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ガイア


「ミア、何してるんだ?」

 満月の晩。

 夜だというのにまだまだ昼間の熱気が残っているベランダでじっと空を見上げるミアの隣にカイがやってきた。

「もう体は平気なのか?」

「うん、大丈夫。」

 クロウとの邂逅から三日以上寝込んだミアは、目覚めるとまた記憶をなくしたミアのほうに戻っていた。

「少しでも何か思い出そうと思って。お月様を見てるとなんだか安心するから・・・」

「そうか。」

 今ではすっかり馴染んだ笑顔を向けられると、カイの心臓はどうにも落ち着かない。

 以前のミアときたら不敵に笑うことはあってもこんな風に素直な笑顔を見せることはなかったからだ。

「今すごく調子がいいんだ。やっぱり満月だからかな?少しずつだけど『力』が使えるようになってきてるんだ。」

 ミアはそう言って空に手をかざした。

「蒼天に座す 天満月 盟約により地上の月が命ず ここに光 指し示せ」

 そうするとまるで月の光がミアに降りてきたかのように全身が温かな橙色の光に包まれる。

 それがあまりに神々しく美しかったためにカイは思わず見とれてしまった。

「よかったな。」

 かろうじてそんな月並みな言葉を吐き出すと、ミアはもう一度にっこりと微笑んだ。

「きれいなお月様・・・きっと前のわたしもお月様のこと大好きだったよね。はっきりとじゃないけど覚えてる。魂が、っていうのかな?心が覚えてるんだ・・・」

「そうだな。ミアは・・・月が大好きだったよ。とくに満月が。」

「やっぱり?」

「ああ。」

「わたしは満月が好きだったんだ。」

 ミアは自分の中にいる昔の存在を思い出すように自分の両肩を抱いた。

「なんだか嬉しい。」

 ミアはまた笑った。

「ミア、よく笑うようになったな。」

 カイがそういうと月の柔らかな光をまとったミアはまっすぐにカイを見つめた。

「・・・あのね、月の光って太陽の光を反射してるんだよ?知ってた?」

「知ってる。」

「ありがとう、カイ。わたしが笑えるようになったのはカイのおかげだよ?・・・ずっとお礼を言いたかったんだ。」

 にっこりと笑ったミアは本当に、月を守護する女神に見えた。

――もう、だめなのかもしれない。

 カイは知らず自分より頭一つぶん低いミアの頬にそっと触れていた。

「ミア・・・」

 吸い込まれそうなサファイアブルーの瞳から目が離せない。

 頬にあてた手をずらしてそっと指を濃い青の髪に滑らせる。少しくすぐったそうな顔をしたミアの後頭部に手を当てて、そっと引き寄せた。

 額に軽く唇で触れる。

「・・・カイ?」

 少し驚いたようなミアの声。

 カイはそのままもう一方の手を背に回し、ミアを強く抱きしめた。

「絶対に渡さない。『力』に固執するやつらに、妙な言い伝えを信じているやつらなんかに渡したりするもんか・・・!」

「『力』に固執する・・・?妙な言い伝え?」

 その言葉が妙に引っかかった。

 いったいどういうことなのだろう?

「カイ。教えて。」

 ぐい、と腕で胸板を押してカイを離すと、その銀の瞳をしっかりと見つめた。

「わたしはなぜ命を狙われることになったの・・・?」

「それは・・・」

「妙な言い伝えって何?『力』に固執するってどういうこと?」

「・・・」

 カイの銀の瞳が少し揺らいだ。言うか言うまいか、迷っているようにも見えた。

「カイ!わたしだって『ミア』だよ!」

 ミアはカイの胸元をつかんだ。

「知ってる。この間、昔のわたしが・・・ほんとのミアが出たこと。ルイトもカイも言わなかったけど、わたしにも見えたもの。あの強いひとが!」

 まるでフィルターを一枚通したようにして見ていた。自分の中から生れだした何かが自分の体を動かし『セドナ』と呼ばれる男性と対峙しているところが見えていた。

「彼女が本物のミアなのも知ってる。でもわたしも『ミア』なの!わたしだって知りたいよ。自分のことなんだもん・・・。」

 泣きそうになったけれど必死でこらえた。

 きっとあの人なら――本物のミアなら泣くはずがないと思って必死に堪えた。

「だってそうでしょ?自分が狙われるわけも知らずに命を狙われるなんてそんなのはいや!」

 強い意志をもって煌いた紺碧のサファイア。

 カイはふう、と小さく息を吐くとぽんとミアの頭に手を置いた。

「・・・俺だって知ってる。俺の知っているミアは自分の運命から逃げようとしないでまっすぐに立ち向かっていった。だから・・・お前は、ミアだよ。お前はお前だ。」

 にこりと笑うと、カイは静かに語りだした。


「実は星々の一族には、古い言い伝えがあるんだ。いつの代だったか、予言にすぐれた力を持つルナが言い残した言葉らしい。」

 カイはいったんそこで言葉を切った。

「そのルナが言うには・・・まあ、要約すると『太陽が癒しの力を持った時戦いの女神が現れる。戦いの女神は星の力を天に返すだろう。』ということなんだ。」

「え・・・?」

「お前は俺より強い。戦闘能力に関してはぴか一だ。そして俺は・・・本来お前が持つべきだった癒しの力を持ってしまった。だから・・・」

 癒しの力を持つアポロ。戦闘に特化したルナ。

 いやしくもこの時代、二つの条件がそろってしまったのだ。それが人々の恐怖心に火をつけてしまった。

「『力を天に返す』というのがどういう意味なのかはわからない。星の力が消えてしまうのかもしれない。それを恐れた人々がルナを排除しようと動き出したんだ。」

「じゃあ、わたしは・・・」

「その力を守ろうとするやつらに狙われている。・・・まあ、俺は力なんかよりミアのほうがずっと大事だから。」

 屈託なく笑うカイ。

「そんな昔話なんかでミアを取られてたまるかっての。安心しろ、俺が・・・守ってやるから。」

 その言葉が頼もしかった。嬉しかった。

 それと同時に――胸が引き裂かれるように痛んだ。

 自分はみなの『力』を奪う可能性を秘めている。それがいったいどういう方法で、どういった経緯なのかはわからないがそれが可能性として濃いことは否めない。

「カイはわたしが『力』を奪うとは思わないの?」

「?」

「怖くないの?わたしがみんなからいつか『力』を奪うって言われて、わたしのことを排除しようとは思わないの?」

「何言ってんだ、ミア?」

「排除しようとするほうが普通だよ?なんで・・・一緒にいてくれるの?」

 痛い。心が痛い。

 力を奪うかもしれないという自分。それでも一緒にいてくれる人たち。

「わたしはカイの『力』を奪うなんて嫌だよ・・・?」

 きしむように痛む胸を押さえてカイから遠ざかる。今なら夢の中でカイを遠ざけようとした自分の気持ちがよくわかる。

 とん、と背中がベランダの手すりに当たった。

「わたしが迷惑かけるのもやだよ。」

「迷惑なんかじゃ・・・!」

「いや。」

 頭の中が混乱していた。

 断片的にフラッシュバックする記憶。多くの人が『忌み子』と呼び、避けていく。重く心にのしかかる現実。

 これはトラウマ。ミアが心の奥底に抱えていた深い傷だ。

「わたしに関わっちゃダメなんだ・・・」

 少しずつ何かを思い出しそうだった。

「わたしは『呪われてる』から・・・」

「ミア!」

「ダメだよ、カイ。きちゃダメ・・・」

 ミアは悲しそうに微笑んだ。

 カイはその笑顔に胸のうちを抉り取られるような感覚を覚えた。

「カイ・・・さよなら。」

 どん、と近寄ろうとしたカイの体を突き放す。

「ミア!」

 叫ぶ声がする。それでも振り返らない。

 ミアはベランダからその身を空へと躍らせた。

「ミアーーー!」


 自分でも無我夢中で、どうしたのか分からない。

 それでも空中に放り出されたミアの体はまるで空気に溶け込むようにふわりと宙に浮いた。

 とん、と軽い音をたてて地面に着地すると、カイが追ってこないようにまっすぐに駆け出した。

――もう何も、聞きたくない・・・

 ミアはそのまま月光の照らし出す道を無我夢中で駆け抜けた。




 ミアは走った。とにかく何も考えずに走っていた。

 もう瞳から涙がこぼれているのかどうかも分からない。周囲に人がいるのかどうかもわからない。今自分がどこにいて、何をしようとしているのかも分からない。


 ナニモワカラナイ・・・


――ドクン

 そう気づいた途端に、ミアの足は止まった。

 息は切れていない。むしろまだまだ走れそうだ。心臓の音だけが大きい。

 裸足。最初に目覚めたときと同じ。


 ナニモワカラナイ


 世界が崩れ去るような恐怖に襲われた。

 がくがくとひざが震える。力を抜いたら倒れこんでしまいそうだ。

「う・・・あ・・・」

 カイ、と呼ぼうとして思いとどまる。

 ザクリと抉り取られるような痛みが胸をつらぬく。

「うう・・・」

 どうにもならない思いは具現化されて外に流れ出ていく。

 それは涙として、抑えたうめきとして、嗚咽として外の世界へと押し出される。とどまらぬ思い。悲しみ、恐怖。

 大切だから一緒にいたくない。守りたい。自分のことで迷惑をかけたくない。

「う・・・」

 こんなにもカイを大切に思うようになっていたなんて。

「うわああーーー!」

 真夜中の道の最中でミアは泣き喚いた。

 それが、最大の敵を引き寄せてしまうことには気づいていなかった。




「ミア!」

 カイも追ってベランダを飛び出したはいいものの、ミアの足取りは追えない。

「くっそう・・・いったいどこに・・・」

 暗い道。車一台すら走っていない道に沿ってミアが駆けて行ったかはわからなかったが、とりあえずカイも闇雲に走るしかなかった。

「くっそー!」

 このままではまたミアをこの手から失ってしまう。

 もう、失いたくない。

「ミア!どこだ!」

「アポロ。」

「!」

 一番聞きたくなかった声が響いた。

 振り返るとそこには黒髪黒瞳の男が立っていた。

「クロウ!お前ミアを・・・」

「彼女ならつい今しがた北條が連れて行った。」

「何っ!」

 カイが目を吊り上げる。

「そう怒るな、アポロ。」

「怒るなってお前っ」

「ここはとりあえず引くしかない。それはわかっているだろう?」

「・・・っ!」

 悔しいがクロウの言うとおりだ。

 ミアが北條に連れ去られたとなるといったん帰ってルイトと落ち合い、救出せねばならない。

「くっそお・・・!」

 まただ。またミアを守れなかった。

 がくりと膝をついて地面を殴る。こぶしに痛みが走ったが関係なかった。この感情をすべてぶつけてしまいたかった。

「悲しんでいる暇はないアポロ。」

 クロウの冷たい声が上から降ってきた。

 カイはぎり、とにらみつけるようにしてそれを見上げる。

「オレはキミに用があるんだ。」

「・・・いったいなんの用だ?」

 カイは立ち上がってクロウと対峙した。

 先ほどまでの激しい感情を押し隠したようで、警戒心をむき出しにしてにらみつけた。

「おや、つれないな。」

 クロウはふっと笑う。冷たい微笑。

 光を通さない漆黒の髪。同色の瞳。長めのストレートの髪は後ろで軽く束ねてある。細い黒のフレームの眼鏡。

「キミのお姫様に関する大切な話なんだがな?」

「・・・ミアの?」

「聞く気になってくれたかな。」

 カイは猜疑心の入り混じった瞳でクロウを見ていた。精神感応は使っていないようだが、何をするがかわからない。

 クロウはふうと、ため息をついた。

「とにかくオレがルナを使って君に攻撃させたことは謝るよ。・・・・・・そんな顔するな、アポロ。」

 思わず剣呑とした表情を見せるカイに、クロウは苦笑する。

「オレにも踏まなくちゃいけない手順ってもんがあるんだ。そのひとつがそれだったわけだ。」

「・・・?」

 クロウの話についていけず、思わずカイは眉を寄せた。

「ああ、よかった。やっと殺気が消えたね。これで少し話せるな。」

 クロウは道の真ん中からずれてバス停の横にあったベンチに腰掛けた。

「座って。オレはもう闘いに来たわけじゃない。これでやっと話せるんだ。オレたちの使命――。」

「使命?」

「そう。オレたちイレブンスは『ガイア』によってある使命を賜った使者なんだ。」

 クロウは、今度は少し悲しげな笑みを見せた。


 クロウはゆっくりと話し始めた。

 カイはミアのことが気になって仕方がなかったが、それを表面に出さないよう努めた。

「キミたちが知らないことがある。」

「?」

「オレたちが――イレブンスと呼ばれる者たちが太古から守ってきたシナリオだ。」

「シナリオ・・・さっき踏まなくてはいけない手順がある、といっていたな。それと関係があるのか?」

 クロウはその言葉を聞いて微笑んだ。

「そうだ。賢い長で助かるよ、アポロ。・・・そのシナリオはイレブンスの長、つまりセドナが生まれながら記憶として持つものだ。オレは物心ついたときにはそのシナリオを知っていた。その記憶を持っていたのだ。その――すべてを無に帰すシナリオを。」

「それはもしや、最近現れた妙な力にも関係することか?半月ほど前にミアが食らった力だ。どうやら『力』自体を無効にするらしい。」

 カイは眉一つ動かさず、間髪いれずに言った。

「さっき『ガイア』の名を出したよな。もしかするとあれは昔話にある『ガイア』の力じゃないのか?」

「・・・本当にキミは察しがよくて助かるよ。」

 クロウが目じりを下げた――カイは、初めてクロウが微笑んだように見えた。表面上でなく、本心で。

 それでやっとカイから肩の力が抜ける。どうやら自分で気付かないほどに緊張していたらしい。

 らしくない。緊張だなんて。カイはやっと自分の調子が戻ってきたことを感じた。

「もしかしてお前、俺やミアやルイトの敵じゃないのか?」

 その言葉で、クロウは目を丸くした。

 が、次の瞬間にさもおかしそうに笑い出した。

「ははは・・・敵じゃない、だって?本当にキミはおもしろいなあ!」

 目の前で突如笑い始めてしまったクロウ。

 カイはどうしていいか分からずに頭をかいた。

 おもしろいって・・・褒められたのか?俺。

「オレは、キミがオレたちのシナリオを否定すれば敵になる。だが、キミがオレたちのシナリオを肯定してくれるのならば――」

 そこでクロウはじっとカイの銀の瞳を見つめた。

「キミの味方になろう。」

 感情の読めない漆黒の瞳。そう思っていたのはどうやら勘違いだったらしい。黒い瞳に感情を求めることを忘れてしまっていただけだ。ただ、闇の中に感情を見つけにくいだけ。

 この瞳にはちゃんと感情が映し出されている。

 今は不敵な笑いを反射する漆黒の瞳を逆に覗き込み返して、カイもまたにやりと笑う。

「じゃあ、未知数ってことだな?」

「そういうことだ。」

「そのシナリオ・・・聞かせてくれるか?」

 カイの言葉に、漆黒の瞳はにこりと笑った。



 こんな昔話がある。

 『ガイア』と呼ばれる太古の力のこと。


 太陽、月、そして水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星という8つの惑星。この十個の星が地上の民に力を与えた。理由も方法も一切分からないが、とにかくカイやミアの祖先にあたる人々は力を授かった。

 その少しあとに第十番目の惑星は少し遅れて力を地上に降りそそいだ。

 これが少数民族となってしまった『イレブンス』の起原である。力を与えられた時期が違う。たったそれだけの理由でイレブンスは数的にも権力的にも大きく虐げられることとなってしまった。

 イレブンスたちはいずれの権力にも属さない独立集団として独自の歴史を有してきた。数が少ないためにあまり人目に触れる機会も少ない。また、その長『セドナ』が現れるのは数十年に一度ともいわれ、非常に稀な存在だ。それもまたイレブンスの弱小化に一役買っていた。

 兎にも角にも、こうして『力を持つ人々』は史上に出現した。


 では、それまでは?『力』を天から授かる前はどうだったのか?

 それが『ガイア』という力の答えだ。『ガイア』とは地球――すなわち人々が住む惑星そのものから授かった力だ。

 現在人間はガイアの力を持たない。その力は星たちからちからを貰うときに返してしまった。何より、ガイアの力は無に返す力だ。

 太陽が破壊に特化しており、月が治癒に・・・といった風にそれぞれの星には特性がある。ガイアはすべてを無に帰す力を持っているのだという。



 クロウの話は簡潔だった。

「昔話は知っているな?その昔ガイアという力が存在したこと。」

「ああ。」

 無駄なことは一切はさまず、カイにわかるよう最低限のことだけを話していった。

「ガイアは滅びの力だ。すべての力を無に帰す。それはルナが体験しただろう。」

「ああ、それはわかっている。」

 カイが言った。

 それにもよどむことなく、クロウは何事もなく続けた。

 この事件の核心を。おそらくはこの力を授かったときから定まっていた『オワリ』のことを。

「オレたちの――イレブンスと呼ばれる者の使命はすべての力を天に帰すことだ。おそらくキミたちの言い伝えにそんな節があるのだろう?」

「ああ、あるにはあるが・・・力をなくすなんてそんなことができるのか?」

「ああ。オレはもともと『力』を持つ者にガイアの力を授けることが出来る・・・ただし、ガイアの力は与えても時間とともにもともと持っていた力と相殺して消えてしまうからな。」

 クロウは深く頷いた。

「それが与えられた『終末のシナリオ』だ。それを実行することが俺の使命。」

「・・・!」

 まっすぐに見つめてきた漆黒の瞳に偽りはない。

「それがオレの話だ。さあ、どうする?アポロ。」

 カイの銀の瞳から視線をはずさないクロウ。その視線に気付きつつも、いったん目を閉じて深く考えている様子のカイ。


 いくらかの時間が流れた。

 カイはふっと目を開けた。

「だめだ。」

 第一声は、それ。

 クロウの表情が一瞬こわばる。

 が、カイは相好を崩した。

「考えても無理。俺にはわかんねえ!」

 そういうと、照れたように苦笑した。

「俺考えるの苦手でさ。そういうの、ルイトの仕事なんだよなー。だから、俺じゃなくルイトに考えてもらう。」

 ルイトが聞けばまたあの凄みのこもった笑顔を向けられそうな台詞を堂々と吐いて、カイはまっすぐにクロウの漆黒の瞳を見た。

「だめか?俺には判断できねえ。それはお前がここに求めにきた答えにはならないか?」

「それは・・・」

 クロウは一瞬絶句した。

 こういう『答え』は予測していなかった――「YES」もしくは「NO」という答えをもらえるものだと思っていた。

「でもな。」

 カイはにっと笑ってこういった。

「もし敵か味方かって質問なら・・・俺は『味方』だ。たぶんな。」

 クロウはその言葉を聞いてふっと微笑んだ。

「キミが治癒能力を持つのが分かる気がするよ。」

「そうか?俺、攻撃弱いのけっこうコンプレックスなんだけどなぁ?」

「それでいい。そうでなくてはシナリオは完成しない。」

「?どういうことだ?」

「力を天に戻すのにはそれこそ『力』がいる。アポロの力を天に返すときはそれこそすさまじい力がいる。その可能性を持つのはルナだけなのさ。」

「ああ、それで・・・。」

 クロウがミアにカイを攻撃させた理由。

 踏まなくてはいけない手順だったといった理由。

 ミアの力がカイと拮抗していなければこのシナリオは成立しない。それを確かめるためには攻撃をさせて力を見るのが一番よかったのだろう。

「ちょっと待てよ、ってことは今もうガイアの力を持っている人がいるってことは・・・」

「ああ。もうシナリオは始まった。」

 クロウはこともなげにさらりと言ってのけた。

「簡単だった。ルナを捕らえるための力をやるといったら、思ったとおりに食いついてきたよ。ガイアの力だと知ったうえで使うんだから・・・そんなにもルナを殺したいのかね?」

 クロウは冷たく笑った――背筋がゾクリとする感覚。それはルイトに少し似ている。カイはそう思って思わず頬を緩めた。

「失った力は戻らない。それに気付くのはいつなんだろうな。」

「・・・そのシナリオってのはもうとめられないのか?」

「いや、とまる。とまるときにはとまる。セドナが現れるたびこのシナリオは繰り返されてきた。だが、今まで一度も成功していない。今も力が残っているのはその証拠だ。はるか昔に一度だけ成功しかけた。そのときは一族のほんの一部が逃げ延びてこの島国――日本にたどり着いたわけだ。」

「・・・なるほどな。」

「力を持つすべての人間から力を消すのは言うほど容易ではないのだ。」

 カイは唇を一文字に結んだ。

「少し・・・考えてもいいか?」

「ああ。もちろんだ。・・・突然だろう?オレにもわからないよ。これが正しいのか正しくないのか。それでもこれはオレの使命なんだ。生まれたときからある記憶だ。逆らえないのさ。」

 クロウは自嘲的な笑みを見せた。

「よく考えるんだな、アポロ。まだ時間はある。」

 クロウはベンチから立ち上がった。

「じゃあ・・・」

「待ってくれ。最後にひとつだけ聞かせてくれ。」

 暗闇に去っていこうとするクロウはカイに呼び止められて振り向いた。

「これは誰の意思なんだ?天から力を授かったのは?その力をもう一度取り上げようとしているのは?セドナにそのシナリオを与えたのは?」

 クロウは数秒間黙った。

 そして、無機質な声でこういった。

「わからない。それが誰の意思なのか。果たして意図されたことなのか。ただのプログラムか。」

 感情が表に出ないよう、わざと無機質な声を出しているようだった。

「もしひとつの可能性があるとするなら・・・ガイア自身じゃないのか?オレたちがいま住んでいるこの惑星そのものの意思――」

 それ以上カイは尋ねず、クロウもそれ以上言葉を紡ぐことなく二人はそれぞれの方向に消えた。



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