイとルイト、ミア、それに合流したテツヤと目を覚ましたコージ、ショック状態のサリナもつれてルイトのマンションに戻った。なぜか当たり前のようにクロウもついてきた。

 が、ミアを待っていたのはユリアの怒声だった。

「ミアちゃん!何で勝手に出て行ったりしたの!」

「ご、ごめんなさい・・・」

  やれやれ、相変わらずだなユリアは。

 ルナが楽しそうな声で言う。

「許してやりなよ、ユリア。さっきカイがちゃんと叱ってたから♪」

「あら、そうなの?」

「・・・」

 カイがらみのことになると、頬が火照ってしまうのはなぜなのだろう。

「ほんとにかわいいわあ・・・」

 ユリアがぎゅっとミアを抱く。

「それより、ユリア。サリナ、連れてきちゃったんだけどどうしよう?」

「サリナを?」

 ユリアは言われてミアを離す。

 そして、ルイトに連れられて部屋に入ってきたサリナに目を向けた。

「サリナ。」

「・・・ユリア・・・っ!」

 サリナが反応した。

「まったく、何やってるのかしら。変わらないわねえ、あなたは。」

「あ、あなたに言われたくは・・・!」


 二人で話し始めたのを見ながら、ミアはルイトに問う。

「二人は知り合いなの?」

「んー、なんて言うか、幼馴染の腐れ縁?」

「・・・!そうだったんだ・・・」

 驚いた。でも、さっきまで呆然としていたサリナが頬を染めてユリアに言い返しているのだからきっと仲がいいのだろう。

「ミアとカイみたいなものかな♪時に叱ってくれるし、大切にしてくれるし。」

  ちょっと待て、交代しろ、ミア。

 ミアは請われてルナと交代する。

「わたしとしてはあんなやつに叱られたのは非常に不本意なんだがな。」

「ミア?」

「ルイト、おまえは相変わらずだな。」

「あれ?ミア?」

「ミアではない。わたしがルナとして生きることに決めたんだ。もう一人のわたしがこれからはミアになるんだ。」

 そう言うと、ルイトもカイも目を丸くした。

「ほんと?」

「まじか?あんなにルナって名を嫌がってたくせに!」

「うるさいぞ、カイ。」

 二人だけでなく周囲の人間がみな驚いている。

「ほんと、あんなにガンコだったのにねえ。ミアってすごいなあ♪ルナをこれだけ素直にしちゃうんだから!」

「本当ですか!これからはルナ様とお呼びしてもよろしいのですか・・・!」

 コージは赤い瞳をうるうるさせてこっちを見ている。

 みんなの反応を見てミアは不安になる。もしかすると、自分はひどいことをルナに押し付けたのではないだろうか。

  ルナ、そんなにルナって名前嫌だった?

「嫌じゃない。わたしはおまえと生きていくと決めた。」

 ルナははっきりと言った。

「それより・・・それって性格の分裂なのか?記憶をなくしたからそうなってたのかと思ってたぞ?」

 カイが不思議そうに聞く。

「セドナに聞かなかったのか?」

「何をだ?」

 ルナが目をやると、入り口付近に所在無くたたずんでいたクロウは気まずそうな表情で目をそらした。

「長くなるが・・・聞くか?」

「ああ、聞きたい!」

 カイがいつものように笑顔を見せた。

「仕方がないな。」

 ルナはそう言いつつもクロウとの昔話を語り始めた。





 それから一週間ほどがたった。

 アポロ、ルナ両名の名の下に星々の長に通達を下した。

 その内容とはアポロとルナはセドナの『終末のシナリオ』に加担すること。星々の長にはそれに賛同して欲しいという内容のものだった。


 むろん返信は来なかった。

 唯一、金星の長ヴィーナスの使いが賛同の意を示してきた。とはいってもヴィーナスは若干7歳の少女であり、金星グループの実情はといえばほぼナンバーツーが仕切っているという状態だ。



「青色のおねーちゃん!」

 ヴィーナスと謁見する待ち合わせのホテルのロビーに到着すると、その場の雰囲気にそぐわないかわいらしい声が響いた。

 見ると、年の頃7・8歳と思われる金髪ウェーブの女の子がかけてくる。おそらくこれが現在のヴィーナス――加納(かのう)唯奈(ゆいな)

「あー、赤色のおにーちゃんもいる!」

「唯奈ちゃん、久しぶり。」

 カイはたたっと駆けてきたその少女を軽々と抱き上げた。

 長と会うということで緊張気味だったミアの表情がふっと和らいだ。

「お久しぶりです、高梨さん。」

 カイは唯奈の後についてきた女性に声をかけた。

「お久しぶりでございます、アポロ様。ルナ様もよくぞご無事で。」

「今回はありがとうございます。金星に助力を仰げると本当に助かります。」

「いえ、私どもこそルナ様が大変な目にあってらっしゃる時に何もお力添えできず・・・」

 ミアはルナと交代した。

「いや、そのお気持ちだけでもありがたいものです。現在わたしたちに参堂してくれる者は少ないものですから。」

 ああ、ルナでも敬語を使うんだな、と余計なことに感心しながらミアはぼんやりと対談を見ていた。

 ルナは誰とも対等だ。ルナという名もそうだが、ルナ自身が堂々と大人たちと渡り合えるだけの能力を有しているからだ。カイもそうだ。アポロの名に恥じない決断力、行動力、そして意志の力を持っている。

 本当にすごい。




 金星との対談が終わり、カイとミアの二人は最近ではすっかり居ついてしまったルイトの部屋へと向かっていた。

 そろそろ夏も終わりに近づいている。(あと)(よい)の月が浮かぶ夜の空気はひんやりと心地よかった。

「ルナ、それにミアも聞いてくれるか?」

「何だ?」

 カイが唐突に切り出した。

「実は・・・俺、ちょっと旅に出ようかと思うんだ。」

「はあ?おまえ突然何を言い出すんだ?」

「ほら、結局サタンは消えちまっただろ、俺たちの通達を見て姿を消した長も少なくない。もしかすると、サタンの元へ走ったのかもしれない。」

「・・・」

 ルナもその可能性を考えていないわけではなかったが、カイも同じことを考えていた。

「だから、俺はやっぱりサタンを探すべきだと思うんだ。」

 カイの銀の瞳に意思の光が灯る。

「だから・・・それに、ルナとミアもついてきて欲しいんだ。」

「!」

「無理にとは言わない。でも、俺は一緒に来て欲しい。」

 まっすぐに見つめてくる銀の瞳から目を離せなかった。

 きっと今、ルナとミアは同じ気持ちでいる。

「「・・・行く。」」

「本当か!」

 カイの顔がぱっと輝く。

「やった!」

「仕方ないだろう、アポロとルナが別行動では困る。」

「やっぱ一人旅は淋しいもんな。」

「人の話を聞け!」

 ルナの声が夜の空に響いた。

 暗かったせいで、きっとカイはルナの頬が真っ赤だったことに気づかなかっただろう。



 ルイトはその頃訪問してきたクロウと二人でアルコールの入ったグラスを傾けていた。

「セドナ、一つ聞いていい?」

「何だ、メルド。」

「君の力は最後に天に返るのかな?」

「そうだ。オレだけは自分の意思で『力』を天に返すことが出来る。」

「じゃあさ、そうしたらルナは・・・君が創った『大坂井美愛』の人格はどうなるのかな?」

「・・・」

 クロウは答えなかった。

 代わりに紅の光差すワインの入ったグラスを飲み干した。

「ほんと、残酷だよね。」

「言ってくれるな。」

 苦々しい表情のクロウ。自分が若いときに犯した過ちがどれほど罪深いことか、今更になってかみ締めていた。

「かわいそうだねルナが。ミアも、カイもだ。」

「キミはいつでも見守るのだな。自分の感情はいいのか?」

「僕?僕は自分よりあの子達のほうが大切だから。彼と彼女らが傷つくところなんて見たくないよ。」

「そうか・・・」

 コトリとグラスをテーブルにおいて、クロウは立ち上がった。

「行くの?そろそろ君の娘が帰ってくるよ?」

「いや、いい。邪魔をした。」

 次の瞬間にクロウの姿は消えていた。

「まったく、つれないなあ。」

 ルイトも一気にグラスを開けると、二つのグラスをキッチンに持っていった。


「ただいまー!」

「お帰り♪」

 それから数分もしないうちにカイとミアが帰ってきた。

「あのさあ、ルイト。実はさあ・・・」

 カイは旅に出たいという心のうちをルイトに伝えた。

「何言ってんの!また!」

「んで、ミアも連れて行きたいんだけど・・・」

「ユリアに何て言うつもりなの!」

「いや、そこはルイトから適当に。」

「まったくもう・・・」

 ルイトは困ったように首を傾げた。

 そうは言っても、止めても無駄なことを知っている。

「ちゃんと今度はミアを守るんだよ?わかってるの?」

「う・・・反省してます。」

「よろしい。」

 これじゃあまるで娘を嫁にやる父親の気分だ。

 セドナはもしやこのことを知っていたのか?だからさっさと逃げ帰ってしまったのか?

「まったく・・・みんな勝手なんだから!」

 ルイトは珍しくすねたようにそう言うと、外から帰った二人にコーヒーを淹れた。

「えー、俺ココアがいい!」

「わがまま!」

 淹れなおしにキッチンに戻ったとき、洗って逆さに置いてある二つ並んだグラスが目に入った。

 今度またミアについて二人で語るのもいいかもしれない。カイへの不満や文句も。きっと話が合うはずだ。

「ルイト、手伝おうか?」

 ミアがキッチンまでやってきてくれて、はっとする。

「ほんと、ミアはいい子だね♪あっちのわがままとは大違い!」

「うるさいな!」

 しぶしぶといった感じに立ち上がって自分の分を取りに来たカイにくすりと笑ってしまう。何だかんだ言って、自分は二人とも大切なのだ――いや、3人とも、か。

「はい、ココア。」

「サンキュー、ルイト!」

「どういたしまして。」

 酔い覚ましにと自分用に淹れたコーヒーのカップを持ってルイトもテーブルに向かった。





 そして出発の日はやってきた。

 見送りは少ない。最後まで渋っていたユリアと相変わらず言葉少ないテツヤ、それにコージとルイト。

「カイ、ほんとにミア様を頼むぞ!」

「わかってるって。」

 ルナ至上主義のコージは何度も念を入れている。

「本当にすみません、ミア様!本当なら自分もお供したかったのですが・・・」

「コージさんはここにいて。何が起きるかわからないのだから、天智学校の近くに誰かいたほうがいいよ。」

「はい。留守は必ずお守りします。何があっても駆けつけますから!」

「ありがとう。」

 ミアはコージに微笑んだ。

 コージはいつもこんな調子だ。大切にしてくれるのはわかるけれど、少しばかり大袈裟だ。銀の瞳に赤い瞳というアルビノの容姿にも関わらずあまりはかなげな印象を受けないのはそのオーバーアクションのせいなのだろう。

「ミアちゃん、いつでも帰ってくるのよ?あ、カイと一緒が嫌になったらいつでも迎えに行くから連絡ちょうだいね!」

「わかった。」

 ミアはうなずいた。

 この一ヶ月ほどでたくさんの仲間を手に入れた。あのとき、ビルの屋上で一人目覚めた時はこんな風になるなんて想像していなかった。ただ不安で、何もわからないと嘆いていた。が、今は違う。誰よりも信頼できるルナとカイの二人と一緒に旅に出るのだ。

「ミア、無理しちゃダメだよ?」

「わかってるよ、ルイト。」

 あの日、ルイトに見つけてもらってすべてがはじまった。

「でもさ、すごく大変になったらちゃんと助けにきて。どんなに遠くにいても、わたしが助けてっていったら助けにきて!」

 ミアはにこりと笑った。

 ルイトは一瞬きょとん、としたがすぐに答えた。

「わかってるよ。だって僕は騎士(ナイト)で」

 にこり、とルイトが笑う。

「君は姫なんだから♪」


「クロウさんは来てくれなかったね。」

「セドナは気まぐれだからね。」

 ルイトは苦笑した。

「最近メルド様ってセドナと仲いいですよね。なぜなんです?」

 コージが聞いた。

「まあ、それは・・・」

 ルイトはチラッとミアを見る。

「同じ子を持つ親だからね♪」

「はあ?」

 カイがわからない、といった顔をした。

「まあ、いいっていいって♪」

 ルイトはにっこりと笑った。




「いってきます!」

 ミアはみんなに向かっていった。

 カイとともに始まりの一歩を踏み出して。




 これは、ひとつの『おわり』。

 そしてあらたな『はじまり』。


 『はじまり』ははじまり、『おわり』もはじまり


 物語は終わらない。





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