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イレブンス

 自分の手を掴んで走るルイト。

 ミアはその白く細い指をじっと見ていた。

「はーい、ここでストップ。」

 ふいにルイトがにこっと微笑んで立ち止まった。

 あたりを見渡すと、いつしか景色が一変していた。広いアスファルトの空間。おそらく昔は駐車場が何かなのだろう。ところどころ思い出したように割れ目から草が顔を出しているのが酷く印象的だった。

 人の気配がない。

 ここは、いったいどこなのだろう?


 そこに現れた、影。

「メルド様。ルナ様。」

 見覚えのある、影。

 聞き覚えのある、声。

 覚えている――紅。

「久しぶり、サリナ♪」

 ニコニコと笑うルイト。

 剣呑とした表情のサリナ――紅の髪と紅の瞳を持つ女性。ルイトのいう自分たちの当面の敵。

「見つけられてよかった・・・さあ、早く戻りましょう。多くの方があなた方の帰りをお待ちしています。」

「だからさ、嫌だって言ってるのにしつこいねえ、君も。」

 やれやれ、とあきれたように言うルイト。

 サリナは片方の眉を吊り上げた。

「いつまでも私たちから逃げられるとでもお思いですか?」

「・・・どうしたの、サリナ?今日は機嫌悪そうだねえ。しかも強気だ。」

「よいではないですか。」

「ふうん。」

 にっこり。

 その笑顔に凄みが増す。

 隣で見ているミアでさえぞくりとした。

「――いや、君は違うね?サリナじゃないだろう?」

 はっとしてルイトを見る。

 ルイトはそんなミアをなだめるようにぽん、と頭に手を置いた。

「ねえ君、そうだよね・・・『イレブンス』?」


 そのサリナはその瞬間呆けたように立ち尽くした。

「な、何を言ってらっしゃるのです・・・?」

「なにをって、君が一番よくわかるはずだけど?」

 ルイトは笑顔のまま尋問する。

「そんなじゃ僕は騙せないよ♪一応これでもメルドだから。」

 隣にいたミアをユリアに渡して、ルイトは一歩前に進み出た。

 思わず二人から目を背けるミアをユリアがぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫よ、ミアちゃん。ルイトは強いんだから!」

 それに返答する代わりに、ミアはユリアの肩に強く額を押し付けた。

「いちおうカイから精神感応を使うイレブンスがいるって聞いてたから。もう元の姿に戻っていいよ?」

「ああ、もうアポロと接触したわけか。」

 突如サリナの声が変わった。

 男性的な低いトーンの声。

 ゆらり・・・と空間がゆがんだようになり、それが直るころにはサリナの姿が消えて。

「初めまして、かな?清神累斗くん・・・いいや、メルド。」

「どうもこちらこそ♪貴方の名前を尋ねてもいいかな?」

 昼間の太陽の光を浴びてなお光をまったく反射しない漆黒の髪。同色の瞳。ルイトと同い年か少し年上に見える青年だった。切れ長の瞳は決して笑っていない。黒フレームの眼鏡が顔の一部と思えるほどに似合っている。

「オレの名は榊川(さかきがわ)琥狼(くろう)。琥珀の琥にオオカミでクロウ、だ。」

「クロウさん、率直にお尋ねしますけど、貴方は『セドナ』ですか?」

「うーん、そうだな。キミたちにはそう呼ばれるかもしれないな。」

「そうですか。」

 ルイトはにこりと微笑んだ。

「では、攻撃する前に最後ひとつだけ聞きます。」

「何かな?清神累斗くん?」

「なぜ、カイを攻撃したのですか?」

「おや、心外だな。おれはアポロを攻撃などしていないよ?攻撃したのは・・・」

 クロウはすっとミアを指差した。

「彼女だろう?」

 その瞬間、場の空気が凍りついた。

「・・・え?」

 呆けたように自分に向けられた指先を見つめるミア。

「いくらおれが『セドナ』と呼ばれるものでもアポロにあれだけの傷を負わせることは不可能だ。あんなことができるのは、現在のルナくらいのものだよ?」

 にこり、とクロウは微笑う。

「ねえ、ミアちゃん?」

 漆黒の瞳をユリアに半ば抱えられたようにして立つミアに向ける。

――ズキン

 頭の芯が痛む。

「キミがアポロを攻撃したんだ。」

 クロウの声とともに頭痛は酷くなる。

 何かが胸の奥底から湧き上がってくる感じがした。熱いもの。・・・とてつもなく、熱いもの。

「ミア!」

 ルイトが痛みに顔をしかめているミアに駆け寄った。

「だめだよ。聞いちゃだめ。」

 懇願するようにつぶやいてきっとクロウに向き直る。

「そうよ!あなた、何をでたらめいってるの?ミアちゃんがカイを攻撃するわけないでしょう!」

「おや、それはどうかな?メルドは知っているようだけど。」

「・・・やめてくれない?『セドナ』。」

 ミアの位置からルイトの表情は見えない。だが、口調で怒っていることは伝わってきた。

 とはいっても頭痛が酷くて何も考える気がしない。


 自分がカイを攻撃したのか?酷い怪我を負わせたのか?

 しかしカイは元気そうだった・・・


 意識がとぶ。

 もう自我を保っているのが困難だった。

「ルイト・・・わたし・・・」

 何かが胸の奥からこみ上げてくる。

 熱い、熱い何か。

「ミア!」

 本当に心配そうな顔で、今一瞬見せた怒りすらも消し去って、ルイトは自分を見てくれる。心配してくれている。

――でももう、だめだ。

 ミアは意識を手放した。


 ユリアは、腕の中でミアが意識を失ったのを知った。

 血の気が引いた。

 なにしろ相手は『セドナ』だ。どういう能力を使ったのかわからないが、ミアに危害を加えたのは確か。

 ルイトの気配がいよいよ物騒なものに変わる。

「覚悟できてる?」

「なんの?」

 ルイトはにこっと笑った。

 もしここにカイがいたら一瞬で飛び退るほどの物騒な気配を持つオーラを放っている。

「もちろん・・・」

 ルイトは右手に『力』をこめた。

 淡く手が光を帯びる。

「死ぬ、覚悟。」

「やめなさい、ルイト!」

「ごめーん、ユリア。ちょっと無理。こいつ倒さないと僕の気がすまないよ♪」

 にっこり。

「ルイト!もーっ、ばかーっ!」

 とめられないことはユリアにも分かっている。

 代わりに力を失ったミアの体をぎゅっと抱きしめた。


 すぅ、と息を吐く。呼吸を整えて相手を見据える。『力』をこめた右手を拳の形にぐっと握り締める。

「じゃ、いくよ?」

 その瞬間にルイトの感覚から相手以外の情報は消えうせる。

 突出した集中力。

 それはルイトが『メルド』たる証。

「しかたないな。じゃあ・・・」

 クロウも左手に薄く光をまとって構えた。

「すこしだけ、お相手しよう。・・・彼女が、目を覚ますまで。」

 クロウの言葉にぴくりと片眉を上げるルイト。

「本当に僕は君が好きになれそうもないな、クロウさん。・・・ミアにかまわないでくれる?今、大変なんだよ。」

「分かっている。」

「あ、わかっててやってたんだ♪じゃ、もうだめだ。」

 にっこり。




――ピリリ

 街の中を歩いていると、肌が一瞬焦がされるような感覚が襲った。

 カイははっとして思わず空を見上げた。

 青い空。雲ひとつない夏の空が灰色の瞳に光をもたらす。金に輝く太陽が灰色を銀に変える。

 人々が行きかう雑踏の中、そんな風に立ち止まる青年の姿を気にとめる者は皆無。

「ルイト・・・?」

 目を細めて青い空に親友の姿を思い描いてみる。

 憎らしいほどに整った顔立ちと人に警戒心を与えない笑顔。光をすべて吸い込んでしまうような漆黒の髪。黒猫を思わせる金の瞳。

「・・・ったく、しょーがねーなあ。」

 ルイトが聞いたら『その台詞、そっくり君にお返しするよ♪』と恐ろしい笑顔で返されそうな言葉を堂々と吐くと、カイは目指す方向を定めた。




 ユリアには『力』がない。ただ、人間の動物としての感覚が危険だと告げていた。

 震える体に力をこめて、逃げ出したい衝動をかろうじて抑えた。

 ルイトとクロウの周りに渦巻く『力』が見えるわけもない。二人の力がぶつかり合って生じた火花がしばしば目に映るのみだ。もちろんここにいれば絶対という身の安全の保障はないだろう。

 それでも、逃げる気はなかった。


 キィーーーン

 人の耳には届かぬ音が大気を震わせる。

「おれは戦闘には向かないんだが・・・」

「そう?充分強いんじゃない?」

 ルイトの身体能力はずば抜けている。

 その身体能力を生かして文字通り疾風の勢いでクロウに拳を繰り出した体勢でいったん停止する。

 その拳はあっさりと避けられたのだ。

 ルイトは冷静に分析する。

――クロウは強い。

 ルイトの笑みが怒りから冷酷なものに変わった。

「本気で行くよ?」

 ルイトは左手で印を結び、早口に『言霊』を唱えた。

「太陽の加護を断りし 黄昏に住まう神獣 わが前にその姿現せ」

 その瞬間、ルイトの姿が消えた。

 息つく間もなくクロウの眼前に姿を現して『力』をまとった拳を放つ。クロウはそれをかわし、一歩引くと右足を軸にして蹴りを放った。

 ルイトがまたそれをかわして攻撃をする。

 それでもユリアに見えるのは微かな光の残滓だけ。たまに火花が散っているようにも見えるがそれも一瞬すぎていったい何なのか判別できない。二人の動きは早すぎてユリアには追えなかった。

 人の耳に届かぬ音と、人の耳に届く金属音のような雑音が入り乱れて、体の震えを誘発する。

「どうすればいいのよ・・・ミアちゃん・・・!」

 ぎゅっと抱きしめた彼女が、ほんのすこし身じろぎした。

 が、動転しているユリアはそれに気づかなかった。


「ルイト!!」

 そこに投げつけられた、声。

 息を切らせ、暑さによって額に浮かんだ汗をぬぐいながら、濃い紅の髪を持つ青年がその場に駆けてきた。

「やめろ!ルイト!」

「なんだ、カイ。今頃来たわけ?」

 いったん距離をとり、にこりと微笑んだルイトがカイのほうに瞳を向ける。

――ゾクリ

 カイの背筋に戦慄が走る。

 この状態のルイトはやばい。ごくリ、とつばを飲み込んだ。

「遅いよ?いったいどこに行ってたのかな?」

「・・・すまねえ。」

 今の状態のルイトを敵に回すのは危険すぎる。

 カイはそれを十分承知していた。

「・・・冷静になれ、ルイト。そいつに、『セドナ』に遊ばれすぎだ。」

「どこがおかしいっていうのかな?僕は冷静だよ?」

 背筋を汗が伝っていく感覚がある。

 カイは細く長く息を吐いて呼吸を整えた。

「お前、精神操作かけられてるぞ?」

「・・・え?」

 一瞬、ルイトの物騒な気配が揺らいだ。

 ここぞとばかりにカイは一気に畳み掛ける。

「お前の攻撃があたらねえわけないだろ!俺やミアを相手にしてるんならともかく!お前が攻撃を当てる瞬間だけ精神操作されて攻撃をゆっくりにしてるんだよ!」

 そしてぎりっとクロウのほうを睨みつけた。

「そうだな?『セドナ』。」

 クロウは一瞬呆けたものの、すぐに唇の端で微笑った。

「さすがだな、アポロ。伊達に十星の長は名乗っていないか。」

「そういうこった。・・・おい、わかったか、ルイト!むざむざ攻撃すんじゃねえ!」

「・・・」

 ルイトは、構えを解いた。

「まったく、君にアドバイスされるなんて僕もずいぶん落ちたもんだなあ・・・。」

「うるせえっ!」

 がーっとルイトに怒鳴っておいて、もう一度『セドナ』と対峙する。

「この間みたいにはいかないぜ?『セドナ』さんよ。」

 にやっと不敵に笑う――カイには、この表情が似合う。

 ルイトはくすりと笑った。

「なんだよ?」

「なんでもないって♪」

 自分がそう言うのを聞いて、いつもの調子に戻ったことを確認する。

 惑星の暴走を止められるのは太陽のみ。そんなことカイが気にしているわけもないが。


「待てよ。」

「?」

 その時、後ろから聞こえた第4の声。

 カイでも、ルイトでも、無論クロウでもない。ユリアでもない。

「もちろんその戦い・・・わたしも混ぜてくれるんだろうね?」

「ミアちゃん?」

 驚いて振り返ったカイとルイトの眼に映ったのは、さっきとは打って変わって青白い炎のような光をまとったミアの姿だった。

「ミア・・・?」

「よう、ルイト。相変わらず腹の立つ顔してんなあ、お前。」

「え?」

 驚いた様子のルイトにかまわずミアはつかつかとカイに歩み寄る。

「ミ、ミア?」

「すまない・・・」

 すこしだけ目を伏せて。

「痛かっただろう?」

 苦しげな表情。

「おま、ミア・・・?」

 カイがうまく言葉を紡げないでいると、ミアは不機嫌そうに眉をしかめた。

「全部、見てた。」

「?」

「『イレブンス』がわたしに術をかけたのも、自分がカイを攻撃したのも見てた。その後からは分からない。気がついたら、屋上に転がってた。」

 それからも、まるで夢でも見るようにぼんやりと眺めていた。

 ルイトに救出されてカイやユリアに会うところも。

「怖かったんだ。わたしはお前を攻撃してしまったから」

 全身を稲妻が貫いたようだった。

 決して口には出さない。態度に表すこともない。それでも、心の底から大切に思っている人を自分の手で傷つけた。

 遠ざかっていくあの表情(かお)をどうして見ていることができただろう。

 精神的にも肉体的にも深く傷つけてしまった後で、どんな顔をして前に現れることができたろう。

「ほんとに・・・痛かっただろ・・・?」

 ぽろ

 透明なしずくが頬を伝った。

「あれ?」

 さも意外そうな声を自分で出してしまったことにまた驚いたが。

「・・・っっ!なんでだ?こんなことで・・・。」

 カイすらもミアの流した涙に驚いて動けなかった。

 記憶をなくしたミアならともかく。

 今のミアは・・・

「覚えてるんだよ。きっと。」

「なに?」

 ミアがルイトを振り返る。

「優しい時のミアの気持ち。すこーしだけみたいだけどねっ♪」

「・・・」

 普段なら一を聞いて十は返すミアなのに。

 本当に少しは記憶をなくしていた間のミアの影響が残っているのだろうか。ルイトの言葉をかみ締めるように、頬を伝う涙の感触を確かめるように目を閉じた。


「感動の再会はそのくらいでいいかな?」

 それを分断したのはクロウ。

 はっとして顔をクロウに向ける3人。

「ああ、十分だ。」

 ミアは一歩前に進み出る。

「手、出すなよ?二人とも。」

 青白く冷たい光を腕にまとわりつかせたミアが振り向きもせずに言う。

「蒼天に座す 破鏡(はきょう) 盟約により 地上の月が命ず 我が力に帰結せよ」

 ゆっくりと言霊を唱え、ミアはクロウに対峙した。

 普段柔らかな光を反射する月の光は、実のところ蒼く冷たいのだ。冷酷無比。まさにその単語がよく似合う。

「大丈夫、出させない。」

 カイとルイトが答える前にクロウが微笑んだ。

「!」

「なっ!」

 クロウの手が前に差し出された瞬間、二人を黒い闇が包んだ。

「・・・!」

 動けねえ・・・!

 声のでない状況。ピクリとも動かない体。

「へえ、やるじゃん・・・言霊ぬきで金縛り?」

 にや、と不適に笑うミア。

「お褒めにお預かりまして、姫。」

 クロウがそう言って深々と礼をするのを、心底嫌そうな瞳でミアは見つめていた。

「姫って呼ぶな。気持ち悪い。そーだ、ルイト、お前もだ!何が騎士(ナイト)だ!」

 金縛りにあってまったく動けないルイトに指を突きつける。

 そんなこと言われても・・・といつもならルイトは苦笑したろう。が、今は動けない。

 そんなルイトをよそにミアはもう一度クロウを睨み付けた。

「まあ、それはどっちでもいい。・・・さっさとケリつけるぞ。」

「そう慌てないで。」

 クロウはまあまあ、と落ち着かせる。

「覚えてないのか?オレのこと。」

「覚えてるさ。初対面でいきなりなれなれしく声かけてきやがった第十一番目の星の長『セドナ』だ。んでもって本名が榊川琥狼。しかもカイに攻撃させやがって・・・!」

 ミアのサファイアブルーの瞳に怒りがみなぎる。

「・・・違う。もっと前のこと・・・。」

「もっと前だと?」

 ミアは眉をしかめる。

 その表情を見たクロウは少しだけ悲しげな顔をした。まるで何かに裏切られて絶望したかのように。

「それならもういい。」

「何がだよ?」

 クロウはその問いに答えることなく一足でミアの目の前に立った。

「・・・っ!」

 よける間もない。

 繰り出そうとした拳はクロウの凛とした声によってその動きを止められた。

「戻りなさい。」

 その言葉にどんな意味が、どんな力が、どんな感情がこめられていたのか本人以外には知るよしもない。

 しかし、その言葉は確実にミアの心をつらぬいた。

 大きなダメージを受けたミアはその場に崩れ落ちようとした。

 その肢体をクロウが支える。

「ミア!」

 その瞬間カイは自力で金縛りを打ち破った。

 それに驚いて、しかもミアを抱えていて動けないクロウに向かって拳を放つ。

「バキィッ」

 攻撃が初めてクロウにヒットした。

 クロウはミアを抱えたまま後ろ向きに倒れた。

「ドサッ」

 クロウの上に乗りかかるような形になったミアをカイはすぐに助け起こす。

 やっとこの腕の中に大切な人が戻ってきた・・・カイは一瞬安堵してからクロウと距離をとった。

「やれやれ・・・まさか破られるとは・・・」

 クロウはゆっくりと上体を起こした。

 頬にくっきりあざができている。

「今日はでも・・・もういい。」

 クロウは一度悲しげに微笑んだ。

 その心にどんな感情が渦巻いているのか。誰にも分からない。それは、本人のみが知るところだ。

 もう一度カイの腕の中にいるミアを見ると、

「すべてを見守る尊き星 ここに新たな道を開かん」

 言霊を唱えた次の瞬間にはふっと消えていた。


空間転移(テレポーテーション)か・・・行っちゃったね。」

 さすがに金縛りのとけたルイトがカイに寄る。

 違う意味で後方で固まっていたユリアも心配そうに駆け寄ってきた。

「大丈夫なの?ミアちゃん。」

「たぶん、今は・・・」

 答えながらカイはミアを抱きしめる腕に力をこめた。




 すぐに4人はルイトのマンションに戻った。

 カイは何より先にミアを寝室へ運ぶ。

 ドアの外ではテツヤがユリアを連れ戻すところだった。

「わかったろう?お前は力の前に無力だ。お三方に迷惑をかける以外にない。一緒に帰るんだ。」

 不機嫌そうにすみれ色の瞳をゆがめる。

 ユリアも今回は足手まといであることが分かったのか、おとなしくテツヤに従った。

「ごめんね、てっちゃん。心配した?」

「・・・」

 テツヤは決して心配したなどとは言わないだろう。が、心配してくれるだろうことはユリアが一番よく知っている。

「・・・ごめんね。」

 ユリアは素直に謝った。


 ルイトはその様子をにこにこしながら見た後、そっとその場を離れてミアとカイのもとに向かった。



「どう?カイ。ミア、起きそう?」

「いや。」

 カイは振り向きもせずに答えた。

 ルイトはちょっと苦笑してからカイの横に同じようにひざを抱えて座る。

「あんまり自分を責めないほうがいいよ?」

「・・・」

「でも、今度からはあんまりミアのそばを離れないほうがいいってこと・・・」

 ぎく。

 ルイトの笑顔が怖い。

「分かったよね♪四条海くん?」

 にっこり。

「は、はい・・・」

 怖い。

 ルイトがフルネームで呼ぶときは確実に怒っている。

「よろしい♪」

 ルイトは、今度は満足げに微笑むとひょい、と立ち上がった。

「ああ、ところでここ数日どこにいたの?」

「・・・コージんとこ。」

「だろうと思ったけど。」

「最初に逃げろって言ったのはコージだ。あいつはどこからかサリナがミアに直接手を下すってことを知ったらしい。」

「そう・・・こうなったらコージも召集するかも。」

「あいつもそれを望んでると思う。」

 コージとは上野(うえの)光司(こうじ)。カイやミアの通う高校の生徒会長。月の眷族でナンバーファイブである彼は、カイの親友であるとは言ってもいつもカイよりミアのことを優先する。

「んじゃ僕はユリアたちの見送りに行ってくるから。君はちゃんとここにいるんだよ?」

「わかってる。」

 そういってまたベッドのミアに視線を戻したカイに少し微笑みをむけると、ルイトはまた部屋の外にでた。



 カイは、ベッドで昏々と眠るミアを見つめながら『あの日』のことを思い出していた。

 あの日。二人で逃げた日。初めてクロウに出会った日――




 月内部の分裂が表面化し始め、そろそろミアの生命が脅かされようという時期だった。

 学校の道場を借りて鍛錬に励んでいたカイに、突然コージから一通のメールが来た。

――るなさまをつれてにげろ

 変換すらしていない文字がこの上なく切迫した状況を伝えていた。

 ぐっと携帯を握り締め、何も持たずに道場を飛び出した。

 何があったかはわからない。それでも、ミアを守る一人であるコージのことは信用していた。

 ミアの家までは走れば十分とかからない距離にある。



 その頃ミアは同じくコージのメールを見てカイの元へ行こうとする途中、自宅の前でサリナに止められていた。

「ルナ様。共にいらしていただけますか?・・・決定が下されたのです。」

「いやだ、と言ったら?」

「・・・しかたありません。」

 す、とサリナが左手を上げるとどこからか『力を持つもの』たちが現れる。

「力ずくで。」

「へえ?それ、『ルナ』の私に向かって言うわけ?」

 現在の『ルナ』の戦闘能力は最強。通常なら最強であるはずの『アポロ』であるカイですらかなわない戦闘センスを持ったミアだ。何人束になったところでかなうはずはない。

――かなわないはずだった。



 カイが到着したとき、ミアはゆっくりと地面に膝をつくところだった。

「ミア!」

 カイが呼ぶと、ミアは駆け寄る姿をゆっくりと見た。酷く億劫そうな動作で。

「ああ、カイか・・・。」

 様子がおかしい。

 かなり消耗した様子だ。その割に目立った外傷もない。いったい何が?

「どうした、ミア?」

「ちょっと・・・おかしい・・・あいつらへんな術を・・・」

「!」

 カイは思わずサリナたちのほうを見る。

「まあ、アポロ様。」

 サリナはにっこりと微笑んだ。

 長い紅の髪がさらりと揺れる。

「ミアに何をした?」

「少しおとなしくしていただくだけです。」

「・・・」

 険悪な顔つきになるカイ。

 あのコージが緊急で危険を告げた理由。カイもまたサリナから危険な香りを感じ取っていた。

「ミア。」

 隣にしゃがみこむミアにそっとささやく。

「逃げるぞ。」

「何?」

 逃げるなどという文字はおそらくミアの辞書には存在しないだろう。それでも、今は退いた方がいい。カイの直感はそう告げていた。

 まだ何か言いたそうなミアを無視する。

 カイは右手に力を集中した。

――カッッ!

 鋭い閃光が炸裂する。

 その場にいる全員が目を閉じている間にカイはミアの手を引いて連れ去った。


「どう・・・するんだ?どこへ・・・。」

 ミアを抱えるようにしてカイはとりあえずその場を脱した。

 行くあてなどあるはずがない。とにかく高校周辺は危険だから離れるしかない。

「とにかく・・・大きい街に出よう。一般人がたくさんいればやつらも手は出せないはずだ。」



 そうして、二人はあの街へきた。記憶をなくしたミアが目覚めたあの街に。

「大丈夫だ、カイ。もう飛べる。」

「そうか?」

 宙に浮くカイはそっとミアの体を離した。

 ミアは自分の力で空にとどまり、手を握ったり開いたりしてみた。

「なんなんだ・・・あの力。まるで全身の力が吸い取られるみたいだった。」

「聞いたことがないな。新しい力か?」

「わからない。」

 ミアは腕を組んだ。

「まあ、分からないこと考えても仕方ないだろ。」

「カイ、お前・・・相変わらず軽いな。」

「ありがと。」

「・・・褒めてねえ。」

 唇を尖らせたミアは、ふと眉を寄せた。

「どうした、ミア?」

 向かい合ったカイの後ろの空間をにらみつけるミア。

 カイが振り向くと、そこには・・・黒髪黒瞳の男が同じように宙に浮いていた。

「黒い髪に漆黒の瞳・・・イレブンスか。何の用だ?」

 ミアがにらみつける。

「申し遅れました。榊川琥狼と言います。そうですね、キミたちにはイレブンスと呼ばれますね。」

「何の用だ、と聞いている。」

 ミアの機嫌が悪い。カイはミアを背に庇うように立ちはだかった。

「オレの目的は、ひとつ。」

「何だ?」

 カイはイレブンスから目を離さずにいた。

 そして、次の瞬間・・・!

――ドグッ

 鈍い音がした。

「がっ・・・!」

 右わき腹を鋭い痛みが襲う。

「な・・・に・・・?」

 思わず腹に手をやると、後ろから刺された手が突き出ていた。

 ほとんど反射的にその手の関節をひねる。

「ぐっ!」

 真後ろからくぐもった声がして、手が一気に引き抜かれる。

「ぐあっ!」

 思わず声を上げ、腹を押さえて振り向く。

 そこにいるのは、左手を真っ赤に染めたミアの姿。

「・・・ミア・・・?」

 ミアのサファイアブルーの瞳には光が映っていない。

「精神操作・・・か・・・」

 ぐらりと体が傾いた。もう飛んでいるのは不可能だ。

「ミ・・・ア・・・」

 意識が遠のくのとミアの姿が小さくなっていくのはほとんど同時だった。


 気がつくとカイは路地裏に落下していて、腹部には致命傷になりかねない深い傷が残されていた。

 その傷の痛みがミアが自分を攻撃したことが真実であると告げていた。




 長い回想を終えてカイはもう一度ミアの横顔を見つめる。

 なぜこんなことになってしまったのだろう。一度ならず二度までも自分の目の前でミアがクロウにやられてしまった。自分がついていながら・・・

「ちくしょう・・・!」

 心の奥から絞り出した声は部屋の静寂に吸い込まれていった。




 ミアは夢の中で学校の廊下を歩いていた。突然誰かの視線が突き刺さることがあったがもうそれに慣れているようだった。

 仕方がない。わたしの存在は誰にも望まれていない。

「ミア!」

 と、そこへ投げかけられる声。

 視線の先には濃い赤の髪と銀色の瞳を持つ少年がいた。今よりずっと幼いが、カイだとわかった。中学くらいだろうか、学ランを身にまとっていた。

「カイ、近寄るなと言ってあっただろう?」

「何言ってんだ?俺がそれを聞くとでも?」

 ふんぞり返ってえらそうに言うカイ。

「わたしといてもいいことはない。『力』を失いたくなかったら近づかないことだ。」

 ミアは冷たくそう言い放つとすっときびすを返した。違う。本当は嬉しいんだ。それでもそれを正直に表に出すわけにはいかない。そうでないとカイに被害が及んでしまう。

 夢の中のはずなのに胸の痛みがやけにリアルだった。



 ふっと目が覚めた。

 前にもこんなことがあった気がした。確か前のときは、暑かった。眩しかった・・・

「ミア。」

 名前を呼んでくれる人など誰もいなかった。

「カイ・・・」

 開いた瞳に映った銀の瞳を確認してから、ミアはうっすらと微笑んだ。

「大丈夫か?どこか、つらくないか?」

「わかんない・・・まだ、眠いよ・・・。」

「そうか。」

 カイはただ微笑んでくれた。それだけで、幸せな気持ちになれた。

 なぜだろう、夢の中の自分はカイが自分に近寄ると胸を痛めていた。こんなにも傍にいて欲しいと思っているのに。

「カイ・・・」

「なんだ?」

「ありがとう・・・」

「ん?」

「一緒にいて。行かないで・・・」

 ああ、眠い。

 自分の紡ぐ言葉がいったいなんなのか、カイがそれをどんな表情で聞いているのか。すべてがどうでもよくなっていた。

 夢の中の自分が何を考えていたかすらどうでもよかった。

「ああ、わかってるよ。だから・・・眠いんだろ?眠ってていいから。」

 カイの掌が額に当てられる。

 ひんやりとしていて心地よかった。

「うん・・・わかった・・・」

 そのままミアの意識は再び深いところへと沈み込んでいってしまった。

 天にはミアたち月の眷属が『破鏡(はきょう)』と呼ぶ半月が輝いていた。





 ああ・・・満月の夜は、気が滅入る。

 クロウはふっと漆黒の天空で唯一光を放つ月を見上げた。


――天満月(あまみつつき)


 月の力を持つ人間たちがそう呼ぶこの艶円。

 太陽の光をその身に受け、やわらかな光として跳ね返す。その淡橙色の力は癒しの力とされている。暖かく包み込み、すべてに赦しを与える大きな存在。太陽の見えない夜を導く対のもの。



 おかしな『ルナ』だった。そして、おかしな『アポロ』だった。

 同じ時代にそれは起こった。そのすべては偶然なのか、必然なのか。


 癒しの力をもつ『アポロ』、攻撃に特化した『ルナ』、そして第十一番目の惑星を支配する『セドナ』。

 その3つがそろったとき物語は動き出す――

 最も遠くからひそやかに見守るべきメルドはアポロとルナのそばにつき、中立を保つべき惑星たちはルナを滅せんと動き出す。


 すべてはもう始まってしまった。

 それは誰に求めることのできない『始まり』。終わりの道は幾重にも分かれているのだ。いったい物語はどの方向に落ち着くのか。

 それともこれは長い長い闘争の始まりでしかないのか。



 すべてを知る者は存在しない。




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